第12話 ラスク(後編)

 次の日、いつものように放課後、私と男子は自分の席に座っている。

そして昨日のお願いした結果報告を受けている。


「──鉄則として咥えるパンはトースト。ジャム付きな」


 サンドイッチもパンなのに、それに美味しいのに。


 男子は開いた漫画本を見せながら説明する。

丁度そういうシーンを見本として持ってきてくれたようだ。


「で、遅刻するかも、という状況が必要になる。登校時に急ぐ必要なんてそのくらいだからな」


 普通に家を出たから余裕だったのだけれど。


 昨日と同じくラスクを持ってきた私は、昨日と同じように、さくっ、と箸で食べた。

ココア味も美味しい。


「そして最大条件──」


「──曲がり角でぶつかる、ね」


 そう、と男子は私を指差す。

失礼な人。

寄り目になりつつ私は新たに指の曲がり角を作ってやろうかとしたけれど、やめてあげた。

しかしこの失礼な男子は割りと完璧主義だったらしく、新しい発見だ。

けれどいい風には終わらない。


「──大変申し訳ございませんでしたぁぁ!」


 男子は漫画本を閉じる手と一緒に合掌して頭を下げたのだ。

これには理由がある。


「もういいから。もう何回も大丈夫って言ってるのに」


 曲がり角でぶつかったのはなんと、私だったのだ。

まさか、という思いもあったけれど、今のが紛れもない事実で。


「私も咄嗟に瞬時に当然の如くごめんなさい。反省してるわ」


「確かに反撃早くて避けれなかったっす」


 ふふっ、と私は笑って体操服の襟ぐりを掴んで、ぱたぱた、と中に風を送った。

男子も同じように体操服の半袖を着ている。

曲がり角でぶつかった時、男子が咥えていたパンが私の制服に、べったり、と真っ赤なラズベリージャムがついてしまったのだ。

半分だけ齧られたパンを取った私は男子の顔を見た瞬間に、そぉい! と投げたわけで。


「ああ自己嫌悪。食べ物を粗末にしただなんて」


「ん? 残りなら食ったぞ」


 はい?


「三秒ルール」


 確かにくっついて投げるまで三秒くらいだったけれど、まさか食べてしまうだなんて思わなかった。

変に、もやもや、とするのは気のせいじゃない。


「……とりあえずあなたの実験結果を聞かせてもらおうかしら」


 オレンジジュースを飲んでいた男子は天井を見つつ答える。


「……人の目が超気になった」


 確かに。


「咥えながら走ると息出来ねぇ」


 そうそう。


「あと飲み物欲しくなった」


 男子はジュースのパックを掲げて笑った。

私も、むせた時に欲しかったわ、と笑う。


「でもさぁ、何で俺も課題プリントしなきゃなわけ?」


「女の子を汚したんだもの。罪だわ」


 変な言い方すんなぁぁ、と男子はラスクを二、三個まとめて食べた。

さくさく、かりかり、と良い音が鳴っている。


「制服、もう乾いてるわね」


 そうですねぇぇ、と男子はまだ項垂れる。

ラズベリーのジャムでお互いの制服の上が汚れてしまったため、保健室の洗濯機で洗って教室のベランダに干していたのだ。

着替えるのは帰る時でいいか。


「──ところで何が知りたかったわけ?」


「え?」


「実験」


 それはもうお察しの通り、と私は漫画本を手に取った。

丁度そんなページの一コマを指差す。


「この、注目などお構いなしにパンを咥えて不可能と思われるのに独り言を叫びながらおそらくというか絶対に私よりも速く走っているヒロイン的キャラがいるじゃない? ぶつかったのは?」


 私の説明に眉間に皺を寄せる男子は、主人公、と答えた。


 そう、この出会いは、始まり。


「──運命の人に会えるかと思って」


 そう言うと男子は口に含んでいたオレンジジュースをふきそうになった。


「ぐっ──え、へ!?」


「残念よね。まさか見知ったあなたとぶつかるなんて。こういうのって初対面の人っていうルールがあるんでしょう?」


「あ、ああー……うん、そう、そうだな」


 私は首を傾げる。

変な解釈をしたかしら、と。


「しかしあれね、甘いラスクとオレンジジュース、合うわね。いつも珈琲だったわ」


 爽やかで、私好みの組み合わせにまた一つ、二つと食べていく。

すると男子がこう言った。


「……変にルールに縛られなくても、ってやつなんじゃね?」


 さくっ、と良い音で男子はラスクを食べた。


 ──あら、そう……なるほど?

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