第75話 ピーチゼリー(前編)
──おはようございます。
ぐぅ、と空いたお腹の虫の声が聞こえた気がして、私は薄く目を開けた。
めちゃくちゃになっている布団の端を持って、足をばたばたさせて綺麗に伸ばして、ふぅ、と二度寝の準備。
と、首と手首に何か違和感、と顔の前に手を持っていくと、白いシートが見えた。
へらり、と粘着力がなくなったそれを剥がす。
首のも手探りで剥がした。
…………おや?
目が覚めてきた。
昨日、私は熱があるとかで帰ってきたんだっけ、と思い出す。
…………思い出せない。
おやおや?
三分の一、布団を折りたたむように布団をはいで、もそっ、と起きた。
腰が痛い。
結構寝てたのかしら、とベッドサイドチェストにある目覚まし時計を見ると、九時くらいを差していた。
それといつも置いている携帯電話もない。
ベッドの脇に腰掛けて、簡易テーブルを見ると色々置いてあった。
どうやら熱の自分は色々と用意したようで、とりあえず水のペットボトルを取る。
喉がからからだ。
……あと、何か飲んだような……?
ごくごくごく、と四回ほど喉を鳴らせて飲んで、ふーっ、と深呼吸する。
バッグを引き寄せて携帯電話を取ると、ぴかっ、と通知のライトが光っていたので操作する。
メール、父さん?
そういえば学校を出る前にメールしておいた、ような。
今もガラパゴスな携帯電話を使用している父さんはライーンを知らない。
三件も何用ですか。
『気をつけて帰りなさいね! 温かくして寝る事!』
帰ってきたし、寒くなかったわ。
『熱は何度ですか? お薬嫌いだろうけど飲むんだよ? 父さん今からでも帰りましょうか?』
熱……今は平気っぽいわ。
薬……飲んだっぽいわ。
帰ってこなくて……大丈夫だったっぽいわ。
『メール気づいてー! 寝てるならいいです!』
それと着信も三件あった。
マナーモードにしたままだったから気づかなくてごめんなさい。
私は返事を打った。
『おはよう父さん。今起きた。果物のゼリーが食べたいな』
送信しながら部屋を出て、洗面所へと向かう。
そして鏡を見て、思い出した。
…………学校に置いてきた?
作りかけのコンパクトミラーはバッグの中には、なかったっぽい。
学校に置いてきたならいいか、と私は顔を洗う。
うーん……色々、あったような?
顔を拭き終わった時、玄関の扉が開く音がした。
どたばた、と大きな足音は父さんか、と廊下に出ると当たった。
「──具合は!? ただいま!!」
順番が逆ね。
「この通り平気みたい。おかえりなさい」
はーっ、と安心したようで父さんは私の頭を撫でた。
さっきメールしたんだけれど、と言うと、今見たよ、果物ゼリーはもう買ってたよ、と言った。
クラキ家では風邪や具合が悪い時に、必ず果物入りのゼリーを食べるのだ。
ぐぅ、とまたお腹の虫が鳴く。
「朝ご飯の前にゼリー食べてもいい?」
消化にいい雑炊作るから、食べながら待っててね、と父さんはキッチンへと向かう。
朝ご飯作りは父さん担当だ。
私も後からついていって、リビングのソファーに腰を下ろした。
うーん……ここにも座ったような……。
そしてテーブルの上に置かれたそれを見つけた。
銀色で、きらきらのガラスストーンがデコレーションされているコンパクトミラーだ。
テーブルの隅っこに、ティッシュ箱の横にあって気づかなかった。
昨日作ったんだっけ、と手に取ると、ととん、とパーツ──てんとう虫が、テーブルに落ちて、完成一歩手前だったかしら、と首を傾げる。
「──はい、ピーチゼリーとお水ね。水分は取ってね。無理はしないでね」
「うん……」
思い出そうとして生返事しながらもスプーンを手にして、えいっ、とゼリーの蓋を引き開ける。
丸ごと桃ゼリー──実際は半分に切られた桃ゼリーは、透明のゼリー部分が少なくて、ごろん、と見える桃が少々リッチに見える不思議。
いただきます、と呟いて、すくん、とスプーンを入れた。
この感触、好きだわ──感触?
大きめに一口、白桃の食感も好き。
甘いけれど、すっきり──すっきり?
あっという間に、ごくん、と飲み込んでまたてんとう虫のパーツを見つめる。
……うん?
「──長袖、肩に羽織っておきなさい」
父さんがソファーの後ろから私に薄手のカーディガンをかけてくれた。
「どれどれ、熱は──」
と、私のおでこに手を当ててこようとしたので、ソファーにもたれて少し上を向いてあげる。
……──うん?
父さんの顔が見えるのだけれど、何かとだぶった。
少し長めに目を閉じて、ゆっくり開けてみる。
やっぱり、だぶった。
「──あれれれ、顔真っ赤! 氷持ってこようね!」
父さんが慌ててキッチンに戻る足音がした。
私は背もたれから背中を離して、ピーチゼリーをテーブルに置く。
それから携帯電話を手に取って、操作した。
タップ、タップ。
さっき開かなかった、通知がきているライーンのところ。
『仕上げは自分でやれよー。お大事に』
男子からの、ライーン。
つまり……はい、はい……はい……。
多分、全部、思い出した私は、息の助走をつけた。
せーの──。
「──わお」
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