第74話 ホットレモネード(後編)

 女子はやっぱり、重かった。


 小指を離してくれない。

多分簡単に外れるけれど、俺が──離したく、なくて。


 それは右手の小指で、解熱剤の箱を持っている手。

左手で箱を取って、枕元に置いた。


「……眠るまでな?」


 明日は土曜日。

学校休みでよかった。


「えへへー、やったぁ」


 よーし、まだ耐えろ俺ー。


 女子は俺の小指を繋いだまま、残りのホットレモネードを飲み切った。

喉は乾いていたようで、味で腹の空きも少しは落ち着くだろう。

それでも食欲は? と聞いてみたところ、いらない、と返ってきた。

とりあえず今は良しとするか、とレモネードが入っていた耐熱グラスを取って、薬を二錠渡す。

そして水を渡そうとした時、女子の目に気づいた。

すごく嫌そうだ。


「……飲みなさいね?」


「や!」


 おーっと、めんどくせぇ!


 病院嫌、薬嫌、と言う女子の目は、じとっ、としていて、ぷいっ、と顔も背けられてしまった。

薬は飲んでもらいたい。

なら、こう言おう。


「これ飲まないと帰るぞ?」


「むかつく! 飲む!」


 聞き分けがいいんだか悪いんだか、女子はすぐに飲んでくれた。

誘導成功──若干嬉しいおまけ付き。


「──うぇー、嫌いー」


「えらいえらい。ほれ、布団入れ」


 もそもそ、と布団にしっかり入った女子を見届けて俺も床に座る。

と、すぐにまた右の小指を握られた。

やれやれ、とあぐらを掻いてベッドの脇に頬杖をついて、横になっている女子の顔を見る。

熱の色の目は少し潤んでいた。


「気にしなくていいぞ、寝れ」


「んー……何だかもったいない……」


 もったいない?


「せっかくクサカ君といるのにー」


 それを聞いた瞬間、俺はベッドの脇に顔を埋めた。

そして色々、耐えた。


 あーもう調子狂う……狂ってんのはクラキだけれど──。


 ──今なら、教えてくれる、かも。


 俺は顔を上げた。


「……なぁ」


「なーに?」


「……お前さ、俺の事どう思ってんの?」


 聞いてしまった。

何か、顔見れない。


 怖い、って感じ。


「──好きー」


 ……お?


「前から言ってるもん」


 そういえばそんな話もしてたな、とにやけそうになる口を腕で押さえる。

けれどそれは、友達、を含むそれだ。

だからあの時は俺も同じように答えた。


 俺が聞きたいのは、それじゃない。


 腕を下ろす。


「……待つって、いつまで?」


 これ。

これ、聞きたい。

こんな時に聞くなんてずるいと思う。

ごめん、けれど、俺だって我慢の限界っていうのはあるから──。


「──あ?」


「むー……」


 女子が、泣いていた。

目の横に涙を流していて、俺は、うわああああ、と焦った。


「ごっ、ごめん! 聞かなかった事に──」


「──ずるしたの、そっちだもん。先にちゅーしたの、そっちだもん」


 うっ、そうです、その通りですっ。


「どうして、先に行っちゃうの?」


 ……は?


「一緒の、好きじゃないの?」


 何言って──。


「──怖いん、だもん。どうしていいか、わかんないんだもん」


 いっぱい、女子が喋っている。

自分の事と、俺の、事。

べそべそ、と泣きながら、はーっ、と息継ぎをしながら。


「私、自分に、自信ないもん。嫌われたく、ないもん」


 ……そう思ってたわけね。

嫌いになんかなんないのに、自信とか関係ないのに。


「何その顔ー、正座しなさーい!」


 はいはい、と俺は苦笑いしながら正座する。

それでも女子は俺の指を離そうとしなくて、さっきよりしっかり握っていた。


「悔しい、んだもん。私が、先なのに」


 先とか、後とか。


「……ごめんな。ずるしたよな」


「そう、だもん。ずるっこ、したもん」


 何言われてもいいや。

その通りで──嬉しいから。

ごめんな、にやけ止まんねぇんだわ。

だから──。


「──……待つよ。いつでもいいよ」


「当たり前だー、ばーかばーか!」


 ははっ! 確かに馬鹿かもっ!


 女子は少し寝返りを打って、顔を真上に戻した。

満足そうな顔で鼻を啜っている。


「約束、守ってくれなかったら、この指……ぶち折ってやるんだからね……」


 そう呟いたかと思ったら、すーすー、と寝息が聞こえ始めた。

俺はまだ正座のままで、物騒だな、と思って、ゆっくり、女子の手から小指を抜いた。


 これで指切り──指げんまん、成立。


 ふぅ、と息をついて持ってきていた濡れタオルで目元を拭いてやる。

まだ顔が熱い。

泣いた──泣かせたせいかも。

そしてもう一回だけ、ずる、かもしれないけれど、俺は女子の前髪を掻き上げた。

中腰になって、ゆっくりと近づける。


 ……熱いのは、どっちだろな。


「……さっさと元気になっちまえ」


 でことでこを合わせた俺はそう呟いて、また、にやけた。

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