第65話 パンナコッタ(前編)

 初めまして、クラキ家の父──クラキシュウジです。


 えーと……今の状況の経緯をお伝えします。

自宅にいます。

家の縁側で僕は新聞を読みながら爪を切っていました。

片足の爪を切ったところでですね……その、背中にぴったりとくっついてきて離れないんです。


 我が愛しの娘ちゃん──シウちゃんが。


 いや、嬉しいんですけれどね。

嬉しいんですけれ、ど。


 後ろ向き──背中合わせ、なんですよ。


 こういう時のシウちゃんは困った事、迷った事があった時の、小さい時からの癖でして。


 ……どーやら、何か、あったようでして。


「……爪切り、終わった?」


「ん? 片方だけ終わったよー?」


「はい。パンナコッタ」


 ことっ、と置かれたそれを僕は見たんだけれど、シウちゃんの顔は見えなくてですね。


 んー……スミレちゃん早く帰ってきてー……。


 あ、スミレちゃんは僕の愛しのお嫁様で奥様です、つまりシウちゃんのお母さんです。


「……いただきます」


 声ちっさいよー……。


「父さんも、いただきます」


 僕も白いパンナコッタを一口食べます。

ココットタイプで、下の方にブルーベリーのソースでしょうか。

白と濃い紫色が綺麗ですなぁ。

つるん、と美味いですなぁ。


 って、舌鼓を打ってる場合じゃあないです。


「えっと……シウちゃんどうしたの?」


「どうして?」


「何か、あったの?」


 よーし聞けたぞー、と僕はスプーンを持った手で軽くガッツポーズです。


「……うん、あった」


 だよね、うん。


「父さん、あのね」


 おぉ、何々? 言いなさい言いなさい。


「……好きな人、っぽい人が、出来たのね」


 うん………………うん!?


 極大詠唱魔法をもろに食らったかのような衝撃、残りヒットポイントはゲージ数ミリ。


 えっ、気まずい、気まずい!


「父さん聞いてる?」


 き、聞きたくないなー……。


「父さん?」


「う、うん? そう、なんだ?」


「うん……でもね、わからなくなったの」


 ……おや?


「わからないって?」


 後ろから、かつん、とスプーンが器に当たる音がしました。

僕も同じように音を出してあげます。


 美味しい音は一つより二つの方が楽しいです。


「変、なの。ううん、変わるのが……何か──」


「──


 僕はシウちゃんの言葉を紡いであげます。


「……怖い、のかなぁ」


 シウちゃんはそれもまだ、わからない、ようです。

僕は何だか懐かしく思いました。

僕にもそういう時があったなぁ、なんて、遠い思い出ですけれど。


 今も、感じてますけれど。


 ……そっかぁ……シウちゃんもそういう年頃になっちまいましたかー……。


 パンナコッタを一口、白いところだけをつるん、と喉に通します。

ソースがなくても美味しいです。


「それで、逃げちゃったの。脅して」


 脅しかぁ、上手そうだなぁ……って、ん? 脅しは駄目だよ!?


「脅しは半分くらい冗談なんだけれど──」


 半分でも駄目!


「──今が、なくなりそうで」


 ……ふむ。


「なくならないよ?」


「そう、かな」


「全部、次のための糧だよ。大丈夫大丈夫。だって今までがなかったら、その次は来ないからね」


 シウちゃんは今、パンナコッタを食べてる時も、レベルアップ中。

まだまだ成長途中。


「どんどん悩んで考えなさい。もっともっと色んな事を知りなさい。そうしたら自分でその時がわかるよ。大丈夫、大丈夫」


 その時、とかねぇ……来てほしくなーーい!


 するとシウちゃんは僕の背中に寄り掛かってきました。

座椅子代わりでしょうか。


「……ふふっ。ありがと、父さん」


 いえいえ、どういたしまして。

それで──。


「──ど、どどど、どんな人、なのかな?」


 ああ、シウちゃんも重く──ん゛ん゛っ、大きくなったなぁ。

ちょっと前はもうちょっと小さかったのに。


「そうね……父さんみたいな人よ」


 おや?


「こうやってね、お菓子わけっこするの」


 ……なんだと?


「けれど父さんみたいに大きくはなくてね。だって父さんって熊さんみたいに大きいんだもの──父さん?」


 そっかぁ……わけっこは僕だけじゃなかったのね……けれど僕はシウちゃんのお父さんなのでこの言葉を送ります。


「……まだ父さんと、お菓子食べてね?」


 じゃあまた美味しいの見つけてきてね、とシウちゃんの声がちょっと元気になったので、僕は、よし、としたのでした。



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