第62話 コーラ(後編)

 1、2、3。


「──……へ?」


 フェンスのとこはちょっと高台になっていて座れる感じ。

そこにコーラの缶を二つ置いた俺はまた、女子の近くに戻った。


「だから、ダンス」


「だ……ダンスって、え?」


 ああ、言った事なかったっけ、と俺はまず女子を指差した。


「お前、踊れない」


 うん、と小さな頷きを確認した。

今度は自分に指を差す。


「俺、踊れる。おっけ?」


「……へ? 踊れるって、ダンス、嘘、本当に?」


「嘘じゃなくてマジ、ほんと」


 母さんが社交ダンスの講師で、俺はちっこい頃にやっていた。

今でもたまーに、振り付けの相手にされていたり、その分小遣いが増えるからいいんだけれど。


 こうやって自分から踊るって言ったのは、久しぶりだ。


「で?」


「え、えっと……その私、その、運動音痴、なんだけれど」


 知ってる。

百メートル走クラス最下位だしな、と言うとちょっとむすくれた。


「……私に、踊れる?」


「ん」


「本当に?」


「ん?」


「でも……その──」


「──だぁーっ! ごねごね言ってねぇで早く手ぇ出せやーっ!」


 俺はエプロンを軽く握っていた女子の両手を強引に取った。

ちっさくて、ちょっと冷たい。

ぎこちない固さもあって、緊張が伝わってきた。


「ん。まずは足からな。俺と逆で、いくぞー」


「ちょ、ちょっと待って」


 ふーっ、と息を吐いた女子が俺を見上げる。

身長差をこんなに感じたのは、多分初めて。


「──お願い、します」


 お、素直。

つか、嬉しそ?


 ※


 1、2、3。

1、2、3。


 両手を繋いで、足元を見ながらのステップの練習から。


「……出来てる? 私」


「ん。覚え早いじゃん」


 俺は足元を見る女子を見ている。


「ふふっ、当然」


 お、言うね。


「じゃあ、ちょっと用意する」


 一度手を離して、俺は携帯電話を操作する。

それと。


「ん。片方つけて」


 俺は右側を、女子は左側を。

それぞれ携帯電話と繋がったイヤホンをつける。

長めに調整して、多分ちょうどいいと思う。


「おっけ?」


「ええ、けれど何の──」


「──三拍子、意識して」


「う、うん……何だかむかつくわ」


 後半は小声の女子。


「聞こえてんぞー」


「褒めたのよ。ちゃんとリードしてくれるんだもの。いつもと変わらない格好なのに──」


 俺は着崩した制服に上履き。

女子は正統派メイド服にヒールの高いブーツ。


「──王子様みたい。なんてね」


 また、ふふっ、と柔らかく笑う女子から軽く視線を外してはにかむ。

柄じゃない──けれど、まぁ、とか思った自分もいて、やっぱりはにかむ口元を我慢した。

そっぽを向いたまま携帯電話の画面をタップして、曲を選択。

音響の曲探しの時に見つけた曲だ。


「……お前だって姫っぽい、じゃん」


「え?」


 極々小さな呟きは聞こえなかったようだ。


「ん、曲かけるぞー」


 大体五分くらいだったはず。

丁度六時で終わるかも。


 ……よし。


 俺は、すーっ、と息を吸って、ふっ、と吐いた。

携帯電話は胸ポケットへ。


「──ん」


 左手を出して、迎える。

気づいた女子は戸惑っているのか、おずおず、と俺の迎えに右手を乗せた。


 ははっ、何か新鮮。

目がきょろきょろしてら。


「えっ、あの──」


「──セクハラとか言うなよ」


 俺は女子の背中に、肩甲骨辺りに右手を添える。


 この距離は初めてだ。

だから俺も二、三回、きょろきょろ、と目を動かしてして。


 近い。

近いけれど──まだ、遠い。


「左手は俺の腕、軽く掴む感じ」


「し……失礼、しま、す」


「ははっ! 何だそれ」


「だ、だって……緊張、するじゃない。く、くっつくの」


「んだな」


「クサカ君は余裕な感じ。さすが経験者っていうか」


「んな事ねぇよ」


 だってクラキとは、初めてだ。


 曲はもう鳴っている。

俺はカウントを口ずさむ。


 そして一歩、二歩、三歩。

覚えたてのステップは小さくて、まだおぼつかない。


「……ふふっ、凄い。あ、ごめん」


「ん。凄いって?」


「まさか、こうやって、踊れるって、思わなかった、から」


 リズムに気を取られているのか、声もそのテンポになっている女子は微笑んでいる。

けれど目線が下──足元にある。


「おーい、こっち見れや」


「ふふっ、はい」


 目が、合った。

上機嫌の顔が、目が、俺を見ている。

近くで、近くで、近くで。


 近すぎ、て。


「スカートが、ね」


「……ん?」


「ふわって、ひらって、気持ち良い」


 あと、クサカ君の足を踏むんじゃないかって、と女子は言う。


「ありがとう、凄く、楽しい」


「……ん」


 俺も、楽しい。

いつもと違う、女子の感じとか、見栄え──って言っちゃ駄目なんだよな。

その……化粧、とか。

女の子ってすげぇな。

つやつやしてる口とか、いつもより上に向いてるまつ毛とかで全然違う。


 全然違──。


「わっ、いきなり止まらないで。びっくり──」


「──あのさ」


 俺は何を言おうとしてるんだろう。

でも、何か、言いたい。


 目の前の女子は、きょとん、と俺を見上げていて、左手が腕から離れた。

俺も女子の背中から右手を離した。

けれど俺の左手と女子の右手はそのままで。


 俺が、そのまま、繋いでいて。


 ああ、そろそろ曲が終わる。

白雪姫の曲だった『Someday My Prince Will Come』。


 あ──曲が終わって、遠くでキャンプファイアーが始まる音が、した。


 そして、甘いのが、弾けた。


「──ごめん俺お前にキスした」

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