2の本

侵略戦争から国を守ったコロッケ屋(出題編)

「コロッケは好き?」

「好きです」


 打算も計算もない。自分は心が示すまま、筒井つづり嬢へと居住まいを直して力強く答えた。

 これは間違いなく手作りコロッケのフラグ。そのまま同棲生活がスタートする可能性まである。

「その国にあるコロッケ屋さんは家族四人で平和に営まれていました」

 同棲生活は始まらなかった。始まったのはいつものようにつづり嬢の唐突な物語だった。

 手作りコロッケの可能性はまだ残っていると信じて自分はいつも以上に真剣に耳を傾ける。

「ある日、四人の暮らす国が、隣国から侵略戦争を仕掛けられました。戦況は不利で、戦火はじりじりと拡大し、そのコロッケ屋がある街が飲み込まれるのも時間の問題と思われました」

 つづり嬢は姿勢を少し緩めて、軽く首を傾げる。ふわふわと髪の毛が揺れた。

「さて問題です」

 まさかの。

「このコロッケ屋の一家の働きによって戦争は無事に終結し、彼らの国は守られました。さて、一家はいかにして国を守ったでしょう?」

 つづり嬢からの宣戦布告であった。

 水平思考パズル、いわゆるウミガメのスープである。


 さて、ウミガメのスープとは? これは発想力と推理力を求められるゲームで、出題者の出したひどく限定的な状況説明に対しイエス、ノーで答えられる質問を繰り返して真相を解き明かす思考パズルだ。

 例えば

『とある男が拾った財布を交番に届けたがひどく叱られてしまった。なぜか』

 という問題があったとする。良い行いのはずなのになぜだろうか。この問題に対して、他の参加者は答えに近づくために質問を繰り返す。イエスともノーとも返ってこなければ、それは問題の核心には関係ない質問である。

「財布には大金が入っていましたか」「Yes」

「男は財布を拾ってすぐ交番に届けましたか?」「Yes」

「男は指名手配されていましたか?」「No」

「男は過去にも財布を拾ったことがありましたか?」「さぁ。どうでしょう」

「男をひどく叱ったのは警察官ですか?」「No」

 このような感じで真実へと迫っていく。

「男を叱ったのは男の仲間ですか」「微妙だけどYes」

「男は泥棒ですか?」「No」

「男を叱ったのは女ですか?」「Yes」

「その女は妻ですか?」「Yes」

「財布は妻のものでしたか?」「No」

 この辺りに来ると答えがだいたいわかる。この例題の答えは『お金にがめつい男の妻が「なぜネコババしなかったのか」とひどく叱った』というものだ。わかっただろうか。

 このくらいの問題であれば質問にもアタリをつけやすい。ではもう一度、つづり嬢の出した問題を振り返ってみよう。


『侵略戦争を仕掛けられ劣勢だった国がコロッケ屋一家の働きによって守られた。一家はいったい何をしたのか』


「それは、コロッケ屋である必要がある?」

「もちろん」

「パン屋ではだめ?」

「駄目」

 難問である。侵略戦争という馴染みの薄い題材とコロッケ屋という身近な響きが奇妙な和音を奏でている。

「敵国はコロッケが大好き?」

「好きな人もいれば嫌いな人もいるわ」

「コロッケ屋はコロッケを売った?」

「そうね。定休日はなくてだいたい毎日売っているわ」

 ついコロッケ屋視点で考えてしまう。これは良い質問ではない。戦争についても考えたほうが良さそうだ。

「侵略戦争の原因は食糧難?」

「いいえ」

「時代っていつくらいなの? 戦争は既に近代化されている?」

「銃弾は飛んでくるけどミサイルは飛んでこない程度ね」

「そのコロッケ屋は四人家族である必要はある? 店主が独身でも良かったとか、子供がいなくてもなんとかなったとか」

「そのコロッケ屋が四人である必要はないけれど、店主には子供が必要ね」

 うーん……まったくわからない。

「コロッケ屋は実は腕利きの傭兵だったとか……」

 つづり嬢は呆れていることをまったく隠さないので、顔を見れば馬鹿なの? と書いてあるのがわかる。

「それはコロッケ屋じゃなくても良いじゃない」

 そうはいっても、ウミガメのスープの問題は出題者によって大きくぶれるためちょっと驚くような設定が出てくる可能性も捨てきれないのである。しかし今回は図書委員であるつづり嬢が出題者であるのだから、荒唐無稽と批判を受けるような問題を出してくることはないと考えて間違いないようだ。


 とりあえずコロッケ屋であることは必須である。であれば、コロッケ屋ができることを棚卸するのが賢明だろう。

・コロッケを作る

・コロッケを売る

 これは当然として、あとは店舗の形態はどうだろう。

「コロッケは揚げたてを売っているの? イートインは可能?」

「店頭で揚げたてを売っているわ。イートインは出来ないわね」

 商店街スタイルとでも言おうか。

 コロッケはどんなものだろう。一口にコロッケといっても色々な種類がある。

「コロッケは1種類?」

「何種類かある。ジャガイモに挽肉を使ったプレーンなもの、サツマイモを使ったもの、クリームコロッケなんかもあるけど、プレーンが一番の売れ筋ね」

 コロッケに関しては割と幅広くやっている。となれば仕入れる材料も種類は多くなるか。でも、種類自体はあまり重要な要素ではなさそうだ。

 仕入れ……物資輸送とか、生産とか、なんとなく戦争に近い概念になってきた気がする。

「そのコロッケ屋って1日にどれくらいのコロッケを売るの? 100個以上売れる?」

「そうね、平均で5000個くらい」

「5000?」

 それは、思ったより多い。というか多すぎる。店頭で5000個も売れるだろうか。仮に一人5個ずつ購入を頑張って2分でさばいたとしても24時間を超えてしまう。普通に無理だ。

「それって店頭販売のみじゃないよね? 他にも売り先があるの?」

 なんとなく必要な情報に近づいてきた気がする。心なしかつづり嬢も反応が良くなってきたような。表情は変わらないから気のせいかもしれないけれど……。

「イエス。お弁当屋さんとか学校とか、要は団体向けに卸している分が多いわね」

 どうやらこのコロッケ屋は、最初に自分が考えていたよりも大きな商売をしているお店だ。その分影響力も若干の上方補正が必要になる。使う材料も多い。ジャガイモの仕入れはトン単位になるだろう。衣には卵や小麦粉などを使う。揚げるときに油も大量に使う。

 よく考えれば、戦争になればどれも貴重な素材だ。ジャガイモや小麦粉は兵士の主食になるし、油だって銃器に関連するところでたくさん使いそうなイメージがある。侵略を受けている防衛側の立場だから侵略する側よりは自由に使えるということはあるだろうか? そもそもこういった材料はどこから仕入れているのだろう。敵国が主要な仕入れ先だった場合は営業なんて続けられないはず。では自国で生産しているのだろうか。少なくともジャガイモと小麦くらいは問題なく調達できていそうだ。

 例えば敵国への輸出を制限した経済戦争を仕掛けるという線はどうだろう……? いや、そもそも侵略先の国の輸入に依存した状態で戦争を仕掛けるだろうか。自分が王様だったら真っ先に取引を禁止する。さすがに攻めるほうもそこまで馬鹿ではないはずだ。

 いやいやいや。

 ここで一度頭を振ってリセットする。思考の迷路を進むのではなく、わからないことは聞けば良いのだ。

「ジャガイモとか小麦って隣国から仕入れているの?」

「イエス。農作物は主に隣国から購入しているわ」

 あれ、隣国が相手なのか。ん、隣国……?

「あれ? 隣国って侵略してきたところ?」

「ううん、反対側」

 おぉ、登場人物(国)が増えた。

「その農業の国? は今回の侵略戦争に関係してくる?」

 つづり嬢はその白く細いのどにぐっと返答を詰めた。


「イエス」


 ようやく核心に近づいてきた。

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