第73話 ホットレモネード(前編)
女子は、軽かった。
立派な日本の家って感じの女子の家の中は、俺の家よりもでかくて、広かった。
「──よっ、と」
何とか女子をリビングと思われる部屋のソファーまで肩を貸して運んだ俺は、バッグも二つ下ろした。
カウンターキッチンと続きになっているここに来たはいいけれど──とりあえず、お邪魔します。
「んー……」
女子がソファーに背をもたれて唸っている。
斜めなのも気にしていない。
目を瞑った赤い顔は辛そうで、息も荒くなってきた。
俺は床に膝をついて聞いた。
「大丈夫か?」
……返答なし。
「お前の部屋、どこ?」
軽く右を向いたような。
あっちか。
「とにかく着替えてから横になれ。な?」
「……ん」
辛いからか面倒からか、眉間の皺が拒否を示している。
「はい、辛いだろうけれど立っ──」
「──ん」
女子が弱弱しく両手を伸ばした。
そして。
「……抱っこ」
と、言った。
…………おいー、おいおいおいおいーっ! ぬぁんだそりゃー! くっそ可愛いんですけどー!
とか、軽くフリーズした俺だったけれど自分の頬を少々強くビンタして正気を取り戻す。
「ば、馬鹿言ってねぇで、ほら──」
「──まさか持てないの? 非力?」
ここで煽りか、と少々、かちん、ときた俺は動いた。
「文句言うなよ──うらぁっ!」
あれ、太ってるとか気にしてた割りには全然持てる重さじゃん。
「えー……」
「うるせ、黙って運ばれろ」
俺は女子を抱っこした。
漫画とかでよく見る、お姫様抱っこ、ってやつじゃあに。
あれは少々──多少、気恥ずかしさが邪魔したので、肩に担いだのだ。
米袋を担ぐみたいな、あれだ、お米様抱っこと命名しよう。
はぁ……頑張れ俺。
色々、と。
※
女子の部屋は綺麗に整頓されていて、いわるゆ女の子の部屋って感じがした。
ベッドは薄いピンク色で──何だあのぬいぐるみ。
ツギハギでぶさいくなウサギが一人掛け用のソファーに置かれていて、ちょっとびびった。
とりあえず女子を立たせるように下ろす。
「まだ寝んなよ。着替え──」
と、後ろを向いた瞬間、とさっ、と音がして床を見たまままた目を戻すと、スカートがあった。
女子の足を中心に円を描くように、だ。
「──なっ!? ……あ、そうですか」
体操服の短パン姿の女子が見えて、はい。
びびりましたよ、はい。
今度はセーラー服のスカーフが、しゅる、と解かれて、俺はもう、ギブアップ。
「あ、う──ごめんっ!」
慌てて女子の部屋を飛び出した。
と、ととととりあえず、薬──は、ちょっと探させてもらって、後は……クラキ、スポドリあんま飲みたくないっぽかったし、食えそうな感じでもないし……。
「……失礼しまーす」
小声で俺は誰もいないキッチンに入った。
※
こんこん、とノック二回。
返事はなし。
あれから時間は経っているし、さすがにもう着替えは終わっているはずだ。
静かにドアを開けると、女子は布団を掛けずにベッドに横になっていた。
着替えはティーシャツだけ着たか、下は体操服の短パンのままだ。
「……起きてるか?」
「……むん」
起きていた。
簡易テーブルに薬やら何やらを置いて、とりあえず女子に布団を掛けてあげる。
体温計は自分でやってくれ、と言うと素直に脇に入れ込んだ。
もちろん見ていません、頑張れ俺。
「冷えたジェルシート、貼るぞ」
「お願いする」
まだ正気にならねぇか、と首のとこと手首のとこに貼ってやった。
ここが効果的らしい。
「あとホットレモネード作ったから。飲むか?」
「うん、好きー」
おーぅ、負けるな俺ー。
よいしょ、と起き上がった女子は息を数回吹きかけて、ずずっ、と飲んでくれた。
俺ん家特製の簡単レモネードは、すりおろした生姜入り。
お気に召してくれたようで何よりだ。
そうしているうちに体温計が鳴った。
やっぱり高い──高くなってきているんだと思う。
「……病院行くか?」
「絶対嫌」
おっと、強い拒否。
じゃあ、と俺はベッドの脇に座ったまま簡易テーブルに手を伸ばして、解熱剤を手に取った。
飲んだ事あるやつか、と確認すると、うん、と返ってきた。
「それ飲んだら薬飲め。水も持ってきてるから。ん、全部飲んだな。じゃあそろそろ俺、帰るから」
と言った時、女子が俺の小指を掴んだ。
控えめに、けれど少し強い力で。
「……帰っちゃうの、やだ」
そんな事言うもんだから、俺はまたフリーズした。
…………そろそろ俺、負けてもいいかなぁ!?
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