第一章 これくらいは変態じゃない……よね?②

じんぐうおり


 すいひんのはじまり。かくも素晴らしき愛すべき日々ゴールデンウイーク

 深夜まで小説をふけっても、明け方まで映画をても許されるいとおしい休日。

 消費せよ! 物語を消費せよ! 独り身上等。あたえられた時間をいつぱい使うのだ。

 私は心の声に従って、初日から不規則きわまりない生活を送る。厳密には前日の夜から。

 ゴールデンウィーク前日の夕食のテーブルで、連休は混むからけたくないなぁとこぼしたお父さんは、ひさりにかつこう良かった。父親のげんを少し感じました。

 家が大好きなお父さんと私。外出が大好きなお母さんとお姉ちゃん。

 これが我が家に横たわる根深い対立構造。マーシヤルプラン共産主義モロトフプラン秘密警察シユタージに気をつけろ!

 ん? どっちが資本主義じんえいかって?

 うるさいっ! 私は家に居たいんだ! 人混みになんて行きたくない! マウアーを守るんだっ!

 以下、私きの会話。

 お母さんが「そうは言っても折角の休みだもの、どこか行きたいわ」と言い、お姉ちゃんが「学校のみんなは海外やら温泉やらさわいでたなぁ」なんてここぞとばかりにあおる。

「そうは言うけど、ゴールデンウィークなんてどこも混んでるぞ。遠出した帰りに、じゆうたいに巻き込まれるのはめんだ。運転するのは僕なんだから」

「私も運転するから。代わり番こに運転すればいでしょ?」

「そういえば、この前テレビでさくらんぼりの特集やってた!」

「あら、いいじゃない。でもさくらんぼの時期ってもうちょっと後じゃない?」

「ハウスさいばいなんじゃないか?」

 父よ! 知識をひけらかしたいという欲求をおさえたまえ! そこは否定でしょっ!

「それにしましょうよ」

「でも、混んでるんじゃないか?」

 そうだそうだ! もっと言ってやれっ!

「そりゃ少しは混んでるでしょうけど、そこまで遠くないしいいじゃない」

「まぁ、それくらいならいっかぁ」

 げん、無し。かつこう良くない。安易なてんとうむすめしんらい失うからね。覚えとけ。

 我が家はいつもこうだ。めんどりすすめておんどり時を作る。そのトサカ切ってやる。

おりはどう? さくらんぼり。楽しそうじゃない?」

 お姉ちゃんはいつだって、こうして私にちゃんといてくれる……けど。

 もう行く流れじゃん。絶対行くじゃん。きよけんなんてないじゃん。そうやって物事が決まってから、ちゃんとかくにんしてますみたいなポーズはずるいよ! ちらっと画面に映っただけの通行人が犯人だったみたいなずるさだよ!

 とりあえず私のターンだけど……同意するしかないじゃん。この流れ。

「うん。いいと思うよ」

 わかったよ。一日くらいくれてやろう。これも家族のへいおんを保つためだ。私はちゃんと空気を読むことが出来るのだ。なめたらいかんぜよ。行きたくないけどね!

 そして父よ。げんしようめつを自覚し、自省したまえ。許さないからね。

「じゃあ決まりだね」

 お姉ちゃんのうれしそうな顔を見られたからいい。よしとする。

「そう言えば、しろさきさんのとこのお父さん帰って来てるんでしょ?」

「おお、そうだな。たまには庭でバーベキューでもするか?」

 いいこと言うじゃないか、父よ。むすめしんらいかいふくに努めておくれ。

「いいね。お肉食べたい。とりあえずいてみてよ」これには私も積極的に意見を述べる。

 じゆん君の家とバーベキューするのひさりだし。庭でバーベキューなら外出のうちに入んないし。人混み関係ないし。問題なっしんぐですよ。何の異論もありゃしませんぜ。

 そして、なによりお肉。ぜるあぶら。立ち込めるけむり。タレにつけたしゆんかんのジュッという音。

「あとでいてみるわ」

 母よ、たのんだ。私はお肉が食べたい。たらふくお肉が食べたい。

 ふとお姉ちゃんの顔を見やると、ちょっと難しい顔をしていた。

 確かに。複雑だよね。お父さんは知らないとは言え、別れたばかりの元カレだもんね。

 でもここは少しばかりまんしてもらおう。なんてったって、さくらんぼりを私もんだんだから。次は私のターン。お肉ちゃん、待っててね。すぐむかえに行ってあげるから。

 これでフェアだ。っていいのはたれるかくのあるやつだけだよ、お姉ちゃん。

 ルルーシュ? それもだけど、元ネタはマーロウの台詞せりふだからね。

 そこかんちがいしない様に! レイモンド・チャンドラーを読むべし。


 ゴールデンウィーク二日目は、お昼過ぎに目覚めた。

 私は初日の夜をとことん消費してやった。完全勝利と言っていだろう。

 周りが明るくなってからたもんね。ヴァンパイアなら死んでるよ?

 頭をきながらリビングに入ると、お父さんが一人で映画をていた。お父さん以外にはだれも居ない。資本主義の犬どもは、買い物にでもけたのかな? 消費は美徳ってこと?

 いや、お姉ちゃんは部活か。じゆん君と別れてからは、前にも増して部活バスケにお熱だもんね。

 何をているんだろうとテレビに目をやったしゆんかん、私は完全にかくせいした。

 ねむんだ。

 またスタートレックをてやがる! このトレッキーめ! 部屋で大人しく本格推理小説パズラーでも読んでればいいんだ! どうしてきからスタートレックをなきゃならんのだっ。

 じゆん君をトレッキーにした張本人め! 許すまじ。

「それるの何回目?」

「わからん。だが、カークとピカードが共演するシーンは何度てもい。ちなみにこのシーンの馬は、ウィリアム・シャトナーの自前だ」

 語られても興味ないから。めいわくだからやめて。聞きたくない。

 宇宙モノだったらスター・ウォーズの方がおもしろいんだ! 売り上げを見たまえ!

 私は、全くかんきようきませんというおもいをめにめて、だるくふーんとはなって、冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスにいでテーブルについた。

 キッチンペーパーがお皿の上にかぶせてある。私のお昼かなと思ってキッチンペーパーをめくると、ホットケーキが一切れだけ残っていた。一切れだけ残っていた。

 何度でも言う。一切れだけ残っていた。

 一切れ!? 私のお昼がたった一切れのホットケーキだと? なんたるちあっ!

 Who done itフーダニツト? なんて言うまでもない。まなしをたずさえてかえり、お父さんを見やる。

 絶対にそうだ。だってここにはお父さんしか居ない。

 って、そこっ! 親指と人差し指を無意識にすりすりするんじゃない。

 食べたな? くちさびしくて、食べたな! ダチュラだ! あと、ティーサーバー使ったらうことっ! テーブルの上に置きっぱなしっ! シャーロッキアンならコーヒーを飲めっ!

 これだからトレッキーかつシャーロッキアンの男はいやなんだ!

 じんぐうにおけるさいやくの中心たる我が父は、SFドラマ『スタートレック』のファンだ。そして『シャーロック・ホームズ』のファンだ。スタートレックの熱心なファンのことをトレッキーと呼び、シャーロック・ホームズの熱心なファンのことをシャーロッキアンと呼ぶ。

 SFオタクとミステリオタクのハイブリッドなんて、だれがどう考えてもこの世で一番やつかいな人種だ。量子力学でも使って後期クイーン問題にいどんでしい。静かになりそう。

 まったく、スター・ウォーズをバカにしやがって。あのうらみは忘れないからね。ダチュラだ。

 ちなみにお姉ちゃんは昔、ハリー・ポッターオタクポツタリアンになりかけました。

 いったいこの家は何なんだ。

 そうそう、トレッキーとシャーロッキアンにはかつに近付いてはいけない。心しておくように。どんな作品なの? なんて軽い気持ちでこうものなら、延々と、そりゃもう延々と語られる。ちがいない。どんなにいやそうな顔をしても彼らには通じない。

 くつをこねくり回すのと、言葉遊びが大好きな連中には近付くな! ワイシャツのそでにいたずら書きされるぞ! さもなくばじゆん君みたいに取り込まれてしまうからねっ。

 だから私は、今日も父の言葉を無視するのです。これぞ我が家流の処世訓。

 さて、そんな話はどうでもいいとして目の前の問題である。これこそが事件だ。

 私のお昼がホットケーキ一切れって、どういうこと? なんというろうぜき。あの父親を全力で責め立てたいところだけど、きからからみたくない。シンプルにめんどくさい。

 補給路を確保せねば。このままでは空腹の余りどうちてしまう。

 はぁ、バカ言ってないで、なんかこさえますか。これでも元家庭科部でありんす。

 キッチンのだなを開け、私は解決の糸口をさぐる。たながあったら開けよ。これ基本。

 私はだなから目当ての物を探し出し、いらちをにじませながら大きめの音を立ててとびらを閉め、包装を乱暴に破って電気ポットからお湯を注ぐ。くそっ。なんで私がこんなことを──。

 カップラーメンが出来上がるまでの間、もちだった私は、部屋にスマホを取りにもどった。この三分も有意義に消費しなければ。負けてたまるか。消費せよ!

 ん? 料理? 出来る訳なかろう。勝手なミスリードはやめたまえ。

 電子レンジやカップラーメンがあれば生きていけるのだ。

 料理なんて時間のだ。作れる人に作ってもらうに限る。世の中は分業で回っている。元家庭科部の食べ専と呼ばれた私をなめてもらっちゃ困る。それにカップラーメンをバカにしちゃいけない。あさまさんそうけんの時、どれほどカップラーメンが──

 スマホを手にしてもどったしゆんかん、まさにせつ、鳴動。しんどうと電子音。じゆん君からのメッセージ。

《もしひまならどこか行かないか?》

 おお。めずらしい。あのしようからこんなメッセージが来るとは。今日は雪どころか、サメでも降ってくるのか? サメが降ってきたらかさじゃどうにもならん。シャークネードだよ。

 お姉ちゃんと別れてから、目に見えて弱ってたからなぁ。なんで別れたかいても教えてくれないけれど、あの不器用な二人のことだ、どうせしょうもない理由だろう。

 ま、いいや。仕方ない、私が相手してくれよう。独り者同士仲良くやろうじゃないか。おたがえんりよすることなど、はやないのだ。と言うか、私はえんりよしないからね。ずっとひとめされてたし、それくらいよかろう。中々長いターン待ちだったよ。ほんとうに。

 そんなことを考えてたら、じやつかんイラみが増してきた。なんだかくやしいから、どくを付けて放置してやる。私の尊い返事を待ちわびたまえ。

 さて、そうは言ってもなんて返そうかとなやんでいると、そう言えばもう三分ったのではないかと思い至り、あわててふたをめくると案の定めんびていた。

 おいおい、うるわしき金色のスープは何処いずこにあるのだ?

「お、カップめん食ってるのか? 僕も食おうかな。どこにあった?」

 遠くからトレッキーの声が聞こえるが、ここは宇宙。遠い遠いはる彼方かなたの銀河系。

 真空状態だと音は聞こえないのだ。父よ、よく覚えておくがよい。

 ん? 今、スター・ウォーズでは音がするじゃないかってだれか言った?

 あれはルーカスの脳内宇宙だからいんだ。細かいこと言う人、私はきらいだな。

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