第66話 パンナコッタ(後編)

 初めまして、三年の天文部部長だったミズタニイツキと申します。


 ……うん、良い感じに撮れた。

あと何枚か撮っておこうかなぁ──。


 あ、申し遅れました。

わたし、ミズタニと申します。

チャームポイントは手入れの届いたロングヘアーと口元のほくろ、あとは歯並びの良さと足首の細さよ。


 さて、わたしが今、どこで何をしているかというと、部室で写真撮影をしています。

三年生はこの文化祭を持って部活動が終了となるのです、引退です。

その最後の思い出が十数枚足りないので撮りに来たんです。

後夜祭の、また後の天文部の名残を。


 これも明日には解体なのねぇ──。


「──あれ、先輩?」


「あらぁ、休日登校?」


「ちっす。部長こそ」


「ちーっす。忘れ物取りにのついでに、色々とね」


 感傷に浸りたかった、とは言わないでおきましょう。

らしくない、って言われたくはないものねぇ。

この後輩は天文部唯一の二年生のクサカリョウ君。

少々生意気な外見、けれど意外と真面目で、食えない子。


「……何すか?」


 ほら、訝し気なお目目。


「もしかして、狙ってます?」


 これ? どれ?


 と、後輩は袋からそれを見せてくれまして。

そして私もバッグからそれを見せます。


「奇遇ね。わたしはピーチのソース」


「マジっすか。俺はカシスのソース」


 撮影中断、おやつターイムゥ。

薄桃色のジュレみたいなソースにつるつるの白色。

私服の一口目、続けて二口目。

後輩も同じように赤黒い、とろり、としたソースと一緒に一口、二口。


「──で? キミはどうしてここにぃ?」


「あー……解体する前にもう一回、とか思って」


 意外。

同じく感傷に浸りたいとか──いえ、違うわね。

これはこれは、ふぅん?


 ちょっとカマを掛けてみましょうかぁ?


「──電話、邪魔してごめんなさいねぇ?」


「はい………………はい!?」


 あっさりビンゴ。

ウケるぅ、動揺で咳き込んじゃってるわぁ。

けれど。


「ごめんなさい。今のは本気で」


 もう一度謝りました。

だって後輩の顔を見ていたら茶化したままなんて出来なかったんだもの。


「……いえ、あのー……はい?」


「どうぞ?」


 話したいのなら聞いてあげます。

答えられるかは聞いてみないとわからないけれど、とわたしは足を組み直しました。


「じゃあ、他言、無用、で」


 信用、皆無、ではなさそうでちょっと安心です。


「その……こ、告白? し、失敗したっぽくて──」


「──うーわ、だっせー。はい冗談ですごめんなさい続けてください本当にごめん」


 後輩は思いっきり眉間に皺を寄せて睨んできたので慌て──ませんでしたけれど、続きが気になるので、はいどうぞ。


「……待って、って言われて」


 あら。


「逃げ、られて」


 あらら。


「俺も、逃げた、みたいな」


 あぁーら。


 本当にお邪魔様だったようで、昨日の自分を叱る。


「……?」


 代わりと言ってはなんだけれど、わたしなりのアドバイスをあげましょう。


「……それで、いいんですかね?」


「──


 わたしは唇についたソースを舐めます。


「それに、、お互い共通のから逃げた、で当たり?」


 怖いくらいに、と後輩は項垂れて頭を掻いています。

後悔でもしているのかなぁ? もう遅いのにぃ。


 ……やれやれ。


「パンナコッタはね、甘すぎるの。だからソースがかかってたりするのよぉ?」


「……はぁ?」


 まぁおにぶさん。

けれどまぁ、これ以上は本当にお邪魔虫になっちゃいそうだから、最後のアドバイスを一口だけ。


「──後の祭りを楽しんで」


 わたしは、にまにま、と可愛い後輩に微笑みながら教えてあげたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る