第3話 思い出

 生け贄に捧げられたダンジョンから脱出して、半日ほどが過ぎてるじゃろう。

 わっちらは、ヒポグリフの翼を休めるため、人知れず深い深い森の中で身を潜めておった。


「ふむ、余程疲れておったのじゃな」


 わっちがヒポと名付けたヒポグリフの子供が、地面に横になり体を丸め寝ておる。

 

「ぐっすり寝おって……。わっちも少し休むかの」


 わっちは横たわるヒポに背中を預けるように座った。


 時間が出来ると駄目じゃな。

 手で顔を覆い、葉の隙間から空を見上げた。


こやつネココもわっちと同じように自らを犠牲にしよったな。何の因果かの……。余計なことを思い出してしまうわ」


 忘れも出来ぬ、終戦記念のパーティーが行われた日。そして、わっちが前世で命を落とした日を──。



「やぁネココ。こんところに居たのか、一人で何をしてるんだ?」


「ん? あぁ、ルーカスではないか」


 思い出すだけでも恥ずかしいのじゃが、当時のわっちは愛する男が訪ねてきて、自然と綻ぶ顔を必死に押さえておった。


「実は少し挨拶回りをじゃな。所でどうしたのじゃ、そんな浮かない顔で」


「あ、あぁ……。少しね」


 今改めて思い返してみれば、ルーカスの様子はこの時にはおかしかった。


「なんじゃ、煮え切らないの? 相談事なら、気軽に話すが良い。わっちはこう見えても、ぬしよりお姉さんじゃからな?」


 ルーカスは、ただただつらそうな表情のまま、口を開こうとはしなかった。

 そして次に笑顔を見せると、彼はわっちに向かい手を差し出してきたのじゃ。


「そんなことより……。ほら、良かったら飲まないか?」


 彼が握っていたのは、グラスに入った赤ワインじゃった。


「うむ、気が利くの。どれ?」


 それを受け取り、グラスに入った酒を飲もうと、口に近づけた時だ──。


「──っ!?」


 わっちは咄嗟に、飲むのを止めた。

 グラスに口をつけるには、少しばかり勇気が必要じゃったのだ……。

 

 ルーカスと目が合うと、その瞳はまるで怯えた小動物の様だったのを、今でも鮮明に覚えておる。


 わっちは全てを悟った。


 目の前の愛しき男は、何かしらの理由でわっちを毒殺しようとしている……。考えられる理由は──。


「なぁルーカスよ。そう言えば家族とはもう、顔を会わせたのかの?」


「い、いや……。まだなんだ……」


 ルーカスは嘘がつけぬ男じゃ、この様子を見たら分かる。

 彼の愛すべき家族は、何らかの手段で人質に取られていたのじゃろう。

 特別な力を持ち、国の驚異になりえるであろう、わっちを殺すため……。


「そうか、早いこと顔を合わせる事が出来るといいの……」

 

 わっちはその言葉を残し、手に握るワイングラスの中身を、一思いに飲み干した──。


「あっ……」


 わっちの愛する、目の前の男の口からは震えた声が飛び出す。

 それと同時に、喉が焼け、体には激痛が走った。


「ネココ!!」


 その場に崩れたわっちは、ルーカスに抱き抱えられる。

 わっちの最後は、痛いほど力強く抱く、小刻みに震えていた愛するものの胸のなかじゃった──。



「──つまらぬことを、思い出してしまったわ……。まぁ、目覚め方も悪かったしの。思い出さない方が無理と言う話じゃが」


 心残りがあるとしたら、使命をほったらかした事。

 それとなにより、ルーカスの奴に"気にするな"っと言ってやれなかった事かの。


 ぐぐーっと延びをしていると突然、背もたれ変りにしておったヒポが顔を舐めてきた。

 その後、こちらをまじまじと見つめ、丸い瞳にわっちを写し出す。


「ヒポ起きておったか、もしかしてわっちを心配しておるのかの?」


 わっちは驚いた。

 こやつの父親を殺したのはわっちだ。

 にも関わらず、襲う所か慰めてきおったのだ。


「なんじゃおぬし、中々にうい奴じゃの? じゃが、わっちの心配など十年早いわ──ほれ、ほれ!」


 ヒポの首や腹を撫で回すと、くすぐったいのか気持ち良いのか目を細め身をよじる。

 少しの間わっち達は戯れた。


「ありがとう、ヒポ。本当なら恨むべき相手じゃろうに……。おぬし、中々に気の良い奴じゃな?」


 こやつのマナは、普通の魔物とは違い心地が良い。

 魔物の血が薄まってるせいか、気性も穏やかじゃ。

 こやつをわっちの元に置くと言う選択、間違いではなかったの。


 ヒポは急に起き上がると、体を預けておったわっちは転がった。

 見上げると、何かを言いたそうにこちらを見ておる。


「何? 元気の無いわっちを仕留めても、嬉しくないじゃと?」 


 本気なのか冗談なのかまでは分からぬが。

 わっちにはこやつが、無理してツンツンしておるように映って見えた。

 

「くっく、まったくぬかしおる」


 それが無性に愛らしく、わっちは口を抑え笑い声を抑えた。


 こんな時間も悪くはない。しかしずっとこうしている訳にも行かぬな。


「んー。さて、今からどうしたものかの?」


 わっちは現状を整理することにした。


 食料はしばらくは持ちそうじゃが、金も住む家もない、まずはそれの確保が重要じゃな。

 しかし、代々魔女の間で引き継がれる役目がある、あまり悠長にはしてられぬか。


「悩むまでもないかの、わっちに残されたのは役目のみ……。それを成す為にも、所有する二つだけではなく、残り五つの魔法の剣を回収はせねば」


 先程まで見ていた思い出に出てきたルーカスを含めた、わっちの右腕達に与えた魔術より強力な魔法の力。

 分け与えた力を回収出来ずにわっちは命を落としたそれゆえ、生活基盤を築きながら探し出す必要がある。

 

 役目をこなすには剣が必要不可欠。

 それにあれは、本来人の身には余る代物じゃ。

 わっちの死後、あやつらにどのような悪影響を及ぼしておったか……。これは、調べねばならぬな。


「むむむ、しかしどうしたら良いかの。世界のこの変わりよう、経過した時間は四十や、五十年ではなさそうじゃ。それに剣は五本もある、探しだすには難儀しそうじゃが」


 わっちが生きてた頃は、戦争で大地は焼け焦げていた。

 木々がここまで緑豊かに育つには、相応の時間がかかる。長い月日が立ったのは間違いないじゃろう。 


 手っ取り早く情報を集めるのであれば、やはり……。


 わっちは深い溜め息をついた。


「気が進まぬが、やはり王都に行くかの……。あそこなら当時の剣達の行く末、分かるやもしれん」


 ヒポに乗り、わっちは西に向かい飛ぶよう指示を出す。

 七つの剣、その残り五つを探しだす為に──。



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