第64話 気抜けコーラ(後編)

 女子 ── 男子。


 ──なんか。

なんかって、何?

なんか、が、マジって、何?


 男子は私を見ている。


 半分だけ流れる曲がとても遠くに聞こえる。

何故? 違う……そうじゃない。


 ──私を、見ないで。


 そう思った。

どうして? ううん、わかってる。

目が離れないのも、離してくれないのも。


 男子は私を、見ている。


 ──言った。

もう、言わない。

言わなくても、いいと、思うから。


 女子が俺を見ている。


 半分だけ聞こえてた曲も入ってこない。

鳴っているけれど……それよりも。


 ──見ていたい。


 初めて、思った。

初めてじゃないのも、わかった。

目を離したくないのも、そのままじゃ嫌な事も。


 俺は女子を、見ている。


 ── 何て言ったら、いい? ──


 私は少し考える ── 俺は次を考える。


 私の番? ── 俺の番?


 ── どっちから? ──


 多分、私の番、と遅れて察した。

ううん、わかってた。

けれど。


 俺からとか、どっちとか本当はないと思う。

どっちだっていい。

ただ、知りたい。


 ……私は、どう答えたら、いい? ── お前は、どう答えて、くれるんだ?


「……手」


 手?


「……離して」


「何で?」


 ── なんで? ──


 言い辛い ── 何この、


「……熱い、の」


「うん」


「だから──」


「──もうちょっとだけ」


 何、それ ── まだ曲、終わってないから。


「……やっぱりクサカ君、ふざけてるわ」


「は? ふざけてねーよ」


「いいえ、だって──」


「──だってとか──」


「──だって!!」


 女子が大きな声を出して、驚いた。

初めてだ、こんなの。


 ── こんなの ──


「……変、なの。私」


「うん」


「あなたも、変」


「ふっ、かもな」


「わ、笑わないで」


「ん、ごめん」


 ごめんはもういらない。

けれど、わかる。

多分私と男子が逆だったら、私も、ごめんしか言えない、かも。


 ……逆、だったら。


 熱い。

熱くて、どうにかなりそう。

これって、何なの?


「……で?」


 嫌……待って。


「どう、する?」


 どうするって、何を?


「なんか、っていうか……どうしようって、俺、思ってた。でも、言えた。だから今度は、クラキが言ってくれ」


 ──いつもみたいに、話してくれ。


 私はもう、ううん、さっきから、泣きそうだった。

いつの間にか我慢していた。


 この気持ちが、なんか、なの?


 教えてほしい。

けれど聞けない。

だって、だって、熱くて──恥ずかしくて、もう爆発しそうなの。


 私は男子が握る手を少し、少しだけ繰り返した。

もうどっちが熱いか、わからない。


 ……もう、わからないは、終わり。


 私は少しだけ俯いていた首をまた少しだけ上げて、男子の顔を──口を見た。


 あの音は、嫌いじゃなかった。

私は男子を、嫌いじゃない。

前にも言った事がある。

その時は言えた。

あの時と、今は違う。


 あなたの事、好きだわ。


 頭の中で言ってみた。

けれど声にはなったくれない。


「……何?」


 男子は待っていた。


 ずるい。

ずるい、ずるい、ずるい。


 やっぱり私、変になってる。


「……


「……えぇ」


「当然でしょ。何を勝手に、私の許可なく」


 得意な憎まれ口は、するする、と出た。


 女子のいつもの口調に俺は、ほっ、としていた。


 ── いつも通りに、安心するなんて ──


「それは、その、謝っただろ!」


「足りないわ。あなた、何も言ってないもの」


 俺は、はっ、とした。

っていうか、と思った。


 私は何も聞いていない ── 俺は、言った気になっていただけ。


 ずるくて、ごめんなさい ── くそっ……ずりぃよ。


 これでわかった? ── わかった、わかったよ。


 私は、まだ、言えない ── 俺は、キスは言えても、逆が言えない。


 私はまだ、だった ── 俺はまだ、じゃなかった。


「……ちくしょっ」


「ふふっ」


「笑うな」


「どうして?」


「恥ずい、から。別の意味で」


「私もよ」


 だから──。


 ── 曲が、止まった ──


 で、電話……くそっ、誰だよ、何で今──。


「──はい」


 女子がイヤホンを渡してきた。

そしていつの間にか俺は女子の手を離している事に気づいた。


「ま、待っ──」


「──ええ、待つわ。だから……


 だから、今日は、逃げさせて。


「電話、出なさいな」


 私は、くるり、ときびすを返して歩き出す。

すると後ろから男子の声がした。

私を止めようとする迷った声は、言葉になっていなかった。


 俺は何て言っていいか、困った。

待ってくれるけれど、それは今じゃない。

でも──でも、と言ったところで、待つ、にはならない。


 俺は、逃げれたって、思っても、いた。


 そして女子はこう言った。

それは俺をそうするために──逃がすために、自分も逃げるために、わざと選んだ言葉。


「……追ってきたらぶっとばすから」


 ひねくれた声が震えているくせに、そう言ってくれた。


 それから女子は缶コーラを一つ取って、屋上を後にしたのだった。


 俺は今日の自分をこれほどまでに意気地なしだとは思わなかった。

ほんとに、意気地なしだった。


 ※


 屋上の扉を閉めた私は階段を降りる前に一口、コーラを飲んだ。


 あれ……何だか炭酸が──。


 気づいた瞬間、唇を手の甲で拭った。

気が抜けたコーラだったから──男子の、コーラだったから。


 その甘すぎる味に私は小さく、ちくしょ、と自分に呟いた。


 私の ── 俺の。


 ── 『文化祭』の幕は 下りた ──

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