Episode.39 最大の危機

 (おい、どうするどうする……ッ!?)


 シン、彩葉、風花による完璧と言って良い一連の連続大火力攻撃に難なく耐えたエンシェント・サヴァッジ・ザ・ドラゴンを前に、シンは焦燥感に駆られる。


 おまけにドラゴンは、攻撃を喰らってかなりご立腹で、一層激しい攻撃が来ると予想される。


 「シン、どうするのよッ!?」


 風花が、少し離れたところからシンに声を掛ける。声色から、風花もだいぶ焦っているのがわかる。


 「さっきまでの攻撃が全く効いてない訳じゃない、連続攻撃を何回か繰り返せば倒せる……と信じたいッ!」


 「ちょ、同じ攻撃が何回も通じる相手じゃないでしょッ!?」


 (その通りだ……その通りなんだがっ……)


 今のシンには、勝ち筋が全く思い浮かばない。


 「せ、先輩──ッ!?」


 「危ねっ……ッ!?」


 ドラゴンが後ろ脚でシンを踏み潰そうと攻撃してくる。考えごとをしていて、完全に意識を飛ばしてしまっていたシンは、彩葉の声で何とか回避する。


 「わ、わりぃ彩葉……サンキューな」


 「はい……」


 彩葉は心配そうにシンを見詰めている。


 「上手くいく保証はないが、一瞬アイツの動きを止めてみせる。その間に最大火力を叩き込むぞッ!」


 シンはたった一つの思い付きに賭ける。彩葉と風花もシンに了解の意を示すと、攻撃の準備に入る。


 (こんな小細工……頼む、効いてくれッ!)


 シンはそんな思いを胸に、地面を強く蹴り出すと、【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】と【ジェットブーツ】に魔力を込め、AGIを瞬間的に昇華させる。


 姿が霞動き、瞬く間にドラゴンとの距離を詰めると、初手と同様靴底から圧縮空気を噴射し、ドラゴンの眼前まで飛び上がる。


 それを見たドラゴン。何度も同じ手を喰らうかと、口を大きく開き、体内で生成した火炎を吐き出そうとする。


 「ここだ──ッ!」


 シンは腰に刺してあったナイフを三本左手で抜き取る。一週間前にシンが作った新作魔法具だ。


 それを、手首のスナップを利かせてドラゴンの大きく開かれた口の中へ投擲。


 ヒュンという風を切る音と共に、炎が射出されようとする口内へ入っていったナイフ。


 ドラゴンの攻撃がそんなもので止まるわけがない。常識で考えたらそうなる。しかし、常識を超えてこそ、魔法具は意味を成す。


 ドドォオオオンッ!!


 ドラゴンの口内で、投擲された三つのナイフを中心に爆発が起こる。それによって火炎放射に失敗したドラゴンは、自らの炎でも口を焦がす。


 怯んだドラゴンは、後ろ脚を半歩後退させる。


 その隙を見逃さずシンは、特殊空間から一つの球体を左手に出現させて、ドラゴンの顔付近に目掛けて放り投げる。


 「目と耳を塞げッ!」


 シンが皆に叫ぶ。その声を聞いた彩葉、風花、柚葉は言われた通り目蓋を閉じ、手で耳を塞ぐ。


 刹那────


 部屋中を一気に閃光が白熱させ、半瞬遅れて大音量の甲高い音が鳴り響く。


 これもシンの新作魔法具で、端的に言ってしまえばスタングレネードだ。


 閃光で目を焼かれ、大音響で耳を潰されだドラゴンは、視界と平衡感覚を失い、放心状態となる。


 攻撃するなら今しかない。皆の考えは一致している。


 ドラゴンから少し距離を取った風花が金色の炎を纏う。手に持つ槍からは燐光が溢れ出て、眩しく輝く。


 「槍術──」


 風花は槍を逆手に持ち、身体に引き付けるように構える。


 「──聖炎ノ一投ッ!!」


 身体の捻りを最大限に生かし、ありったけの力を込めて槍を投擲。槍は風花の手から離れた瞬間、金色の炎の勢いを爆発的に強め、超加速する。


 ドラゴンの懐に突き刺さり、金色の炎が突き抜ける。そして大爆発。炎の残滓ざんしが辺りに舞い散っている。


 彩葉もそれに続こうと大きな魔法陣を展開。MPを使い果たす覚悟で自分に出せる最大火力魔法を発動させる。


 「【多重発動マルチ・アクト】──ルクス・リディジェンスッ!」


 三つの光の極太レーザーが発射される。並のモンスターなら数十体丸ごと消し炭に出来そうな威力。


 狙い違わずドラゴンの首に直撃する。遅れて衝撃波が起こり、土埃を舞わせる。


 風花と彩葉の攻撃に、ドラゴンが膝を付く。


 「いくぜ……ッ!」


 シンは両手に魔力をありったけ込める。


 剣を持つ右手甲の魔法陣が浮き出て紫青色に眩く輝き高速回転。耳をつんざく甲高い音と共に紫電が発生し、やがて剣に纏う。


 同時に左手甲の魔法陣も浮き上がり、激しく緑色に輝く。高速回転するにつれて周囲の大気が唸り始め、風がその手に集う。


 「穿て──貫くものブリューナクッ!」


 突き出されたシンの【愚者の剣グラディトゥス】。その剣先から音速を超える超電撃が迸り、ドラゴンの胸部を貫く。魔力の残滓がパチパチと弾けているうちに、透かさず左手を振るう。


 「神嵐の剣フラガラッハぁあああ──ッ!!」


 集束した風が解き放たれる。暴風となったそれは、かまいたちを発生させながら、先ほどシンが貫いた傷口を広げるかのようにドラゴンを飲み込む。


 「グォオオオオオ──ッ!!」


 響くドラゴンの断末魔の叫び声。


 やがて風が静まると、静寂が空間を支配する。


 シン、彩葉、風花、柚葉が油断なくドラゴンを見据えている。ドラゴンはびくとも動かない。


 そして────


 身体から力が抜けたように崩れ落ちるドラゴン。この円形フィールドの真ん中で、その巨体を横たえさせた。


 「終わった……な」


 シンが現状を確認するように、皆に振り向く。


 「終わったんですね……」


 「終わったわね……」


 「終わりましたね……」


 彩葉、風花、柚葉もそう呟く。そして、一拍の間を置いて……


 「「「やったぁあああああ──ッ!!」」」


 皆駆け寄って手と手を合わせる。


 「いや、マジかよ。この人数でドラゴン倒しちゃったよ」


 シンが笑いながら言う。


 「あはは……前代未聞ですね」


 柚葉は「これは話題になるだろうなぁ……」と苦笑しながら、三人にHPとMPの回復ポーションを渡していく。


 三人はそれを受け取って、嬉しさのあまり乾杯してから飲む。


 「ぷっはぁー、うん苦いな……」


 シンはちょっと複雑な気持ちになるのだった。


 そうやって、皆が祝福の美酒……とは程遠いが、ポーションを飲んでいるとき、突如圧倒的なまでのプレッシャーが感じられる。


 四人も本能的に警戒する。


 「おい、アレ何だ?」


 シンが目を見開いて凝視する。他の三人も同じ様に見ている。


 四人の視線の先──フィールド中央の高さ十メートル程の場所。何もない空中に、何の前触れもなく切れ目が入り、空間に穴を開けるように開く。


 その裂け目から出てきたのは少女。身長は一五〇センチあるかないか。腰を超えて伸びた長く青い髪は、不思議な光沢を持っている。瞳は黄色で、何の感情も感じられない顔をしている。


 それだけを見れば、シン達と何ら遜色ない人間。しかし、頭上に浮かんだ幾何学的な光輪や、背に生えた三対六翼の金属光沢のある羽が、そうではないと物語っている。


 「飛んでる時点で探索者でもねぇーな……」


 シンは冷や汗を頬に伝わせる。


 そんなとき────


 「グォオオオンッ!」


 倒れ込んでいたドラゴンが、最後の力を振り絞って身を起こす。


 シン達は気付いていなかった。普通モンスターは絶命すると、肉体を黒い塵にして散っていく。しかし、ドラゴンはただ地面に倒れただけ。てっきり倒したものだとばかり思ってしまっていたが、命を刈り取るまでには至っていなかったのだ。


 (あの謎のメカニック少女だけでもヤバそうなのに、ここでドラゴン復活はキツいぞッ!?)


 シンは、きちんと止めを刺しておくんだったといまさらながらに後悔しながら、剣の柄に手を掛ける。風花も背中に背負っている槍を引き抜き、彩葉も一歩後ろに下がって杖を強く握る。


 「皆さん……あの少女のモンスターですが──」


 柚葉が驚愕の色を浮かべながら話す。


 それと同時に、起き上がったドラゴンは、目の前に飛んでいる少女のモンスターを鋭く睨み付ける。


 そして、ぐわっと大きく口を開け、一飲みにしようと襲い掛かる。


 ドラゴンに背を向けて、シン達の方に視線を向けている少女型モンスター。背後から迫るドラゴンの口。


 そして────


 ドラゴンが飲み込んだ──と、見ていた四人は思った。しかし、少女はまるで背中に目でも付いていたのかというように正確に回避する。


 そして、横目にドラゴンを視認すると────


 どういう仕掛けか、いつの間にか銀色に輝く鋭利な刃と化していた右手を横薙ぎに一閃する。


 ドラゴンの首が、呆気なく切り落とされる。


 分厚く丈夫な外皮、鱗など関係ないという風に、ただ襲ってきたから斬った。少女の無感情な視線の先で、ドラゴンはその巨体を黒い塵と化し、四散していった。後には大きな赤色の結晶が残っている。


 「──迷宮統括協会ギルドの情報にないモンスターです……」


 柚葉の言葉が、緊張感漂う静寂に静かに響く。


 少女は再びシン達の方へ視線を向けると────


 「【告】敵性反応を四つ確認。これより、対処行動に移ります──」


 感情の籠っていない機械のような声で、宣戦布告が告げられた。

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