第3話 ポテトチップス(前編)
「──胸毛のない男なんてつまらないわ」
隣にいる女子は、箸で机の上にあるポテトチップスを食べながらそう言いのけた。
放課後の教室の窓際、一番後ろの席にて俺は遅れて反応する。
「…………は?」
やっと出た言葉は、何言ってんだそれだと日本男児の約八割くらいは該当しねぇぞ、を含む。
朱色の夕陽を背中に受けながら俺もそのポテトチップスに手を伸ばす。
「だからこそ希少価値があるとも言いたいけれど、私はまだお目にかかった事がないわね」
小難しそうな推理小説を読みながら女子は言う。
それはそうだが、女子はかなり珍しい類だと思われる。
そして横目で、ちらり、と俺を見た。
「……生えてねぇぞ?」
「でしょうね」
だったら何故ちら見したのか。
俺はまた週刊漫画雑誌に目を落とし、ポテトチップスを口に運ぶ。
「どうして日本男児は毛が薄いのかしら」
「頭の話?」
「あっ、ごめんなさいね?」
「まだふっさふさですけど!?」
こちとらまだ十六歳健康男子だ。
女子は組んだ足の上の小説のページを捲る。
「で、なんで胸毛?」
前にも軽く話した事があるけれど、今回はわけを聞こう。
俺は漫画雑誌を閉じて女子を見たが、女子はこちらを見る事なくポテトチップスを箸でとった。
何度見ても器用で綺麗な箸使いだ。
「わからない、いつの間にかよ。でもそう思うの」
俺もわからない。
まして俺は胸毛生えろ! なんて思った事も念じた事もない。
「女の子にも腋毛やすね毛も生えるし、ヒゲが生える事もある」
「マジっすか」
目の前の女子もヒゲが──と、見つめてしまった。
「残念。私はちゃんと処理してるわ」
処理というのはもちろん剃るって事だけど、それを想像するのは何か耐え難い。
「ねぇ方がいい」
「あるわよ」
「え?」
「冬の女の毛は豊富なのよ? 腕を見られる事も少ないから腋毛も伸びてるしソックスで覆った足も──」
「──言うな!」
聞きたいのかと、と女子はにんまりと笑う。
「その点、男子はいいわね。剃る労力がいらない」
「気にしてる奴もいるぞ? すね毛濃い奴とか薄くなるクリーム塗ったり」
「へぇ、男子も大変なのね」
俺は何もやらないが、とは言わずにポテトチップスを口に放り込む。
相変わらず俺の方を見ずに女子はずっと小説に目を落としていた。
誰もいない教室を眺めるように窓際を背につけ、椅子から少し尻を滑らせる。
……胸毛ねぇ。
まさか同年代の女子がそんな事を言うとは思わなかった。
すね毛だけで、わーぎゃー、言う奴もいるってのに。
俺は足をひょい、と上げてズボンの裾を捲ってみる。
まぁ薄くも濃くもない、はず。
「あら、誘惑してるの?」
笑い混じりの女子の声が飛んできた。
いつの間にかにこやかな笑みもこちらに向いている。
「……してねぇよ」
「いい毛よ。胸毛が生えたら教えて」
今のとこ予定はない。
女子はまた小説に目を落とし、顔もいつものクールな表情に戻っている。
しかしさっきは数秒、変化した。
俺の毛で。
別にセクシーポーズをとったつもりはないけれど、熱くなった顔で足を下ろす。
とりあえず念じてみるか。
目指すは数十秒。
毛ではなく──。
──さっきの
なんでそんなもんが見たいのか、それこそわからない。
けれど、はっきりした何かがあった、ような。
「そんなに見つめないで。照れるじゃない」
そう言った女子の表情は変わらない。
……どうやったら胸毛なんて生えるんだ?
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