Episode.38 第二回未知迷宮探索
樹海の中では強敵となるモンスターとはあまり遭遇せず、かなりスムーズに進めたと言える。
神殿の入り口の前で昼食を取った後、立ち塞がってくるゴブリンなどのモンスターを倒しながら、遂に一週間前、ナイトゴーレムの大群と戦闘を行った、奥行きのある部屋まで来る。
柚葉の予想通り、ナイトゴーレム達はまだリスポーンしておらず、このまま素通り可能だ。
また、シンの上位魔力性質変化による攻撃で部屋に付けた傷痕は、まだ少し残っている箇所はあるものの、ほとんどが元通りになっている。
こういった自動修復も、
「帰ってくるときにリスポーンしてたら襲ってくるんだろうか?」という話をしながら、部屋の最奥にある大きな扉の前まで来る。
扉には、文字なのか模様なのかよくわからない装飾がびっしり施されており、太古の神殿といった雰囲気がある。
「よし、ここからが本番だ……行くぞ?」
シンは扉に手を掛けたまま三人に振り返り、確認する。
「行きましょう!」
彩葉の声と共に、風花と柚葉も首を縦に振る。
シンは三人の返事を聞いた後、扉に視線を戻し、呼吸を整えるように一つ息を吐く。
そして、両手で扉を力一杯押す。最初は開く気配が見られなかったが、次第に石が擦り合うような音を立てながら、ゆっくりと、ことさらゆっくりと開いていった。
扉の向こう側に現れたのは、両脇に石の柱が等間隔に並べられた一本道の通路。
緩やかな上りを描いており、通路の先に何があるのかまでは見えない。
シン達は互いに顔を見合わせた後、一層気を引き締めて歩き始める。
両手を一杯に広げれば、左右の壁に付いてしまう幅。こんなところでモンスターと出会ってしまえば大変だ。また、トラップなども仕掛けられているかもしれない。
それらのことに細心の注意を払いながら進んでいくが、結局杞憂に終わった。
ホッと胸を撫で下ろす四人。通路を抜けた先には、直径百メートルもあろうかという巨大な円形のフィールドがあった。
そして、そのフィールドの真ん中には大きな────
「俺、ドラゴンと戦ったことないわ……」
眠っているのか、長い尻尾を引き寄せ、大きな翼を折り畳んで地面に寝そべっているのはドラゴン。
一見ワニのようにも見える顔面は、ワニなど比較にならないほどにゴツゴツとした分厚い皮膚と鱗で覆われており、巨木の幹のように立派な後ろ脚と、少し短めの前脚には何でも切り裂けそうな鋭利な爪が付いている。
全身は古い岩を思わせる黒み掛かった茶色。まだ図鑑に載っている恐竜の方が断然可愛げがあって見える。
「第一級Sクラスモンスター……『エンシェント・サヴァッジ・ザ・ドラゴン』です……」
柚葉の紹介に応えるかのように、ギロッと目蓋を開け、黄色い相貌を現したドラゴンが、重たい巨体を持ち上げ、威嚇するように翼をバッと広げる。
「グオォオオオオオ──ッ!!」
大きな口を開き、大きく鋭い牙を見せながら咆哮するドラゴン。大気が振動し、フィールドも地鳴りし、熱を帯びた風が巻き起こって四人の身体を煽る。
「風花……お前、ドラゴン
シンが額から脂汗を流しながら風花に問う。風花はチラリと横目でシンを見た後、すぐに目の前のドラゴンに視線を戻して答える。
「貴方達と会う前に一回だけね……でも、もっと大規模なパーティーで戦ったわ」
「いけると思うか?」
「……タンクがいないって時点で致命的ね。でも、それはこれまでも同じ。短期戦で仕留められれば何とか……」
風花は背中の槍に手を掛けながら答える。
「んじゃ、初めからスパート掛けていきますか」
シンは特殊空間から【
その透き通る深青色の刀身には、ヒエログリフが刻まれている。
「あれ、先輩その剣……?」
彩葉が不思議そうに尋ねる。今までなかった刀身の刻印を見てだ。
「ああ、コイツも魔法具デビューだ。ま、使わないに越したことはないが……」
シンは剣を彩葉に見せながら答える。そして、一歩前に出て剣を構える。
「さて、どこを攻撃したものか……」
「基本的に腹は柔らかいですが、入り込むのは困難です。急所なども硬い外皮で覆われているのでなかなかダメージにはなりません」
柚葉の説明に、シンは「うへぇ……」と情けない声を出す。
「ま、同じところを連続で叩くしかないわね」
風花はそう言って金色の槍を引き抜くと、その切っ先をドラゴンに向けるようにして構える。
シンも剣を持つ腕を身体に引き付けるように構えを取る。
「行くぞッ!」
シンの掛け声で、皆一斉に動き出す。
シンと風花はドラゴンとの距離を詰めるべく、一気に駆ける。
「【
彩葉が掲げた長杖によって描かれた魔法陣から、赤い炎で形作られた矢が五本飛び出す。
それらはドラゴンに詰め寄るシンと風花を追い越し、ドラゴンの目元に向かって飛んでいく。
「グォオオオン──ッ!」
ドラゴンの咆哮。発生した重たい衝撃波が、彩葉の放った炎の矢を空中で霧散させる。
シンはその間に、【
そして、地面を力強く踏み込むと同時、靴底から噴射した圧縮空気によって推力を得て、ドラゴンの頭部を越す高さまで飛び上がる。
(まずは視界を潰す──ッ!)
シンはビリヤードのキューを構えるときのように剣を持つ。そして、右手甲の魔法人が浮き出て、激しく紫青色に輝き高速回転。耳をつんざく高周波の音が鳴り響き、それにつれて刀身も発光する。
バチバチと高電圧高電流の紫電が刀身に纏い、最大限まで輝く。
そして────
「
【
ぱあっと視界を白熱させ、音速よりも速い電撃の槍が一直線に駆け抜ける。
しかし、シンの狙いを覚ったドラゴンは、顔を射線上からそらす。
万物を貫くその名を与えられた槍は、ドラゴンの頬を僅かに掠めた後、左肩に突き刺さり貫通する。
完全に避けたと思っていたのか、ドラゴンは一瞬目を見開く。そして肩口から深紅の血が散華する。
ドラゴンは低く唸った後、空中を落ちていくシンをしっかりと捉え、大きく口を開く。そして、チリッと口内に赤い光が灯ったと思うと────
圧倒的熱エネルギーを誇った灼熱の炎が吐き出される。
(ちぃ──ッ!?)
シンは落ちる軌道を変えるべく、靴底から圧縮空気を噴射、何とか火炎放射を避けて地面に転がるように着地する。
「槍術──灼炎ノ一閃ッ!!」
ドラゴンがシンに注目している間に、力を溜め込んでいた風花。その身に炎を纏いながら、引き絞った弓から矢を放つかの如く、槍をドラゴンの右脚に突き出す。
熱エネルギーを集束させたかのような赤い一閃が迸る。
第三級Sクラスモンスター『ミノタウロスナイト』を一撃で屠った威力が、そのままドラゴンの脚に叩き込まれる。
それは、分厚い外皮を削ぎ落とし、筋肉を焼き焦がす。
その激痛に唸るドラゴン。右脚から一瞬力が抜け、僅かにそちら側へ傾くが、巨木のように立派な脚はそう簡単に倒れない。
風花のいる場所へ、長い尻尾を振り下ろす。
風花はあらかじめ予想していたのか、その攻撃を難なく回避。
そこへ────
「ルクス・リディジェンス──ッ!!」
彩葉が描いた大きな魔法陣から、光の集束エネルギー砲が放たれる。極太のレーザーが迷いなく宙を駆け、ドラゴンの首もとに直撃する。
彩葉が覚えている五つの魔法の中で、唯一大きな威力を誇る、いわゆる決め技。
しかし、巻き起こった黒煙が晴れても、ドラゴンは悠々と立っていた。
(マジか、この一連の攻撃で倒せないのかッ!?)
シンはそんな思いに脂汗を浮かべながら、ドラゴンを油断なく見据えていた────
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