第72話 スポーツドリンク(後編)

 学校近くのコンビニでスポーツドリンクを買った俺達は、てくてく、歩く。

もくもく、ではない。


「──カトー君そんな事言ったの?」


 がっつり言われましたとも。


「あの子、口悪いのよね。後でお仕置きだわ」


「お仕置きって……別にいーよ。俺が悪い」


 つかれた痛いところは、まだ響いている。

けれど最初に嫌な顔をしたのは俺だ。

不機嫌全開だった。

因果応報、正当反撃。

そんな感じで痛み分け──俺の負け。


 それよりもクラキだ、明らかに熱が上がっている。


「いいえ。先輩に対して使う言葉ではなーい!! けれど、うふふふふー、怒られてやんのー」


 ……このように、テンションが少しおかしい。

大分だいぶ、かもしれない。

気でも紛れればと思って話しまくってはいたけれど、まさかこうなるとは予想もつかない。


「あー、はいはい、真っ直ぐ歩け」


「私の真っ直ぐはこうなんですー」


 はいはい、と俺は車道側を歩いてやっているわけだけれど、女子のふらふら歩行はそれでも危なっかしい。


 はぁ……酔っ払いかっつーの──。


「──って、すんません。おい、チャリの邪魔になってんぞ」


 後ろから自転車が通ろうとしていて、女子の腕を掴んだ。


「何すんのー」


「チャリ来てるっての!」


 とにやく引き寄せて自転車を通らせる。

女子の腕が熱い。


「お前、大丈夫か?」


 スポドリ飲むか、と聞いたら、いらない、と返ってきた。

水分はとっておいた方がいいのだけれど、買った時に三分の一は飲んだしマシか、とバッグに直していると、また女子は先を歩き出す。


「ほら、ふらふらしてっから。危ねぇだろ」


「してないわよ」


 お? 正気になったか?


に、乗るの」


 なってなかった。

縁石に乗るとか小学生かよ、と呆れていたらもう乗っていて、さらに危なっかしい。


「手」


 俺は手を差し出した。

支えてやるくらいしかもう言う事聞いてくれなさそうだったから。


「綺麗よ?」


 けれど通じない女子は手のひらを見せてくる。


「違ぇよ、危ねーからだよ」


「え、やだ」


 がーん。

拒否られた。

けれど女子はすぐにこう言った。


「だって恥ずかしいもん」


 ……おおおお俺の方が恥っずいわーーっ!! 何だその口、むっ、ってすんなやーーっ!!


 と、瞬間フリーズした俺だったがすぐに我に返った。

熱を出した女子がすでにやばい事になっているので、俺がやばくなったら、やばい。


「た、頼むから、小指でいいから握れって」


「しょうがないわねー」


 もう握ってくれるならそれでいいや……。


 それから控えめに、小指が握られた。


「うふふふふー」


 ……幼児退行でもしてんのか? 嬉しそうな顔しやがって──嬉しそう? まさか、な。


 ※


 女子の家は本当に遠かった。

ゆっくり歩いていたからかもしれないけれど、すっかり陽は落ちていて──家が、凄かった。


 旧家、ってやつ? 何だよこのでっかい門。

暗証パネルとかあんのかよ、すげぇな……。


 門をくぐって、それから玄関までまたちょっと歩いて、俺はその先まで行って帰ろうかと考えていた。


「あとは家の人に頼めな」


 けれど考えはすぐに白紙に戻る。


「今日、誰もいないの。私、ひとりぼっち」


「は?」


 つーか、ひとりぼっちとかまた可愛い言い方──じゃない、ぬぅん!


 女子は手元が定まらないのか、鍵が上手く差さらないようなので手伝ってあげる。


 やばくねぇか……こんな状態でひとりぼっち……──。


「──お、お? ちょちょ、ちょっ!?」


 女子が俺の腕に、ひっついてきた。

こう、巻きつくみたいに、何だこりゃ!


 って、違う。

顔、赤過ぎだろ。


 俺は指の背で女子の頬に触れた。

少し汗も掻いている。

それに震えている。


「……寒ぅ」


 やばい、まずい、と俺は玄関を開けた。


「お、お邪魔します……っ」

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