第10話 ドーナツ(後編)
「──俺、ストロベリーの方が好きかも」
男子が指についたドーナツの欠片を舐めながら言った。
「うーん、私は──」
「──どっちも?」
先に答えられてしまったけれど、その通り。
ストロベリーもチョコレートもどっちも好き。
そういえば私は男子の子をそれほど知らない。
いつも漫画雑誌を読んでいて、甘い物が好き。
少し乱暴な言い方をする時はあるけれど、こうやって話していて楽しい人。
私は本を開いてタグを手に取った。
男子の、タグは?
「ねぇ、あなたは私の事、どれほど知ってるのかしら」
「あん?」
ほら、少し乱暴な返事。
「お前の事……あー……お菓子マニア?」
笑いながら私は頬杖をついた。
「本好きで、胸毛フェチ? で、毒舌」
私はまた笑った。
けれど憎まれ口はお互い様。
「で、飲むもんっつーか、珈琲はブラックが好きで、そんで──自分を持ってる奴」
私は目を見開いた。
ゆっくりと頬杖をやめて背筋を伸ばす。
男子は横を向いたまま漫画雑誌を読んでいて、私が半分にしたストロベリーのドーナツを口に放り込んだ。
それが……私の、タグ?
私もチョコレートのドーナツを少し齧る。
控え目なカカオの香りが甘い。
すると男子が横目で私を窺ってきた。
「何だよ、その顔」
「……ちょっと、驚いて」
「ははっ、らしくねぇんじゃねぇの?」
私らしい、とは。
「お前はさ、つっけんどんな言い方とかするけど、それって、こう! っていうのがお前の中にあるからだろ? なんつーか持論、とか言うとあれだけどそういうもん」
それはある意味、自己中心的考えというやつ。
「スゲェよ、お前のそゆとこ」
「……ふふっ、スゲェ?」
「うん、面白ぇ」
また、ぱちくり、とした目になっているだろう。
だってそんな風に言われた事は一度もないから。
自分が知らなかった、気づかなかった部分を覗かれたようで。
「ん? どした?」
「……なんでも、ない」
「はぁ?」
私は本で自分の顔を隠した。
きっと染まっているから──恥ずかしいストロベリー色に。
「──じゃあさ、お前は俺の事どんだけ知ってんの?」
逆質問。
ちゅるちゅる、と牛乳を吸い込む音が聞こえる。
本の下から男子が私に──本の表紙に向き合ったのがわかった。
「……胸毛がまだなくて」
ははっ、といつもの笑い声が聞こえた。
「脂肪フェチで、漫画が好きで甘い物が好きで──暇な人」
「暇って、どっから来たよ?」
「だって私なんかとこうやって時間を潰してるじゃない」
そう言うと男子は私の手から、ひょい、と抜くように本を奪った。
そしてやや至近距離にある男子が、少し真面目な顔付きになっていて。
「怒るぞ」
「……何故?」
「なんか、とか言うな。そういうとこあるよな、お前って。あのな、俺はクラキとこうやって菓子食って駄弁ってんの結構好きなんだからそういう風に言うな」
……わお。
「……ごめんなさい」
「ん」
本がまた私の手に戻ってきた。
そのまま顔を隠す。
私の中の男子のタグが付け足された。
「……クサカ君は優しい人だわ」
「そりゃどーも」
本の上から目だけを出して男子を見ると、最後のドーナツの欠片を舐め取ったところだった。
「──なんか、恥ずかしい」
実は俺も、と男子も軽く笑った。
「私も、この時間が結構好きよ。最近はないと、困るの」
「飲み物係の俺がいねぇと、って意味?」
それもあるけれど、と私はタグを本に挟めて閉じた。
そして最後の一口のドーナツを食べる。
控え目なストロベリーの香りが、甘い。
この時間にタグを付けるとしたら?
多分それは、ドーナツの穴みたいに、なくてはならないものかもしれない。
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