第63話 気抜けコーラ(前編)

 男子 ── 女子。


 俺は女子から目を逸らして右を向いている。


 私は男子の横顔を少し見上げている。

やや左下に目だけを寄せて、見えるか見えないかくらいの感じで、ちらり、と見てみたり。

何度か、ぱちぱち、とまばたきをして、真っ直ぐに、けれど徐々に俯いたりして。


 今の、聞こえた? ── 今の、何?


 ……言っちゃった ── ……半分だけ聞こえた。


 今も半分だけ、繰り返された同じ曲が耳に鳴っている。 ──今もまた、半分だけ同じ曲が流れている。


 どんな顔してんだろ? ── どんな顔をしているの?


 半分向けば、見えるけど ── 半分向いてくれたら、見えるのに。


 ──見れない ── 見れない。


 何でだ? ── 何でなの?


 あ──指、少し動いた ── あ──指、少し動かしちゃった。


 俺の手はまだ、女子の手が乗っている。


 私の手はまだ、男子の手に支えられている。


 ……手汗出てきた、やべぇ ── ……手汗、掻いてないかしら。


 暑くなってきた気がする。

もう陽は沈んできたのに。


 熱くなってきた気がする。

もう陽は暗くなってきたのに。


「──ごめん」


 男子が、謝った。


「……何か、言えよ」


 ……何を言ったら、いいの?


 俺はまだ女子を見れなかった。

何でか。


 男子は私を見ないで言った。

ずるい。


 女子の手を繋いだまま、俺は手を下ろした。


 どうして……手を離さないの?


 女子の手はちっこい ── 男子の手はでっかい。


 女の、手 ── 男の、手。


 意識した ── 意識した。


 触ってる、から ── 触られてる、から。


 俺は、女子を見た ── 男子が、私を見た。


 お──何か言う──。


「──いつ?」


 まさかの質問、けれど答える。


 検討はついているけれど、聞きたい。


「祭りの、時」


 やっぱり──あの、音。


「……ごめん」


 口の端の、とこ──りんご飴の、匂いの、音。


 女子は空いた手で下唇を触った。


「……ファーストキス」


「え?」


「私の……初めて」


 上目遣いに、くらり、と、した。


 上目で私は男子を見た。


「お、俺だって、は、初めて──」


「──どうして?」


 は? 何その質問。


 どうして私に、その……ちゅー、したの?


 俺はあの時を思い返す ── 私はあの時を思い返す。


 ──赤かった。目とか……口とか ── 朱かった。提灯の灯り……とか。


「……クラキのせいだ」


 何それ。


 女子が驚いたような目になった。


「私のせいって、何よそれ」


 あ、怒って──。


「──どうして今まで言わなかったの?」


 ……だよな ── どうして?


「……だから、ごめん」


「いらないわ。何回も、いらない」


 何回言っても、足んない気がして ── 何回言われても、ごめん、じゃない。


 俺は女子の顔を真っ直ぐに──少し下に、見た。

目が少し泳いだけれど、見れた。


 私は男子の顔を真っ直ぐに──見れなくなった。

目も泳いで、定まらない。


「言えなかったんだよ。なんか」


「……なんかって、何?」


「なんかは、なんか」


「ふざけないで──」


「──


 男子の声が、真面目で、低い。


 ふざけるところじゃない。


 思わず──見ちゃった。


「……なんか、なんだよ。マジで」


 ──嫌、見たくないのに……。


 女子と、やっと、目が合った ── 男子と、目を……合わせたくなかった。

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