侵略戦争から国を守ったコロッケ屋(解答編)

 隣国が侵略に合っているとなれば農業の国も他人事ではない。次は我が身である。そのうえ、貿易での結びつきがある程度大きそうだ。となれば、経済策というのは敵国ではなくこの農業国に通じる可能性はないだろうか。例えば、救援を送ってくれなければ二度と取引をしないとか……? いや、取引してくれないと自分も困りそうだけれど。

「農作物ってその隣国以外から仕入れられるの?」

「一応。少し高くつくけれど、内海の向こう側にある国から船で輸入が可能ね」

 また登場人物(国)が増えた。そして、今侵略を受けている国が海に面していることも判明した。有名な内海といえば地中海なんかが真っ先に思い浮かぶ。もしかしたらその辺りの地理がモデルになっているのかもしれない。

 ん、ということは……?

 その海向こうの国も取引可能な相手ということだ。例えば、助けてくれれば農業国より今後の貿易で優先する、などという手段が取れないだろうか。

「う~ん……」

 けれどそもそもの話、侵略国側もそうやって近くの国が連携するのを想定していないとも思えない。当然事前に交渉するだろう。農作物についても侵略が成功したらどうのこうのという条件を組めば周辺国は敵国に協力するか、静観するかになるはずだ。

 それによく考えたらさっきのつづり嬢の答えは「一応」だ。前提を覆すのもあれだけれど、つづり嬢がこれはウミガメのスープだと宣言して始まったわけではない。とはいえ、返答に曖昧さ柔軟さが含まれているものの、ちゃんと関係があるものについてYes/Noははっきり返事してくれている。それを踏まえると、「一応」だ。

 つまり、海向こうの国というのは重要なキャラクターではないのだろう。それに比べて農業国ははっきりと関与が明言されている。こちらから攻めるべきだ。

「違うと思うんだけど、輸入制限をちらつかせて農業国から救援をもらおうとしたとか?」

「違うわ」

 つづり嬢は軽く微笑んだ。とてもかわいい。ではなく──


 そもそもコロッケ屋はどこに行ったという話である。


 コロッケ屋が独断でそんな国家間のやり取りをするとは思えないし、交易権を牛耳るほど大口顧客でもないだろう。ただ、農業国は戦争に関わったという。つまり、何かしらの関連でコロッケ屋とつながる糸があるはずだ。

 コロッケ屋は家族四人で毎日5000個ものコロッケを売るのだから相当な人気店と見て良いはずだ。

「そのコロッケ屋は人気店?」

「コロッケ業界では一番ね」

 コロッケ業界とか耳慣れない単語だ……しかし一番と断言された。

「それだけ人気なら支店とかないの?」

「あるわよ」

 ふーん、支店も──

「あるの!?」

「えぇ」

「誰がやっているの?」

「誰だと思う?」

 いたずらっぽい笑みで聞かれ、自分の鼓動がトゥンクと波打つ。いや、待て、落ち着け、たぶんこれは大事な情報だ。支店の経営者が特に無関係なら、きっとつづり嬢はこんな楽しそうにしない。

 しかし、支店を出店するとして誰が店長に相応しいだろうか。家族経営しているのだから家族の誰かが独立するのが自然な気がするけれど、本店を四人家族で経営しているのだから──

 どうにも重要なピースが一つ足りない気がする。


 思考に詰まってうつむいた自分の目の前にふと──今読んでいる、表紙の焼けた古書が目についた。そういえば冒頭で『2、3世代前の自国の人間より同世代の他国の人間のほうが親近感がある』といったことが書かれていたような。それは文化とかの話だったけれど、他国人でも親近感か……。

 その本のタイトルは『文学の回帰かいき』。とりあえずそれにならってみようか。

「つづり嬢、もう一度問題いい?」

「もちろん」

 そう、原点回帰。


「その国にあるコロッケ屋さんは家族四人で平和に営まれていました。

 ある日、四人の暮らす国が隣国から侵略戦争を仕掛けられました。戦況は不利で、そのコロッケ屋さんのある街が飲み込まれるのも時間の問題と思われました。

 しかし、このコロッケ屋の一家の働きによって戦争は無事に終結し、彼らの国は守られました。さて、一家はいかにして国を守ったでしょう?」


 これまで得た情報で補足すればどうなるのか。


・その国にあるコロッケ屋の本店は家族四人で営業している。

・この四人の暮らす国が侵略を受けている。

・本店のある街に危険が迫っている。

・そのコロッケ屋の一家の働きで戦争は無事に終結した。


 この中で、明確になっていないポイントが……存在する。確かに、存在した。


・そのコロッケ屋の一家の働きで戦争は無事に終結した。


 『そのコロッケ屋の一家』とは誰を指すのか。ここでは『その四人』とは言われていない。

 一家、という言葉は一つの所帯を指す場合が多いが、その家系全体を指して一家と呼ぶ場合も存在する。マフィアや極道でいう『ファミリー』なんて言葉だってある。実は解釈の大きな言葉なのだ。そうすると──


「国を守ったコロッケ屋の一家は、その国に住んでいた四人だけ?」


「いいえ」

 曇り空が晴れたようであった。

「支店は複数ある?」

「イエス」

「支店の店主は、本店の親戚たち?」

「イエス」

 最初のほうで子供が必須といっていたから、本店の子供たちの一族なのだろう。

「支店があるのは農業国?」

「イエス」

「もしかして、その国のほうが販売量が多い?」

「イエス」

 ここまでくれば見えなかった状況が想像できる。本店のコロッケ屋ではなく、一家の一員である『支店のコロッケ屋たち』が農業国内で強い影響力を持っているのだ。

「農業国は軍事的な支援をしてくれた?」

「イエス」

 コロッケ屋はコロッケ屋だ。影響力を持つといっても当然限度はあるはず。だが、軍が動いたということは農業国としては無視できない何かがある。

「農業国では農業が産業として最も規模が大きい?」

「イエス」


 正確な数字はまるで覚えていないが、西暦2000年付近の発展途上国では農業がGDPの20%を占めているとか、国民の50%以上が農業従事者だ、みたいなところがあったはず。『農業の規模が大きい』というのは、決して過小評価できない情報だ。


「農業国では多数の国民が農業に従事している?」

「イエス」

 都合で呼んでいた『農業国』という呼び名はまさに適切であったようだ。

 そしてまた最初のほうの質問に戻るが、パン屋ではなくコロッケ屋である必要がある。

 コロッケ屋にとって最も重要な農作物はなんだ? そう、これでチェックメイトだ。


「一番生産量が多いのはジャガイモ?」

「正解」


 その言葉は質問への回答であると同時に、少し早い祝福のようでもあった。


 今回の難問、つづり嬢のネタばらしも含めて整理するとこういうことになる。

 コロッケ屋の本店がある国が侵略戦争を受けて劣勢である。そこで、コロッケ屋の当主が何をしたかというと、農業国が助けてくれるように圧力をかけろと支店の子供たちへ指示したのだ

 バックグラウンドとして、農業国ではコロッケの材料となる農作物をもともと多く作っており安価で手に入る。そのためにコロッケ屋当主が農業国のほうに支店を出してみたら、これが爆発的に成長した。コロッケ特需である。気付けば国民のほとんどが毎日コロッケ屋で出来立てのコロッケを買ってきて食卓に並べる文化を営みだした。そうして増えた消費量を補うため農業国ではさらにコロッケ関係の農作物を増産し、コロッケへの加工という点でもどんどん成長する。結果としてなんということか、国家の産業の多くがコロッケ関係になってしまったのである。

 そんな中で、コロッケ一家──ここではもう一族といったほうがわかりやすいだろうか──が、本店のある国の防衛に協力しなければもうこの国でコロッケを作らないと言い出したらどうなるのか。悲しいことに農業国は、ただのコロッケ屋に経済の中核を人質とされたのだ。

 こうして農業国は出兵せざるを得なくなり、結果的に侵略戦争は無事に終結した。かくして、コロッケ屋の一家によって国は守られたのである。

 ちなみに、本店の当主を働き盛りの40代前後とイメージしていたが、つづり嬢いわく80代中盤の大ベテランでその筋では『コロッケ王』の異名で恐れられているらしい。その設定必要だった……?


「なんというか、つづり嬢。これは難しすぎない? すごく疲れた……」

「でもちゃんと正解できたじゃない」

 一通り設定を開陳かいちんできたためかつづり嬢はご満悦である。

 正解は出来たものの、これは『一家』という言葉が指すのが一族全体であることに気が付かなければ解きにくい問題だ。まぁ一家が本店の四人だけという認識でも、その四人が支店に働きかけたのだから──という解釈をすれば筋は通るのかもしれないけれど……。

 どういう思考回路をしていたらこんな問題が作れてしまうのか大いに謎であるが、まぁつづり嬢も図書委員なのでそういうこともあるだろう。

「つづり嬢は何コロッケが好き?」

 正解の見返りではないが、せめて少しでもつづり嬢のプライベート情報が手に入らないだろうか。そんな自分の思惑を知ってか知らずか、つづり嬢はすぐに答えをくれず──

「さて問題です」

 まさかの。

「私が好きなコロッケは何コロッケでしょう?」


 この、最後に追加された一見じゃれあいのような問題だが、答えが『(とうもろこしの)コーンと桜でんぶのコロッケ』というイレギュラーだったために解決まで恐ろしく難航したのであった。

 また、実はつづり嬢はウミガメのスープそのものを知らなくて、自分がそれっぽい質問を繰り返していたからそれっぽい雰囲気になっていただけだと判明したのだが、まぁ今日もつづり嬢は最高にかわいかったのでどうでもよい話であった。少しコロッケを食べたくなった一日である。


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