第一章 これくらいは変態じゃない……よね?③

しろさきじゆん


 げんかんのチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、ボートネックの白いうすのニットに、あわいピンクのミニのプリーツスカートを穿いたおりが立っていた。そして黒のオーバーニーソックス。見る人が見ればあざといと言われそうな格好だが、おりには似合う。と言うか、おりは何を着ても似合う。

 くやしいくらいにわいい。

「僕からさそったのに、来てもらって悪いな」

「うち、今、お父さんしか居ないから。上がり込んだが最後だよ。ちなみに、さっきスタートレックてた」後ろで手を組んだおりが、うわづかいで言う。くちびるがほんのり色付いている。

「あー、いなぁ。何てた?」

「カークとピカードが会うヤツ」

「『ジェネレーションズ』か……スポックが出ないんだよなぁ。カークありきと言うか……」

「スタートレックの話はやめてっ。で、どこ行くの?」

「映画でも行こうかなって思ってたんだけど、どう?」

ひとぎらいのじゆん君がゴールデンウィークに映画? 正気? しようガスでも吸った?」

「おいっ、それだと完全に意識がもうろうとしてるぞっ。で、おりたい映画あるか?」

「今は特にないなー。と言うかですね、さそった当人はどうなんですかね?」

 おりが僕のかたを軽く指でいてくる。

「無くはない」

「じゃあ、映画にしよう。ただ、今日はおたがい都内には行かない方が身のためだよね。植民地いけぶくろすらも、おろかなたみくさあふれているにちがいない」

「本屋目当てでもない限り、いけぶくろなんて行かないくせによく言うよ」

「それはおたがさまでしょ」

 僕らはそんな話をしながらえきに向かい、東京とは逆方向の電車に乗った。こうがいのららぽーとにへいせつされている映画館を目的地にえる。

 ホームに入ってきた電車は、都心方面に比べれば乗客は少ないが、それでも流石さすがゴールデンウィーク。ぎゅうぎゅうとまではいかないにしても、だんより人が多い。いつもならかくてき座れるのだが、今日はそうもいかない。

 ただでさえ気が重いのに、おりに告白するというばくだんかかえた僕は、より一層精神と体力がけずられていくのを感じながら、電車にられていた。こんな思いをしていざ着いてみたら席が無い……なんてことになったらしやにならないので、映画館のせきじようきようをスマホでチェックする。まだあわてるほどまってはいない。これなら先に買っておかなくてもだいじようそうだ。

 となると、問題はやはり……告白。

 大体、告白ってどうすりゃいいんだ。言い出すけは? その話の前後というか、持っていき方は? そりゃもちろん、どう言おうかとか、がどんな感じだったかとか色々考えたけど、そもそも僕はおりに告白できなかった男だぞ。あー、やりげる自信が無い。

 ここはひとまず先送りにしよう。映画のあとでなやもう。考えてもわからん。

 映画を楽しむことに集中しよう。さっき無くはないなんて言ったけど、僕はある映画を結構楽しみにしていた。SFマニアの間で評判のタイムトラベル物である。やっぱり、いくつになってもタイムトラベル物は外せない。そのかんとくの映画は以前からよくていたので、SFマニア以外の評価が高くない理由はなんとなく察しがつく。設定やガジェットのリアルさはらしいが、物語がちんなのだろう。

 だが、SFは設定こそが命だ。それを楽しめれば僕は満足だ。

「で、何るの?」

 僕が映画のタイトルを告げると、おりはふふんと鼻を鳴らした。

「やっぱりねー。好きだよね、そういうの。でも、タイムトラベル物って、結局『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が最高でしょ? 私、あれをえる映画を知らない」

「それに関しては同感だ。映画好きが、一周回って挙げる好きな映画の代名詞だからな」

「まさにそれ。下手にマイナー映画の名前を挙げるより、ポイント高い」

おりみたいなサブカル好きにも受けいもんな」

じゆん君のがよっぽどサブカルクソろうだと思ってるけどね、私は」

「おいっ、口が悪いにもほどがあるだろっ。大体、金魚すくいで取った金魚にガリバーと名付けるアネモネ気取りに言われたくない」

「は? 『コインロッカー・ベイビーズ』はマジで正典だから。あれをさいこうけつさくと言わずして何をめろと?」けんしわを寄せて、うでみしたおりが口のはしゆがませる。

「本は責めてねぇ。僕も好きだ。ただ、僕はアネモネ気取りのおりを──」

「ダチュラ!」

「おいっ、そういうとこだぞ」

 ねんため説明しておこう。ダチュラとは小説『コインロッカー・ベイビーズ』に登場する毒であり、兵器であり、かいしようちようするモチーフのことである。おりは時たまそれを口にする。

「うるさいトレッキー。スター・デストロイヤーぶつけんぞ。さきっちょのとんがった部分が頭にさってしまえ」

 耳の下で二つに結んだおりかみが、日本ツインテール協会の分類によればカントリー・スタイルと呼ばれるツインテールの、ふんわりと広がった毛先が、胸の辺りでおどった。

 かみを切る前のは、しばる時はポニーテールが多かったが、おりは昔からかみを二つにしばるのが好きだった。どこか子供っぽくて、わいくて、おりに似合っていて、僕は好きだ。

 そして、こうやっておりと下らない話をするのが僕は昔から大好きだ。

 おたがいに似たような小説や映画やアニメにれるのに、中々同じものを好きにならない。僕らは昔からそうだったし、今でもそれは変わらない。

 だが、そのおかげでこうやって下らない言い合いが出来る。

 さっきおりが言ったスター・デストロイヤーとは、スター・ウォーズに登場する敵のおおがたせんかんの名前だ。切り分けたピザみたいな形をしている。おりはスター・ウォーズのファンなのだ。

 だから、僕はおうしゆうする。原作者ルーカスには原作者ロツデンベリーを。僕らの不毛な口喧嘩フアンボーイズ

「そんなものエンタープライズ号のこうぎよらいの前ではこわくないね。転送装置だってあるんだ」

「はぁ。これだからトレッキーは。何でもかんでもこうぎよらいと転送装置を持ち出しよってからに……重力波だかなんだか知らないけど、ぼくがかんがえたさいきょうのえすえふじゃん。どうしてそういうとこ、うちのお父さんに似ちゃったんだろう……実の子供でもないのに」

 こんなことを言うとおりおこられるので口にはしないが、僕からすればおりとおじさんはそっくりだし、どう見ても親子だ。心持ちしゆこうちがうだけで、けいこうほとんいつしよだ。

 それに僕がスタートレックに興味をもったきっかけはおじさんじゃなくて、おりなんだけど、本人は気付いていないらしい。あんな昔のこと覚えているわけないか。

「おじさんには本当に感謝してる。らしい物をたくさん教えてもらったよ。……そして最後はフォースにたよおりにだけは言われたくない」

 おじさんとおばさんは、僕のことを実の息子むすこのようにわいがってくれる。

 僕の親も、おりのことを実のむすめのようにわいがっている。

 同年代の子供を持つ親同士の交流は、今も絶えない。

 僕の父親がたんしんにんしてから、もう二年目になる。週末は帰って来るけど、平日は基本居ない。僕の母親は大学病院で看護師をしている。当然、夜勤もある。料理のりの字もない僕は、自然とじんぐうの夕食に呼ばれることが多くなった。子供のころのようにおりの家に気軽に行きにくくなったこのねんれいになっても、そういう理由でじんぐうに上がることにていこうはない。

 そして、それを一番喜んだのは、もしかするとおじさんかも知れない。おじさんにとって僕は、かつこうの話し相手なのだ。僕にとっても、新しいげきをくれる大切な時間である。

 そうこうしている内に電車が駅に着き、僕らはバスにえた。

 ここからならバスで十分もからないきよだ。

 ゴールデンウィークのららぽーとは、当然のことながらとても混んでいた。映画をたらさっさと帰ろうと本気で思った。おそらくおりも──そう思ってとなりると、うげぇとでも言いたげなしかめた顔をしていた。

 映画館のロビーでチケットを発券し、ベンチを探してなんとかこしを落ち着ける。映画の時間まではもうちょっと時間がある。だが、安心するのは早計だ。時間があるからと言って、雑貨屋とか本屋にでも入ろうものなら、上映開始には間に合わなくなるだろう。

「今日、お姉ちゃんかられんらくあったりした?」

 どきっとした。ベンチに座ってすぐ、おりとつぜんそんなことを言いだした。

「なんで?」

「起きたら家に居なかったんだよね。お父さんも知らないって言ってたし」

「どーせ、部活だろ」

「だよね。そうだと思った」つまさきを見ながら、おりよくようなく言葉を放る。

 なぜ、急にそんなことをいてきたのか、僕にはそくできなかった。

 それから僕らは、何となく無言でそのまま座っていた。僕がスマホをいじりだすと、おりかばんから小説を取り出して読み始めた。何を読んでいるのか気になってのぞむと、著者名にふくながたけひことあった。タイトルは『はい・飛ぶ男』。ふくながたけひこ、か。確かいけざわなつの父親だったな。モスラにもたずさわっていたっけか。著者について、それくらいの知識しかない。

 ──読んだこと無いな。

 おりは特定のジャンルにしばられることがない。小説でも映画でもアニメでも。気になったものにかたぱしかられる。色んな事をどんよくに取り込もうとする。

 かつての僕は、推理小説ばかり読んでいた。おりと色んな話をするようになってから、様々なジャンルに手を出すようになった。おりに追い付きたくておじさんにもたくさん本を借りた。おりしたくて市の図書館にも通った。それでもおりは、まだまだ僕の知らない小説をこんな風に読んでいる。僕はいつまでってもおりには追い付けない。

 そういうれつとうかんも、勉強と同様に僕のはつこいふうをした。

 勝手にライバル視して、勝手に負けて、勝手にあきらめた。

 おそらくおりは、僕のことをライバルだなんて思っていない。仲間としてしか考えていない。

 だから意識して欲しくて、僕はずっと勝負をしていた。ひと相撲ずもうだったけど。

 の言うように、おりが僕に好意をいだいているのなら、今までの行動はではなかったのかも知れない。意識してくれていたのかも知れない。

 だったら十分じゃないか。何を迷うことがあるんだ?

 おまえはおりの事が好きで、意識して欲しくて、今があるんだろ?

 頭の中でそんな声がする。決着をつけたはずなのに、何を今さら。それはそれ、だ。


 その日た映画は、確かにありがちなストーリー展開だった。それなのに、僕はスクリーンから一秒たりとも目がはなせなかった。まるで身体からだが一体になったかのように、じろぎすら出来なかった。設定やガジェットはっていた。だが、僕が熱中したのは、ありがちでチープな物語の方だった。タイムマシンを開発した男が、過去で一人の女性にこいをする。未来で待つ妻と、その女性との間でさいなまれるという筋書きである。

 気付けば僕は、二人の女性におりを重ねていた。

 どっちにだれを重ねたのか。主人公はどちらを選んだのか。僕は語らない。

 物語をはんすうしながら劇場を後にする。モール内は相も変わらずけんそうに包まれていた。むしろ人が増えた感すらある。丁度夕方だ。無理もない。これは早々に退散した方がよさそうだ。

「いやはや、せつていちゆうが好きそうな映画でございましたね。けど、黒板に数式を書きなぐればそれっぽく見えるなんて演出、『インターステラー』以降はハードル高いの分かってやっているのかな、このかんとくは」けのすりかりながら、おりが感想を語り始めた。

 それにならって、僕もすりに背中を預ける。

「確かに。四次元と五次元の重力について物理学者に本当に計算させるクリストファー・ノーランはマジで分かってる。そういうのがたい勢に対するこれ以上の提示は無いからな。何が書いてあるのかなんて分かんないけど、ちゃんとやってるという姿勢が見えればそれだけで説得力が増す。黒板と言えば『太陽をぬすんだ男』もそうだったよな」

げんばくの数式のシーンだね。黒板じゃないけど、ほうなら『シン・ゴジラ』もリアルだった」

「あれはかいじゆうえいきがよく語る、実際にかいじゆうが来たらどうするという脳内シミュレーションを、自衛隊の意見を交えててつていてきにリアルにびようしやした映画だったからな。それがいいし、それがたい。つまり、ひかえめに言って最高」

「最後はリアルさをかなぐり捨ててかいじゆうえいつらぬいさぎよさが良かったよね! とくさつオタクども、ざいらいせんばくだんをくらえっ! したり顔でこうしやく垂れてても、最後はこういうのが好きだろっていうあの演出! そういう意味では、今回の映画は熱量不足だったなぁ」

「それは同意する。ていねいではあったけど、もっと熱い展開がしかった」

「でしょ? どうせならカタルシスをめいっぱい味わわせて欲しかったよ。まぁ、それはそれとして、そろそろを変えない? もう限界。人が多すぎていそう。にんげんくさい」

「それに関しちゃ何の異論もないな。全面的に同意するよ。正直、人混みってだけでつかれる。静かなとこで体力を回復させないと。ちなみに、にんげんくさいってマトリツクスだっけ?」

「その通りだ、アンダーソン君。全く、お姉ちゃんの体力をいくらか分けてもらえばいいのに」

おりこそ、だろ。おりよりはマシだ。いつしよにすんな」

 ──と思う。体力測定でもそこまでひどくなかったし。とは言え、走り込みをしないというさそもんきゆうどうに入った身としては、体力に自信がないことはもちろん自覚している。

「私は女の子だし。筋力ほつしてないもん。ペットボトルのふたさえ開けられればいい。じゆん君こそホームズにあこがれるなら、身体からだきたえることから始めようか? バリツを習得したまえ」

 おりわきめてこぶしす仕草をする。

「それはバーティツじゃなくて、ボクシングだ。だれがどう見てもボクシングだ」

かみなりを食いちぎれ! いなずまにぎつぶせ! おそろしい男になるのだしろさきじゆん!」

 おりが口にしたのは、ロッキーの台詞せりふ。全く、よくとつに口から出てくるよ。感心する。

 おそろしい男、か。僕からはほど遠い評価だな。

「あと、言っておくがホームズにあこがれてはないからな。あこがれてたのは子どものころだろ?」

「とかなんとか言っちゃって。強がんなくていいから。今だってめいたんていというひびきに、並々ならぬしようけいいだいているくせに。知ってるんだよ。最近はそれにスパイも加わってるんだっけ?」

「やめろっ! そういうことを軽々しく口にするんじゃないっ!」

「そう言えば中等部のころに、あと一つだけいい? ってよく付け加えてたけど、あれコロンボでしょ? もし気付いた人が居たとして、おそらくすぎしたきようだとかんちがいされてただろうけど。今日び中学生にコロンボは無理あるって。あ、もしかしてコロンボだったら気付かれないって思ったの? そーかそーか、そういうことかぁ。にゃるほど。お察しします。ま、元ネタよりオマージュの方が有名になるのはどうしようもないよね」

 やめてくれ……。これ以上、そういうことをふかりしないでくれ……。

 中学生時代の浅はかなメンタリティをこれ以上こうげきしないでくれ……。

「……おり、もうその辺にしといてくれないか?」

「あらあら、思い出して居たたまれなくなってきちゃった? しかし、じゆん君って案外えいきようされやすいよねぇ。ほら、ツイッターのに絵文字付きで『|live long and prosper《長寿と繁栄を》』なんてスタートレックネタ書いちゃうし、LINEのアイコンはスペクターのエンブレムだよね」

 おりがにやにやしながらこっちをめてくる。

「べっ別に好きなんだからいだろっ。なんか文句あんのかよ」

「文句なんか無いですよー。あ、スペクターと言えば、しようかいの時にジェームズ・ボンドよろしく、『じゆんしろさきじゆんです』みたいに言ってないよね? 言われなくても分かってるだろうけど、ボンドは苗字フアミリーネームだよ? あれ……もしかしてその顔、思い当たる節があるのかな?」

 そろそろ死にそうなんだけど。いっそ一思いにほうむってくれ……。

「ちょっとだいじよう? 顔赤いよ? どうしちゃったのかな? 具合でも──」

「分かった。僕が悪かった。たのむからこれ以上──」

「わかればよろしい。さて、じゆん君の精神をがっつりけずった所で、テムズ川をもう少しばかり下りますかにゃ。MI6の本部は見えるかな?」

「……あらかわのことをテムズ川って言うヤツ、初めてだよ」こう言うのが精いっぱい。

 男はいつまでってもはつこいの相手にはかなわないって、こういうことじゃないよな?


 えきから家に帰る道すがら、僕らがひいにしているきつてんがある。行くあてが無い時、僕らはいつもそこで時間をつぶしていた。しかし、もう夕方の六時である。父さんも帰って来ていることだし、夕飯を家で食べることを考えたら、ここでおなかを満たすのは得策じゃない。

 出来ることならもっとおりと下らない話をして、きんちようやわらげたい。

 仕方なく僕は、いつもの公園に足を向ける。それは始まりの場所であり、終わりの場所。

 のアドバイスに従うのもしやくだが、新しく始めるのならここしかないと思った。

 公園に着くころにはもう辺りはうすぐらく、周囲の境界がぼんやりとし始め、街灯に照らされた部分だけがくっきりとしたりんかくを保っていた。空気がかたくて、ややはだざむい。

 三人でいくとなく遊んだ、今は小さく感じる公園のベンチに座る。となりに座ったおりは、足を投げ出してスニーカーのつまさきを閉じたり開いたりしている。そのたびにたしったしっと音がひびき、そんな訳ないのに何だかかされているような気がした。

「寒くないか?」

「やけにやさしいじゃん。何々? なんかたのごとでもあるの? お金は貸せないよ?」

 おり身体からだかがめる。

「いや、ほら、あし寒くないかなって」

 となりに座って視線が低くなると、スカートからのぞあしに目が引き寄せられてしまう。ニーソックスとスカートの間に横たわる、せんゆうどう目的としか思えないはだの色。

 おりふうに言うならば、女子の生足は男子高校生にとってダチュラだ。

しよう! 冬でも限界ギリギリまで生足さらす女子高生を甘く見ないでよね。タイツを穿はじめるタイミングのきわめすら命がけなんだから──あれは一種のきなんだよ」

「確かに。言われてみればそうだ。ってか、マジで女子のそのこんじようしようさんあたいする。なんでみんなあんなにあしを出していられるのか不思議だよ。つうに寒いよな?」

「君は教室でひざけを使う女の子とう存在を見たことがないのかい? 観察眼がないにもほどがあると思うがそこのところはどうなのかね、たんてい君?」

「その呼び方はやめてくれ……。けど、言われてみれば確かにひざ掛け使ってるわ」

「でしょ? 冬場のひざけは神だから。無かったら生きていけない」

「普通に冬だけスカートを長くすれば──」

「分かってないなぁ。そういう問題じゃないんだってば。アニメキャラだって一年中同じスカートの長さでしょ? 季節によって長さ変えてないでしょ? つまり、そういうことなの。わいさは全てにいて優先されるの。スカートと言えば、最近のキャラは脚がむちむちしていて素晴らしいよね。安心感すら覚えるよ。私のターンだと言っても過言じゃないよね」

「そんなことを考えていたのか……アニメてそんなこと思ったことないわ……」

「骨が折れちゃいそうなくらいきやしやな足首とか見せられると、現実とのギャップに打ちひしがれるんだよっ。けどさぁ、じゆん君だって、この私のニーソのゴムに押し出されたふともものココの部分は、りよくてきだと思うでしょ?」

 ほれ、と言いながら少しだけスカートのすそまくって、おりが太ももを見せつけてくる。

「フェチズムとはこういうことでしょ? よくたまえ。これが現実なのだよ。きよこうとはちがう、血の通った肉とはこうなるのだ! これがもてはやされる時代なのだっ。あがたてまつるがよいっ」

 やめてくれ。それはマジでかいりよくがヤバい。わざわざぬすていた部分を、おおっぴらに見せつけて来るんじゃない……。だけど、正直、がんぷくです。はい。

「わかったっ。わかったからスカートをもどせっ。完敗だよ。おりがアイリーンだ」

「このたわけっ。私をホームズの登場人物になぞらえるなっ!」

「僕としては最高の賛辞をおくったつもりなんだが」

「皮肉屋め……私とはほどとおい人物を挙げてくる辺りが……ゆるさぬぞ」

 おりほおふくらませて、鼻の頭にしわを寄せる。まったく、子供みたいなヤツだ。

「……なぁ」

「ん?」

「……付き合わないか?」

 どうしてそんなタイミングで言ったのか、自分でもよく分からない。そのことばかり考えていたなのか、気付いたらそう口走っていた。

「え? それって、男女の仲的な意味の話で言ってる?」

「……ああ」

 おりは、文字をつけるなら、えへへというだらしない顔をして、あろうことか「ごめん聞こえなかった。今、なんて言ったの?」と言いやがった。

「おいっ、今の絶対聞こえてただろ! 今まさに会話してたじゃん! 聞き直しが許されるのはハーレム物だけって相場が決まってるんだぞっ!」

「ごめんね。私、生まれつきちようりよくが弱いの。ほら、今、ちょうどそこの道をデコトラが走って行ったし。バババババってすごい音だったよねぇ」

「走ってねぇよっ。デコトラなんて現実で見たことねぇ!」

「『トラックろう』のさつえいかな? リメイク?」

「デコトラ引っ張んなっ。リメイクの話なんて聞いたことないわっ!」

「……もう一回だけ。ね。お願い」

 この通りと言いながら、手を合わせるおり

 ほんとに調子がくるうな。

「えっと……僕と付き合ってくれ」


「……ごめんなさい」おりはそう言って頭を下げた。


「え?」

 このパターンは全く想定してなかった。

 あれ? さん、話がちがいませんか? 僕が聞いていた話とちがうんですけど。

 おりの気持ちがとかそういう話ありませんでした?

 僕のはつこいようだけでしたっけ?

「ごめんねじゆん君。私、お母さんからトレッキーやシャーロッキアンとは関わるなって小さいころからけられていたの。アカシックレコードにもそう書いてあるの。だからダメなの。気持ちはうれしいけれど、応えられない。ごめんなさい」

「は?」

 僕があつに取られていると、おりが僕のかたをバシバシとたたいてきた。

「いやぁ、その顔良かった。実に良かった。くろさわあきらでも一発でOKが出ると思う。自信もっていいよ。いやぁ、もしじゆん君に告白されることがあったら、絶対にこう言おうって何年も温めて来たんだよ。まさか現実になるとは思わなかったよ。私の夢をかなえてくれてありがとう!」

「えっと……それって……」

じようだんだよ。そんな理由で断るわけ無いでしょ、察しの悪いたんていりさん」

 そう言ってかんきようしたおりは、今まで見た中で、おそらく、一番わいかった。

「おまえなぁ……マジであせったぞ……。はぁ、心臓に悪い」

「心臓にい告白ってあるの? ざんしつ? して楽になってみる?」

「……それは告白ちがいだ。ま、そういうわけで、改めてこれからよろしく」

 服であせぬぐってから、すこし形式的かも知れないけれど、手を差し出した。

「引き続きお相手をたのむよ」

 おりはそう言って僕の手をにぎかえし、「あせぬぐった割には湿しめってる」と笑った。

「うるせぇ。そういうことは気付いてても口にするなよ。てか、おりの手、冷たいな」

「じゃあ、温めて」ひんやりとして細い指が、僕の指の間にすべんでくる。

「ねぇねぇ、ついでに冷えたふとももを温めてくれてもいいんだよ?」

「バカ言うな。いくら付き合ってるって言っても、日が暮れた公園で女子の太ももをでてたら、さすがにヤバいだろ。近所の人にでも見られたらどうすんだよ」

「何がどうヤバいの? 日が暮れた公園がヤバいの? 女子のふとももがヤバいの? 日中の公園だったらいいの? ねぇー、何がヤバいの?」

 おりが僕にもたれかかってくる。

「どうあがいても、する寸前にしか見えないだろ」

って何? ねぇ、何? わかんないから教えてよ。あしが寒くて死んじゃいそう……はぁ。わいそうな私。じゆん君がちようつめたい。マイナス四五九・六七°Fくらい冷たい」

「どんだけ冷たいんだよっ。それ、ぜつたいれいだろ。つーか、華氏フアーレンハイトで言うな。いつしゆん、何のことか分かんなかったぞ。つう摂氏セルシウスで言え。あと、あしが冷たくても死なん」

 僕はおりを押し返し、つないだ手をほどいて立ち上がる。

「ほら、立って。帰ろう」

「ん。これはいかがわしくないでしょ?」おりが両手を広げて、すがるような目をする。

 まったく──僕はきかかえるようにして立ち上がらせた。

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