第76話 ピーチゼリー(後編)
──おやすみなさい。
女子の家を出たのは午前五時頃だった。
さすがに眠くてふらふら歩いて、我が家に買ってきたのは午前六時半くらい。
途中で缶珈琲買って休憩したのでめっちゃ時間かかった。
そしてこっそり帰ってきたら母さんに見つかって、静かに怒られた。
けれど友人の看病してたって言ったら許してくれて、ライーンで泊まるじゃなくて説明も入れなさいって注意されて、適当にシャワー浴びて、速攻で寝落ちしたっぽいのだけれど。
「……妹よ、何故に兄の部屋にいるのだね」
丸まって寝ていた俺はタオルケットから顔を出して、デスクチェアーに座る妹にそう言った。
気配で起きたのだ。
枕元に置いてある眼鏡を手探りで探して掛ける。
「お昼ご飯だから呼びに来たんだけれど全然起きないから諦めて漫画本を読んでいるのだよ、お
デジタル時計は午後一時半。
結構寝たような、まだ眠いような。
仰向けのまま軽く伸びをして、うつ伏せに寝返る。
あー……既読になってら。
ライーンを開いて確認。
携帯電話見れたって事は正気に戻ったか? つか返信なしかい。
「ヨリ、部活は?」
「テスト前で休みー」
そっか。
俺もそろそろテストあるわ、とあくびを一つ──。
「──彼女んとこでも行ってたん?」
「ふぁ!?」
うつ伏せのまま、口に枕を押し付けたまま俺は反応した。
「……オニィってわっかりやすいよね」
「ちっ、違ぇよ! 彼女じゃねぇ……っていうか、告白も返事もまだっていうか……お!?」
「ついでの阿呆でもある」
寝起きでこれはきつい。
全部言っちゃったのは俺だけれど、妹にこれは、兄の威厳的なものが壊滅寸前──もう壊滅した。
俺は顔だけ妹に向けた。
妹は片手で漫画本を持って、片手で何やら食べている。
「……行儀悪ぃぞ。ちゃんと持って食え」
「食べる?」
「食う」
喉乾いてるし腹も減ってる、と答えると斜め上の答えが返ってきた。
「これオニィのだから遠慮なく」
じゃあ食うな、とベッドに座って受け取った。
クラッシュタイプのゼリーで、黄桃の角切りが──半分くらいなくなっている。
つるづる、うんまい。
桃甘ぇなー。
妹は同じ体勢でまだ漫画を読んでいる。
面白いのはわかるけれど、最近こいつ変わったな、と横顔を見てやる。
前は反抗期? みたいなやつであんまり喋らなかったのに今では喋らない事の方が少ない。
用がなかったってのもあるけれどこの変化は多分。
……彼氏が出来たせいか?
「ヨリの彼氏ってどんなやつ?」
「んー? 泣き虫って感じ」
妹と同級生の中学二年って聞いた。
「泣き虫ねぇ……」
「いーんだよ、別にそんなの。他にもいっぱい良いとこあんの知ってるから問題ない」
ほぅ、のろけか? こんにゃろ。
「泣いた時ってどうしてんの?」
「殴ってる」
ゼリーふき出すかと思った。
「軽くだよ、軽ぅく。喝入れみたいなもん。って、何の調査?」
「ナンデモゴザリマセヌ」
妹は漫画を閉じてデスクチェアーに座ったまま、からから、と足で漕いで俺の前まで来た。
「漫画のお礼に調査続行を許可する」
にや、と不敵な笑みがすぐ近くにあって、あーん、と口を開けてきた。
どっちが本命だか、と俺はゼリーをあーん、してやる。
じゃあ──実践。
俺は妹の肩に手を置いて、顔を近づけた。
そして──。
──でこ熱測りの真似をしてみた。
しかし妹は全く閉じる事なく、むしろ軽く頭突きするように自らおでこをごちん、とぶつけてきて、おでこがひっついてからも目を見てくる。
メンチ切られてる、という感じだ。
「何これ。ちょびっと痛いんだけど」
俺は結構痛いんだけれど。
「……別に平気だよなぁ?」
「はぁ?」
間抜けな声はごもっとも。
妹とやったって何とも思わない。
色々、無事。
──クラキとした時は何かこう……すっげぇ、うるさい感じ、したんだけどなぁ?
「……ヨリはさ、彼氏とこんなんしたらどんな感じよ?」
「はぁ? あー……んー、殴る」
ヨリの彼氏さんへ。
本当に俺の妹がすいません。
よく言い聞かせておくので、ほんと、すいません。
すると妹は、ぱっ、と離れてこう言った。
若干赤い、女子が見えたような、女の子な感じの顔で──。
「──照れ臭いじゃんか。色々、うつしちゃいそうで。こう……恥ずいのとか、嬉しいのとかさ……」
──好きの熱、みたいなもん。
妹はそう言うと、ごちぃん! ともう一度俺のおでこに頭突きしてきて、照れ隠し──照れ抹消しようというのか、俺は衝撃のままにベッドに倒されたのだった。
「ぐぬぉおおお……っ」
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