第一章 これくらいは変態じゃない……よね?④

じんぐう


 明日でゴールデンウィークも終わり。今日は我が家の庭でバーベキューだ。

 みんなでお肉や野菜を焼いて、休みの間の土産みやげばなしやわたしたちが子どものころの話で盛り上がった。お父さんやお母さんたちが楽しそうなのはいいんだけど、どうして毎回わたしたちの昔話をするんだろう。ちょっとずかしい。でも、小さいころ、池に落ちたじゆんがしばらくおこわがっていた話やおりのおしりがゴミ箱にハマってけなくなった話は、何度聞いても楽しい。

 そう言えば、子どもの時におりと二人で青いワンピースを着てった写真がリビングにあるんだけど、あれはホラー映画のコスプレだったと十年しくらいに明かされた。お気に入りの写真だったのに、ちょっとショック。思わずお父さんに「言わないで欲しかった」と言ったら、じゆんおりが口をそろえて「あの写真を見れば、だれだってコスプレだとわかる」と言っていた。

 いや、ふつーわかんないって。

 そんな感じで盛り上がっておなかがいっぱいになってくると、お酒の入った大人たちは、だいに子どもそっちのけで語り合い始める。これもいつも通り。

 この年になってまで、相手して欲しいとは思わないからいいけどね。

 すっかり出来上がったお父さんとおじさんは、飛行機の話をし始めた。めっさーしゅみっととすぴっとふぁいあ? よくわかんないけど、そのどちらが強いとかそんな話をしている。男は何歳になっても結局子どもなんだと、この二人を見ているとよくわかる。

 お母さんとおばさんは、個室のびようとうに入院するといくらだとか、どこそこの温泉は○○水系でペーハー(pHのことだよね?)がいくつだからはだいとか、定期の金利がどうとかそんな話で盛り上がっている。男の人たちと比べると、なんだか大人の話って感じ。

 この四人は今まで他人だった。それなのに、家がとなりというだけでここまで仲良くなれるもんなんだ、としみじみ思う。大人ですら友達になれるんだから、わたしたちみたいな同い年の子どもが仲良くなるのも無理は無い。この人たちを見るたびにそう感じる。

 じゆんはどうしてるかと思って見てみると、しんけんな顔で燃える炭を見続けていた。休日仕様のじゆんのメガネに、ゆらめく火が映り込んでいる。そのままなら何かのCMみたいですごく絵になるのに、炭がぜるたびにのけぞる姿がちょっとバカっぽい。

 そういうすきがあるとこ、かわいくてきらいじゃないけど。

 かしこそうにって──というかクールぶってるくせに、案外けてるとこあるんだよね。

 デートの時、飲み物を家から持って来たって言って出したのが、おしようのペットボトル。せんを保つ的なパッケージのヤツ。あん時のじゆんの顔ったら、今思い出してもツボ。もちろんちゆうで捨てるわけにも行かず、あの日はずっとカバンの中におしようが入ってた。

じゆん君はどう思うんだ? メッサーか? スピットファイアか?」

 うちのお父さんがじゆんに声をける。お父さんは映画とか小説も好きだけど、戦車や飛行機も大好きで、しよさいにはプラモデルなんかがいくつもかざってある。おりもそこはしゆはんがいらしく(最近はお父さんの相手をしないから余計に)、そういう話のできるじゆんのことを昔からわいがっている……と言うか、色んな知識をんでいる。お父さんはじゆんのことが大好きなのだ。

 つまり、じゆんがああなってしまったのは、ちがいなくうちのお父さんのせい。

 ……でも、大本のけは、おり

「僕はP−51マスタングをしたいとこですね。やっぱりアメリカは工業国としてのレベルがちがうというか、大量生産や操縦性の平準化を考えた合理的な──」

「おい、じゆん。親子のえん切るぞ。そんなことは分かってんだ! だがな、ムスタングに美学はないんだ。美学を失った機械にたましいなんぞ宿らねぇ! メッサーシュミットのボディラインをつぶさに観察したことないだろ? あれは女の身体からだと同じだぞ。これだから頭でっかちはダメなんだ。そんなんだから彼女が出来ないんだぞ。分かってるのか?」

 おじさんに火が付いた。おじさんはうとじようぜつになる。これもいつもの光景だ。

 おじさん、じゆんは彼女居ますよ、とはとても言えない。

 あと……頭でっかちにはちようどうする。もっと言ってやって下さいっ!

「メッサーがによたいとかいうしろさきさんの意見には賛同しかねるが、美学を失った機械にたましいは宿らないというのは大いに同意する。ムスタングにはそれがない。大体、ムスタングの能力が向上したのはマーリンを積んでからだろ。マーリンはロールス・ロイスのエンジンじゃないか。自国のエンジンじゃ満足のいく性能を出せなかった機体をすのはどうなんだ? そこはせめてぜろせんとでも言うべきだ。訳知り顔でムスタングなんて言うのは許さないぞ!」

「いやいや。言わせてもらいますけど、せんとうが兵器である以上、求められるのは特化した性能ではなく、高水準でバランスの取れた性能こそが──」

 ああ、完全に巻き込まれたな。と言うか、巻き込まれに行ったな。

 わたしには見える。

 これから数時間にわたって、男たちのみずろんひろげられるさんじようが見える。お母さんやおばさんにいい加減にしなさい、何時だと思っているのと𠮟しかられる未来が見える。

 やっぱり、子どもだ。バーベキューとかキャンプをやるといつもこう。何度見たことか。

 男はいつだって女におこられないとやめられない生き物なんだ。

「始まったね」

 おりがわたしに耳打ちする。

「あれはいつぶれるまで止まらないよね」

「ひとしきり満足したら、今度はせんかんになって、その次は戦車になるんだよ」

「あー、なるね。ちがいなくなる。ホント子ども。よくあそこまで熱くなれるわ。感心する」

じゆん君も大変だ。今日も長い夜になりそう」

「ま、あいつはああいうのも楽しむタイプだからいいんじゃない?」

「お姉ちゃんってさ」

「ん?」

くやしいくらいお母さん似だよね」

 ゆらゆられる熱気であわく照らされたおりの顔は、ざっくりした顔つきはわたしと余り変わらないのに、ちょっと大人びて見えた。

 おりがどういう意図でそんなことを言ったのか、わたしにはよくわからなかった。

 数日前、おりじゆんと付き合い始めた。ゴールデンウィーク二日目。

 家族で出かけたことと今日のバーベキュー以外、毎年のことながら部活バスケばっかりだったわたしは、この連休中二人がどう過ごしていたのか知らない。

 知らないけれど、うまくやっているならそれでいいし、無理に知りたいとも思わない。

 じゆんおりが付き合い始めた日の夜、おりは夕飯が終わると、テレビをていたわたしのかたたたいて「る前、ちょっと部屋に来て」と言い、リビングを出て行った。

 ああ、じゆんと付き合えたんだなと思った。わざわざじゆんの部屋まで行ったがあった。

 じゆんの部屋になんて行きたくなかった。じゆんの部屋に入れば、ちがいなく付き合ってたころのことを思い出して苦しくなるに決まっているから。そして、おりの報告も聞きたくなかった。

 ううん、それはちがう。聞きたいんだけど、聞きたくない気持ちもあったって感じ。

 なんて言うか、安心したのは確かだけどちょっとつらい、みたいな。

 あー、何だかもうよくわかんないけど、とにかくこれでいいんだ。

 あの日、わたしはちゃんとおりに「おめでとう」って言えたんだ。


 ゴールデンウィーク二日目のこと。

 じゆんがいつまでってもおりに告白しないので、しびれを切らしたわたしは、部活の午後練に行く前、おしりたたいてやろうと思ってじゆんの部屋に寄った。もちろん部屋に入ることにていこうはあったけど、じゆんおりが付き合わないのは、なつとくができなかった。

 なんだけど、部屋に入ってまだているじゆんを見たら、やっぱり声をけることができなくて、しばらく子どもみたいながおながめることしかできなかった。第一、わたしはじゆんの顔が好きなんだ。いつまでも見ていられる。だから、時折げんが悪そうな顔になってもぞもぞ動いて、しばらくすると安心しきった顔でねむじゆんを見ていたら、起こすなんてとてもできなかった。このがおこわすなんてわたしにはできなかった。

 わたしはじゆんのことがきらいになって別れたわけじゃない。

 今だってじゆんのことが好きだ。

 かすかに開いた口からいきが聞こえる。胸が上下する。あせで額に張り付いたまえがみ

 もう無理っ。どんなごうもんなの?

 好きな人が目の前でている。無防備ながおをわたしに向けている。

 この間まで、手をばせば簡単にれられたのに、今はとても遠い。

 あ────、もうっ。

 れんあいえいみたいにキスで起こしたい……なんて考えちゃダメだ。落ち着け。

 そう言い聞かせるのに、夢想が止まらない。息苦しくなって起きた時、わたしの顔が目の前にあったらじゆんはどんな反応するのかな? あんなかたしちゃったけど、まだわたしのこと意識してくれるかな……なんて、バカみたい。

 そんなこと──もしそう思ってくれるならめっちゃうれしいけど、らいじゃう。

 決心が、らぐ。らぐって言うか、無かったことにしちゃうよね。絶対にまんできない。

 まだまだやりたいこといっぱいあったもん。

 ほら、早く起きろ。キスしちゃうぞ。わたしだってまんしてるんだぞ。

 って、さすがにキスは無理。できない。できるわけない。したいけど。

 だったらせめて──じゆんの首元に鼻をうずめたい欲求にられたわたしは、それくらいなら許されるだろうとじゆんかたあたりにそっと手をついた。じよじよに体重をかけていく。とんがゆっくりとしずんでいく。首元に顔を近付けると、なつかしいにおいがこうに広がっていく。

 ああ、このにおいだ。じゆんとの思い出がせんめいおくとしてよみがえる。

 じゆんいた時、わたしはいつも首筋にほおを寄せてこのにおいを吸い込んでいたんだ。

 いつまでもこうしていたい。

 じゆんがううんとうなる。やばい。はなれないと。こんな姿を見られたら引かれる。

 じんぐうの長女としての尊厳に関わるし、なによりおりに顔向けできない。

 しっかし、マジで起きないな。

 わたしはくやしくなって、レースのカーテンも開けた。こうすれば起きるでしょ。

 ベッドのわきに座り直し、目元に光が差し込むじゆんを見下ろす。れたい欲求をおさえながら。

 じゆんは太陽からげるように丸くなってうなったあと、目を覚ました。

 ひとつだけ、白状する。

 じゆんぐせを直すようにうながし、じゆんが部屋を出たあと、わたしはじゆんのベッドに飛び込んだ。

 ぐせがどうのなんてべんだ。我ながら自然なゆうどうだと思った。

 あるじが不在の部屋で、わたしはまくらに顔をこすけて、思い切り深呼吸した。タオルケットを丸めて、思い切りにおいを吸い込んだ。じゆん、これぐらい許して。本当ならパジャマ代わりにしているTシャツがしいくらいなんだ。こんなことなら、わかぎわもらえばよかった。

 一応言っておくが、わたしは変態じゃない。

 これくらいは変態じゃない……よね? かれいだ服のにおいが好きってつうだよね? 女子は同意してくれるよね? わたしだけじゃないよね? ってか、元カレか。元カレって言ったしゆんかんにストーカー感がヤバい。ヤバいけど、わたしはストーカーじゃない。だからだいじよう

 はぁ。やっぱり、別れたくなかったな。でもああするしかなかったし、そうでもしなきゃおりは──そこまで考えて、思考を止めた。今はそんなこと考えたくない。こうやってじゆんのベッドでじゆんにおいに包まれていると、付き合っていた時のことがよみがえって来る。

 少しくらいひたってもいいよね。わたしだってまんしてたんだ。

 ──んっ……って、バカバカ。わたしったら、何してんのっ。

 いや、してない。うん、まだしてないから。ちがちがう。それはさすがに……あわてて我に返ると、階段をのぼる音が耳に届く。やばっ。ああもうっ。

 わたしはあわてて身体からだを起こし、丸めたタオルケットを雑に広げてなんとかつくろう。スマホを取り出して──というところでドアが開いた。スマホはロック画面のまま。

 あっぶない。あんなとこ見られたら家出するしかなくなるっ!

 じゆんはのん気に「が来た時、うちの親はもう居なかったのか?」なんて言って、つまんなそうな顔をしながらわたしの正面に座った。

 ちょっ、正面はやだ。目見れない。てか、こっち見んな。

 気付いてない。気付いてないよね? セーフ? てか、セーフも何も、別にしてないし。

「居たよ。わたしが来たら、おばさんが『ちゃん、いいところに来てくれたわね、私たち今からけようと思ってたとこなの。あのぼすけはまだてるから、ついでに起こしてくれるかしら?』って言っておじさんとけてった」

 おばさんのこわいろて、じゆんの気をらす作戦。

「そのくちり、ぜつみように似てるからやめてくれ。……はぁ、僕らだってもういいとしなんだから、そういうのを気軽にたのむんじゃないよ、全く」

「うちらの親にはそんな考え無いでしょ。何、ちょっとは意識しちゃう?」

 わたしは強がってじゆんにそう言った。じゆんが平然としているのがくやしい。なんか、わたしばっかりまんしてまわされてる気がする。ひとりでドタバタしてバカみたいっ。このっ。

 とか言いながら、そもそもったのはわたしなんだけどさぁ。

 てか、じゆんはわたしにんだからしょうがないか。

 それでも、付き合ってる時、じゆんと気持ちが通じたと思ったしゆんかんは何度もあった。あの時のじゆんは、わたしのことを見てくれていた。けど、最初からわかってた。

 じゆんやさしいから、合わせてくれているんだって。だってじゆんおりのことが好きだから。

 そう思い始めたら、どんどんじゆんに申し訳なくなった。

 おりないしよけして、じゆんに付き合ってもらって、わたしだけが楽しんだ。

 だから、わたしは決めた。

 じゆんと付き合うのはきっちり一年間だけにするって。そうしないと、じゆんやさしさに甘えてずるずるとそのまま行ってしまいそうだった。だからわたしは期限を設けた。

 そんなことがおりに対するつみほろぼしになるなんて思わないけど、付き合わせているじゆんに対する誠実さだとは思わないけど、そうせずには居られなかった。

「ねーよ。いつぱんろんとして、だよ。で、用件は何なんだよ?」

「何そのつまんない反応。ま、いいや。えっと、本題なんだけど──じゆんはいつおりと付き合うつもりなの? まさか忘れた……なんてことはないよね。おくりよくには自信あるもんね」

「忘れるわけないだろ……。そんなとつぴようもないお願いをわかぎわにされて、忘れるわけなんてない。だとしても……そもそも、それはどこまで本気で言ってるんだ?」

「どこまで……? 全部本気だよ。じようだんでこんなこと言う訳ないじゃん。バカなの?」

「朝っぱらから人のことバカ呼ばわりすんじゃねぇよ。ったく、じようだんに聞こえるようなお願いをしてるという自覚はないのか?」

「そんなことわかってるよっ。いきなりそんなこと言われても困るってのはわかってる。でも、じゆんだから……じゆんにしかたのめないから、こーやってお願いしてんじゃん」

 そうじゃなきゃ意味がないの。わかってよバカ。言いたくないけど、じゆんにぶいから、わたしははっきり言ってやった。「おりは、ずっとじゆんのことが好きだったんだよ」

 その言葉を聞いて、じゆんは難しい顔をしたままだまってしまった。

 じゆんおりりようおもいだったことを伝えてしまった。つまり、わたしの役目は終わってしまった。

「だからって……そんなこと言われても……」

じゆんだっておりのこと──いや、それはいい。これはわたしからのお願い。わたしをおりのお姉ちゃんにもどしてしい。それはじゆんにしかできない。こういう方法しか思いつかないの」

 じゆんだっておりのこと好きでしょとけて、あわてて口をつぐんだ。

 そこまで言う必要はない。それはわたしが関知することじゃない。

「……そんなにすぐ気持ちをえられない。それにこんな気持ちでおりと付き合うのって失礼すぎる」

おりのこと、きらいじゃないでしょ?」

「もちろん」

 力強く言われて、わかっていても、ちょっとだけ複雑な気分になる。

「だったらいいじゃん」

「よくねぇよっ。おまえなぁ、そーやって簡単に言うけど、そんなに単純な話じゃないことくらい分かるだろ? 大体……僕はまだのことを……」

「──やめて! それ以上言わないで! 何を言われたってヨリはもどさないから!」

 わたしは思わずさけんだ。その言葉は聞いちゃいけないと思った。

 でも……待って……わたしのこと何? その続きは? 好き? 好きでいいの?

 ホントに未練感じてくれてるの?

 それって、じゆんも好きでいてくれたってことでいいの?

 ああ、つい勢いでさえぎっちゃったじゃん。今さらかえせないじゃん。

 って、そんなことあるわけないよね。うん、そうだよね? それはさすがに、ね。

 もし未練を感じてくれていたとしても、とつぜん居なくなったからそう感じるだけだよ。

 じゆんおりと付き合った方が幸せになれる。おりも喜ぶ。それですべてが丸く収まる。

「それで本当にこうかいしないのか? 僕がおりと付き合えばそれで満足なのか?」

「……うん」

「僕と別れた理由ってつまり……いや、いい」

 じゆんが一呼吸おいて「でも、なんだろ?」と続けた。

 多分、じゆんが思っている通りだよ。わたしは不器用で、ずるい姉なんだ。

 おりの気持ちを知っていながらズルをした。じゆんの気持ちを知っていながらズルをした。

 そんなズルをした自分が許せない。だから別れたの。これは自分のため

 そして、おりためじゆんため。二人のためにも別れるしかなかった。だからこれでいいんだ。

 私はじゆんの言葉を無視した。「何でもいいからおりと付き合って」

「考えとく」

「それじゃダメ」

「……おまえなぁ、どんだけ自分勝手──」

 もうっ、これじゃらちが明かないっ。かくなる上はっ──

「って……おいっ、何して……っ」

 わたしはベッドから立ち上がり、じゆんひざの上に向かい合わせに座って、頭をきかかえて口をふさいでやる。少しくらいサービスしてあげる。ぶっちゃけ、わたしがしたいのもあるけど。

 付き合っていた時、よくこうやってった。そして、キスをした。

 もちろん、今はしない。

「お願い。多分、こんなお願いするのは最後だから……ね」

 久しぶりにじゆんの頭を指でなでながら、わたしはやさしく言った。

「わかったから、まずははなれろ」

 じゆんうでの中でもぞもぞとていこうする。いやがってるけど、なんとなく本気じゃない……そんな感じがして、ちょっとうれしいような、名残なごりしいような気分になる。頭に鼻を近づけて、じゆんにおいを吸い込んでから、うでに力をめて「本当に?」と念押しのかくにんをする。

「ああ。僕の負けだ。だからはなしてくれ」

 わたしははなれた。しょーがないから、これくらいでまんしてあげる。

 スカートのすそを軽く直して、わたしは再びベッドにこしけた。

「ただ、はそうやって簡単に言うけど、実際問題どうすりゃいいんだよ」

 ほんのりじゆんほおが上気している。満足。

じゆんの頭は物事を考えるようにできていないわけ?」

「僕より成績悪いくせによくそういうことが言えるな」

「テストの点数で頭の良さがすべて決まるなんてげんそうだね。お勉強ができることとかしこさは必ずしも同じじゃない。世界には学校に行けない子どもだっているけど、そういう子はかしこくないの? ちがうでしょ? そういう子が勉強して政治家になる例だってあるじゃん」

「そんなのべんだ。今、自分で勉強というプロセスを口にしただろ? テストはその勉強というこうを経たその人が、どの程度アウトプット出来るかをかくにんするのに最適だ。どんなに地頭がよかろうが、それを客観的に証明することが出来なければ意味がない。能力を評価するのにばんぜんとは言わないが、指標のひとつとして、その優位性はるがないよ」

「べらべらうるさいっ。大体それを言い出したら、わたしだってじゆんと同じ特進クラスなんだからそこそこ勉強できるってことだし、うちの学校の中じゃ十分成績イイ方でしょっ」

「だったら、いつしよに考えるくらいのことしてくれよ。僕だってきで頭が働いてないんだ」

「はぁ。そんなのいつしよに映画でも行ってデートして、帰りに公園かなんかで告ればいいでしょ。簡単じゃん。こういうのは定番でいんだよ」

「公園でって、まんまじゃん、それ」

「わたしの時はコンビニの帰りだったけど、別に悪くなかったでしょ?」

 ちょっと大人ぶってアドバイスしたけど……ガッチガチでしたっ!

 事前に用意した言葉もどこかに行っちゃって、めっちゃ適当な告白しましたっ!

 二度と告白なんてしたくない。思い出すだけでもしたくなる。

「……まぁ」

 だーかーらー、みような顔でまぁとか言うなっ! そこはなおに同意しろっ!

 そういうとこは付き合ってる時からきらいだったぞ。

「ベタでいいんだよ。男はすぐサプライズとか意外性とか求めたがるけど、をてらってもしょうがないんだって。下手こくと傷が増えるだけだかんなっ!」

「分かりましたよ……あっ、もしかして今のははしもとかんって返すべきだった?」

「うるさいっ! わかったらとっととライン送れっ!」

 これでいいんだ。わたしはちがってない。そう自分に言い聞かせる。

 けしたのはわたし。おりに相談せずにぱしったのもわたし。

 ねぇ、じゆん。声に出して言う事はできないけれど、一年間ありがとう。

 とても楽しくて、しょっちゅう失敗したけど、わたしにとっては夢のような日々だった。

 なのに、苦しかったんだ。ううん、段々と苦しくなってきた。

 デートからもどって、別れたあと。家のドアに手をけた時。

 わたしの中に居たのはじゆんじゃなくて、おりだったんだ。

 決まって、おりの悲しそうな顔がおもかぶんだ。

 わたし、もう一度、おりのお姉ちゃんにもどる。

 やっぱりおりも大事なんだ。家族だから。

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