Episode.43 異世界転移

 「先輩ッ!?」


 「シンッ!?」


 「市ヶ谷さんッ!?」


 彩葉、風花、柚葉が、近くに少女がいることを忘れたように、倒れているシンの傍まで慌てたように駆けてくる。


 俯せに倒れるシンの右肩からは血が滲んでいる。


 彩葉はそんなシンをそっと抱き起こし、自分の服に血が付くことなど構わず、膝の上にシンの頭を乗せて、傷口を押さえる。


 風花と柚葉もシンの顔を覗き込んで、涙を浮かべている。


 「先輩、先輩ッ!」


 彩葉は必死にシンに呼び掛けるが、シンは反応を示さない。


 「あの日約束したじゃないですか! 私の傍からいなくならないでくださいっ……まだ、返してもらってませんからッ! 返さずにいなくなるのは許しませんッ!」


 彩葉の潤んだ淡い栗色の瞳から涙が落ち、シンの頬を伝う。


 そんな様子を無言で見ていた少女は、一歩四人に近付く。


 「来ないでッ!」


 風花が紫炎色の瞳で鋭く少女を睨む。少女は足を止め、風花を感情のない瞳で見詰める。


 「【告】その傷は致命傷ではないため、命に別状はないと推測」


 少女のその言葉に、三人が少女に視線を向ける。


 少女は再び歩き出し、四人の前まで来る。そして、頭上に浮かぶ幾何学的な光輪を回転させる。


 「【展開】ゲート」


 少女が現れたときと同じように、空間が引き裂かれる。そして、その割れ目が四人と少女を呑み込む。


 「な、何が……ッ!?」


 柚葉は状況が理解できないといった風に目を剥く。彩葉と風花もかなり戸惑っている。


 そして、皆が空間の裂け目に入り終わると、裂け目は徐々に閉じていき、この部屋から──この迷宮ダンジョンから、四人と少女の姿が消えた。



 ────。



 (──何だ? 確か迷宮ダンジョンで機械少女と戦って……)


 虚無に染まっていたシンの意識が、徐々に浮かび上がってくる。


 (ああ……そういや倒しきれなくて刺されたんだったな……)


 シンは曖昧な意識の中で、何がどうなったのかを確かめるように記憶をたどっていく。


 (あれ、迷宮ダンジョンの床ってこんなに柔らかかったか……?)


 シンは重たい目蓋をゆっくりと持ち上げる。すると、眩い光が視界に飛び込んできて、目を細める。


 真っ先に見えたのは白い天井。そして、シンは自分がベッドに横たえられていることを自覚する。


 そして────


 「みんな──ッ!? っ痛てぇ……」


 シンは彩葉、風花、柚葉の安否を心配し、布団を跳ね除けてベッドから身を起こす。しかし、左肩に負った傷がパニックに陥ろうとしていたシンの思考を沈静化させる。


 窓からは燦爛と輝く陽光が差し込んでいる。


 「おい……おかしいだろ。迷宮ダンジョンにこんな建物があるわけないし……ここはどこだ?」


 シンが誰へともなく呟いた問い。


 「【告】ここはマキナリシュタ魔導科学国」


 「──ッ!?」


 シンが声のした方向へ視線を向ける。部屋の扉の傍に、少女が──迷宮ダンジョンでシンと戦った機械少女が立っていた。


 シンの上位魔力性質変化の攻撃により吹っ飛んだ左腕は修理されたのか、元に戻っており、全身の傷も綺麗になくなっている。


 「【告】市ヶ谷シンの目が覚めた」


 少女は誰かに連絡するように、右手を耳の当たりに添えて報告する。そして、無感情の瞳を再びシンに戻す。


 「【告】警戒する必要性皆無。落ち着くことを推奨」


 「落ち着いてられるかッ! ってか、何で殺されかけたお前に世話されてんだよ俺はッ!?」


 シンは、何とも言えない複雑な気持ちで言う。


 しかし、少女はシンの気持ちなど露知らず、疑問符を浮かべて首を傾げる。


 「で、マキナ……何とか国って」


 「【告】マキナリシュタ魔導科学国」


 「あーそうそう。んで、そのどう聞いても地球に存在しないこの国は……ここ異世界?」


 「【是】」


 「そんなあっさり……」


 シンは、はぁとため息を吐いて窓の方へ視線をやる。


 ベッドの上からでは、窓の先にどんな風景が広がっているのか窺うことは出来ないが、シンは感覚的にここが異世界であることを受け入れていた。


 冷静に考えれば、元々迷宮ダンジョンというもの自体、どこかファンタジー染みているのだ。異世界というものが実在しても何ら不思議ではない。


 「先輩ッ!」


 バンと勢いよく開けられた部屋の扉から、彩葉が入ってくる。続くように風花と柚葉も慌てたように入ってくる。


 息を切らせていることから、ここまで走ってきたことがわかる。


 「おう、無事だったかお前ら」


 シンは安心したようにそう言う。


 しかし、その言葉を聞いた三人のこめかみには、青筋が浮き出ている。


 「『無事だったかお前ら』じゃありませんッ! 先輩が一番危険だったんですからッ!」


 どかどかと歩いてシンの傍らまで来た彩葉は、布団を両手で叩いて怒る。


 「貴方刺されて倒れたのよッ!? それ見て私達──いや、私は別に心配してないけど、彩葉と柚葉はすっごく心配してたんだからッ!」


 風花もかなりご立腹な様子だ。


 「それに、エーテル体を完全解除して戦うなんて無謀すぎます!」


 柚葉も珍しく怒っている。


 シンはそんな三人に気圧される。そして、申し訳なさそうに視線を落とす。


 「悪かったよ……あと、心配掛けてすまん」


 シンの謝罪に、三人は顔を見合わせる。そして、ふっと顔を綻ばせる。


 「いえ、私達こそ怒ってしまってすみません」


 彩葉は穏やかな顔でシンに言う。


 「そして、私達のために戦ってくれて……ありがとうございました」


 「彩葉……」


 「そうね、呆気なくやられた私も悪いし……貴方には一応感謝してるわ……」


 「風花……」


 「必死に守ってくれて……本当に感謝しています、市ヶ谷さん」


 「柚葉……」


 シンはそんな三人の姿を見て、目元に熱いものを感じる。


 「【謝罪】当機が市ヶ谷シンに負わせた傷について謝罪。本来ならば戦闘不能にした時点で戦闘行為を終了するはずだったが……」


 少女もシンの傍までテコテコと歩いてきながら、感情なく喋る。


 「はずだったが?」


 シンが少女の言葉の先を促す。


 「左腕を損傷させられた腹いせがしたくなった。許せ」


 「許せるかッ!?」


 自分はそんな理由で刺されたのかと、呆れつつ突っ込まずにはいられなかったシン。


 少女はやはり無感情に首を傾げていた。


 そんなところへ────


 「目が覚めたようだな、シン」


 「良かったわー、シンちゃんが元気になって!」


 二人の男女が部屋に入ってきた。


 シンは、その意味不明な展開に、ただ呆然とするしかなかった────

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