第5話 アップルパイ(前編)

「──女が誕生日に欲しがるものって何だ?」


 今日も今日とて、教室の窓際の一番後ろの席、自分の席に座る俺は、前の席に座る女子に聞いた。

女子は俺をちらり、と横目で見て、片手に膝の上で開いた小説を抑え、もう片手にアップルパイを持っている。


「明日、妹の誕生日なんだけどさ」


 俺には中学生の妹が一人いる、兄妹は以上。

そう言って俺も自分の机の上に置かれたアップルパイを一切れ、手で掴む。

すると女子は当然のように、今まさに手にしている物を答えとして提示した。


「お菓子」


 まぁそうでしょうね、と言わざるを得ない俺は、女子と同タイミングで今日の放課後おやつであるアップルパイを齧った。


 さくっ、ぐにゃり。


 二つの音が口の中で鳴る。


「私は姉にケーキを作ってもらうのがプレゼントだったわ」


 今食べているアップルパイは三角形ではない。

細長い、長方形のようなアップルパイを俺に見せつけ、もう一口、と女子は齧る。

しかし女子に姉がいるとは知らなかった。


「女同士ならアクセとか服とかって思ってたけど」


「私がこの世で一番好きなのは──」


「──お菓子っすね、そうっすね」


 女子が言い切る前に俺は、そうでしたそうでした知ってます、と答える。


「まぁあれです。一般的に女ってのは光物が好きなのかと参考程度に聞いてみたわけっすよ」


 ウェットティッシュを用意していた女子はそれで指を拭く。

今日はアップルパイだからか、そんな俺も一枚貰うが、そういえば、と思い出した。

前、ポテトチップスの時、女子は箸で食べていた。

その時もこれを持ってくればいいのでは、と思ったが今日は箸を忘れたのだろうか。


「アップルパイは手掴みで豪快に食べるのが家のルール、と言うより、姉と私のルールなの」


 フォークでもないんですね、と俺は首を傾げつつも方向転換し頷いてみせた。


「そうね、プレゼントか……アクセ……指輪なんてどうかしら?」


 話を戻した女子は膝に乗せていた小説のページを捲る。


「なぁんで妹に指輪なんだよ! 気持ち悪いわ!」


 彼女だったらやっても構わないけれど、と俺は眉も口も歪める。


「冗談よ」


 そう言った女子の口元が変に、にやり、としていて腹が立つ。


「光り物と言えばネックレスやピアス、ヘアピン、色々あるわね」


 例えば五百円玉とか、と女子は、是非つっこむがいい、と重ねて冗談を狙ってきたけれど俺はスルーを決め込んだ。

俺は割りと真剣に選ぼうとしているのにその答えは何だ。

しかし言い当て妙、妹は現金な奴でもある。

合っていると言えば合っている。


「現金な奴にもろ現金をやってもなぁ──なんだその顔」


 女子は俺に冷たい目を向けていた。


「いいえー。面白くない事を言う人だなーと思ってー」


 棒読みでからかう女子にはやはりつっこみが必要だったか、と机に片肘をついた俺は後悔する。

また小説の目を落とした女子は続ける。


「女の子が欲しがる物なんてそれぞれだわ。クラスの女の子達はバッグが欲しくて服も欲しくて、お金も時間も彼氏も欲しいそうよ」


 それは欲しがり過ぎだろう、と呆れる。


「逆に男の子なら何が欲しいのかしら」


 質問された俺は、んー、と考えて、ここだ、とぶっ込んでみる。

さっきのお返しだ。


「エロ本かな」


「そう。なら、あなたが怪我や病気で入院したら女医モノと看護師モノを用意してあげるわ。もちろん袋なしでラウンドガールのように掲げながら颯爽と廊下をキャットウォークでねり歩いて届けてあげる。涙を流すくらい喜んでくれるんでしょうね、きっと」


 マジでやりかねないと思った俺は勢いよくこう言った。


「冗談! ごめんクラキ! 冗談ですぅ!!」


 仕返しは倍以上で返されてしまった。


 どうやら女子には敵いそうにないようだ。

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