第71話 スポーツドリンク(前編)

 ……何それ。


 何、これ。

は? 何して……は?

あいつ……書道部の一年だっけ、文化祭で見た、名前、覚えてない。

っていうか、どういう──。


「──どうしたの?」


 女子が言った。

いつもの感じで、いつもの声で。


 何もなかった、みたいに。


 どうもこうも、お前ら、くっついてたじゃん。


「……邪魔した、っぽいな」


 何とか言葉を発して、繋げた。

何だこれ、言いにくい。

言いたくなくて、邪魔とか、一ミリも思ってないのに、けれど俺、邪魔っぽい。


「あー、先輩と同じクラスの人ですか?」


 一年が言った。

何もなかった、みたいに。


 何だよそれ、聞くか? 普通。


「……そうだけど」


 また何とか、答えた。


「どうしたの?」


 また女子が言った。

聞いてきたけれど、どう答えていいのかわからない。


 わかんねぇ──だってお前らさ……。


 後ろ姿でもわかるって……くっついてたじゃん。

そういう、距離だったじゃん。


 すると一年は、俺と女子を一度ずつ見て、はぁ、と息をついた。


「……すっげぇ勘違い」


 吐かれた呟きに俺はまた、は? と思った。


「カトー君?」


 そうだ、カトウって名前の一年だ。


「クラキ先輩は動かないでください。


 不遜な言い方に何故か俺が、いらっ、とした。

けれど女子は、はいはい、と気にした様子はない。

言いなりっていうか、通じ合ってる、みたいな。


 カトウは俺の前に歩いてきた。

俺より少し背が低い。

そして物怖じしない強い目が、俺を見ていた。

俺も何でもないように見返した。


「まず言っておきますけど、先輩とは何でもないんで。ただの部活の先輩と後輩っす」


「……嘘こけ」


「どう見えたか知んないっすけど、アングルの問題だけっす。答えはです」


 何だこいつ、問題とか答えとか──熱?


 カトウは頭を掻いて、まためんどくさそうに続ける。


「さっきのは熱と脈を計ってただけです。こことここ」


 でこは熱、手首は脈拍、と手で示して教えてくれた。


 けれど今時でことでことか、やる?


「……あんたも──すんません、先輩もめんどくさい人っすね」


 あ?


「ともあれ勘違いはマジで迷惑です。もひとつ言うと俺、彼女いるんで」


 ……あ?


「クラキ先輩と今まで一緒にいたんすよね?」


「そう、だけど──」


「──あんた、何見てたんすか?」


「あ? 何だよその言い方──」


「──結構、熱高いですよ。あれ」


 あれって、女子?


「……マジで?」


「はい。俺のでこ測りは婆ちゃん仕込みなんで結構正確です。脈も速い。それにいつものキレがないんすもん」


 全然、気づかなかった。

マジで俺何して……あー、くそっ!


 俺は乱暴に頭を掻いた。

勘違いとか、いらいら、とか、全部自分の事ばっかだ。


「……先輩とどういう関係か別に興味ないっすけど、あー、怒るとか殴るとかしないでくださいね?」


 まだ何か言うつもりか、俺は軽く頷く。


「──自分テメェばっかなら鏡でも見てろよ、勘違い先輩」


 …………きっつ。

痛ぇわ、くそが。


「じゃ、失礼します。色々すいません、反省しませんけど」


「……悪かった」


 はい、とカトウは女子に何やら言ってその場を後にした。


 あー……くそ、馬鹿か俺は。

くっそ恥ずい。


「どうしたの?」


 俺とカトウの話は聞こえていなかったのか、聞いていなかったのか、女子が聞く。


「……ごめん、何でもねぇよ」


 きょとん、と女子は首を傾げて、俺を下から覗き込むように見てくる。

けれど今は、見ないでほしい。

みっともない顔をしていると思うから。

自己嫌悪な、そんなやつ。


「はぁ……お前、熱あるってよ」


「え? そうなの?」


 やっぱり何も言ってなかったか、しかも気づいてないらしく──。


「──あ、寒いわ。見て見て、鳥肌」


 今、自覚したっぽい。

そういえばクラキん家って遠いんだっけか。


「スポドリ、買って帰るか」


「ええ、そうする──」


 せめてもの、罪滅ぼし。


「──送る」


 また自分の都合に自己嫌悪して、俺は自分のおでこを指で掻いた。

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