第80話 ロリポップキャンディー(後編)
教室の後ろの扉を開けた僕はすぐにクラスメイトに気づいた。
というか、声を掛けたのだけれど返事はない。
フリーズで……フリーズ?
固まっているのが見て取れて、動くな、とも見て取れた。
だって両手がホールドアップの形だ。
僕はクラスメイト──クサカを呼ぶ。
「おーい、どうしたのー?」
……返事なし。
面白いので僕はクラキさんの席の椅子を引いた。
ががっ、と引きずった音は結構な音量だったというのに男子は微動打にしない。
まるで、雷に打たれた後のように。
ふむふむ……お菓子、何だっけこれ。
オランジェット? だっけ? オレンジとチョコって相性良くって、慣れるとふいに食べたくなるんだよねー。
と、僕は勝手に食べるのもいけないだろう、とさっき所属する部活動──生物部の顧問であるあだ名、オオカミ先生からいただいたロリポップキャンディーをポケットから出した。
黒に近い茶色の丸い玉がついた棒で、味はエスプレッソ。
がさ、べり、いぎぎ、となかなか剥がれてくれない包み紙をやっと取った時、男子が僕に気づいた。
「──おう、コセガワ。久しぶり」
「……うん?」
はい、僕はコセガワですけれど久しぶりって、同じクラスで部活に寄って教室に戻ってくるまでまだそんなに時間経っていないのに、久しぶり? それにまだ手が上がったフリーズの形のまんま。
僕もロリポップキャンディーを咥えて同じく手を上げてみた。
苦甘くて、甘くて、キャンディーがくっついていた片頬が、かさかさ、してきた。
僕は手を下ろす。
「これ、何?」
ロリポップキャンディーを口から出して内頬を舐めた。
すると男子は自分の右手の方に目を寄せたと思ったら、思いっきり自分の両頬をぱんっ、と挟んだ。
「なっ、何でもねぇっ!」
「ふぅん? 嬉しい事でもあったのかと思ったけれど」
「へっ!?」
「軽くお裾分けしてよー」
ついでにオランジェットも、と指を差すと、食っていいよ、と言ってくれて、けれど男子は、ぐるーん、ゆらーん、と上半身を回し出した。
そして、ぴたっ、と斜めに止まったと思ったらこう聞いてきた。
「──コセガワって……」
「ふん?」
オランジェットを一ついただきます、うまーい。
「……の、ノムラと付き合ってんの?」
「ううん、付き合ってないよ?」
この質問は色んな人からされる。
僕はいつも通り否定してから、こう言う。
「付き合いたいけどねー」
これは気づいている人には気づいていて、ノムラ──ノノちゃん本人には気づかれていなくて、僕が気づいてほしい事だったりする。
僕とノノちゃんは家が近所の幼馴染で、ざっと十年くらい、僕は片想い中なのだ。
「……あんま変わらなそ。お前ら二人」
「どうかなー、その時になってみないとわかんないよ。まぁ、今はついていくので精一杯」
いつも先を行ってしまう相手に僕はまだ追いつけない。
だから、追いかけている。
「クサカは?」
「あ?」
わかってるくせに、と最近仲が良い女子──クラキさんの机をノックした。
すると男子は小さく、小さく──甘く、こう言った。
「……可愛くって、困って、る」
小さな小さな呟き、顔は真っ赤っかだ。
「──ぶはっ!!」
こっちが火傷しそ。
何だこいつ、こういう奴だったっけ?
「わ、笑うなよっ! コセガワだって──」
「──うん。激しくて頭良くてさ、手も早くて口も悪いけれど超絶優しくてかっこよくって、可愛くて困ってる」
同じようで同じじゃない。
数倍、数十倍──僕の好きな人は、そんな人。
僕にとって、絶対に敵わない人。
男子は呆気に取られたようで、それから数秒後、はぁ、ため息をつきながら頬杖をついた。
僕も同じように頬杖をつく。
「……女の子ってわかんねぇな」
「そう?」
「うん。行ったら逃げるし、待てば来るし。何つーか──」
「──
ロリポップキャンディーが少し溶けて、また僕の舌を甘く焼いていく。
「いいじゃん、生殺し。僕は好きかな」
「はぁ? マゾ?」
「どっちかっていうとエス寄り」
「……コセガワも変わってんな」
「そう?」
なんて、僕が一番自分の事をわかっている。
いつか、殺してくれるほどの一撃が来るかも、とか期待してる。
けれどその前に悩めるクサカに邪魔しない程度のアドバイスでも。
「たまには舐めてみるのもいいんじゃない?」
そう助言して、僕はロリポップキャンディーを舐めた。
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