第4話 ポテトチップス(後編)

 机を挟んで座っている男子は、私のポテトチップス目当て──ほぼ毎日のように放課後の教室に居残っている。

私はお腹が鳴ってしまうから、男子はどんな理由なのだろう。


「──なぁ、なんで箸でポテチ食ってんの?」


「油で指がべたべたになるからよ」


 せっかくの小説も汚したくない。

するとクラスメイトの女の子が忘れ物を取りに教室へと駆け込んできた。

私達二人の姿を見るなり驚いて、まだいたんだー、などと声をかけてくる。


 机の中に手を突っ込み、がたがた、と何かを探している。

その時、こちら側にせを向けていたクラスメイトが上半身を折るように前屈みになった。

後ろのスカートがお尻で持ち上がり、太ももの裏側が多めに露わになっているのに気づかないのだろうか。

小説で口元を隠し、こっそり、と男子に囁く。


「見えそうで見えないわね」


「おまっ、女がそーゆー事言うなよっ」


 恥ずかしそうにしているけれどにやけた口元が腕で隠れきれていない。


「女だって見るわよ。いい足じゃない」


 ポテトチップスを口に入れながらクラスメイトの女の子の足を眺める。

細くて、痩せた足。

誰かを待たせているのか足早に教室から出て行くクラスメイトの女の子のスカートが、ひらり、と動いた。

そしてまた二人きり。

私と、男子。


「……お前は痩せようとか思わねぇの?」


「何故?」


 少しばかり苛ついた感情が箸からポテトチップスを落とした。

痩せたいとは思うけれど太りたいとも思わない私は、標準より少し痩せていないくらいの体型だ。

今のところ健康状態に問題はないので放置、お菓子を食べないなんて事はしない。


「……確かにあの子はほっそりしてたわね。好み?」


「いーや。俺は肉付きがいいのが好み」


 意外。

男というは痩せっぽちほど可愛いだのと言う生き物だと思っていた。

もちろんこの男子も。

と思ったけれど、以前に脂肪がどうのと言っていたし、と落ち着ける。


「女ってのは元々肉っぽいからな」


 ふっ、と鼻で笑ってしまった。


「触った事あるの?」


「ないですけどぉ」


 男子は口を尖らせ、前屈みに身体を折った。


「私の体で言えばどこもかしこも柔いわよ。腹だの腕だの」


「足もな」


「エッチ」


 身体を折った男子の視線の先には私の組んだ太い足がある。

むちむちで、男子の言葉を借りれば肉肉しいのが二本。


「肉というより脂肪ね」


「脂肪が多い肉の方が美味い」


 牛肉などと一緒にされても困る。

きっと男子からは私の太い足がアップで見えているのだろう。

運動嫌いのぜい肉が。

足を組み替えてその太さを見せてあげる。


「……誘惑してんの?」


 私の言葉を借りて同じように聞く男子は口元を手で隠して起き上がった。


「ふふっ、足がきつかったからよ」


 まさかこの脂肪で誘惑出来るなんて私は微塵にも思っていない。

けれど、隣にいる男子は顔を赤らめてため息をついているではないか。


「肉が好きな割りにはあなたは痩せてる」


「自分と好みは違ーう」


 それはそう、萌えと好みが違うのと同じ。

小説をぱたん、と閉じ、私は机に肘をついて男子の首元を見つめた。

そのまま箸を動かしポテトチップスをまた一枚食べる。


 ポテトチップスから、私の口へと動く男子の視線。

何も口にしていないのに男子の喉仏が縦に動いた。


 私を食べているつもり?

 この脂肪だらけの私を?


 またもある感情に邪魔され箸が指から落ちてしまった。

からから、と転げる箸は床に。

残ったポテトチップスは指で食べるしかない。


 ほら、油で指が光る。

私はそれを指でみ、ぺろり、と舌で塩を舐め取った。

そして男子はまたもこう言った──言うと、思った。


「……誘惑すんなって」


 なるほど。

この男子にとって私の脂肪はつまらなくないらしい。

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