Episode.37 帰還、そして準備

 「帰って来たぁあああーーッ!」


 両手を一杯に広げて叫ぶシン。並ぶように彩葉、風花、柚葉もいて、皆の後ろにはさっきまで探索をしていた迷宮ダンジョンゲートそびえ立っている。


 「馬鹿! うるさいわよッ!」


 「いてっ!?」


 風花に肘で突かれるシン。もうエーテル体は解除していて生身なので、しっかりと脇腹に痛みを感じる。


 ────今朝早くに出発したシン達は、行きを一日半程かけて進んだ大樹海を、半日程で帰ってきたのだ。一度通った道なので、行きより速いのは当たり前だが、ここまで速く帰ってこられたのは、柚葉が細かくマッピングしていてくれたお陰だ。


 「少しお腹が空きませんか?」


 彩葉の提案で、近くのファミレスで昼食を取った四人。


 そして、今晩オンラインで次の探索の方針を練る約束をした後、彩葉と風花は家に帰り、家族に戻ってきたことを報告。柚葉は、迷宮ダンジョンの情報──マッピングデータなど──を提出するために、迷宮統括協会ギルド本部に向かった。


 残ったシンは、何かやることがあるらしく、強面店主が営む行き付けの装備店で色々買い込んだ後、真っ直ぐ家に帰っていく。


 昼過ぎ、夏の暑さが最も厳しいと言っても過言ではない時間帯。額に汗の玉を浮かべて自宅に着いたシンは、何より先にお風呂に入る。


 三十分程掛けてサッパリしたシンは、自室の机に向かう。


 「探索者能力サーチャーアビリティ起動」


 シンは探索者バッジの起動コマンドを口にする。身体に装備を纏うことなく、私服のままでその身をエーテル体に置き換える。


 魔法具を作るためにはそれで十分だ。


 シンは装備店で買い込んだ武器や素材を特殊空間から取り出す。


 「んじゃ、始めますか」


 まるで外科医がオペを始めるかのように、シンは新たな魔法具製作に取り掛かっていき────


 時間は飛ぶように過ぎていった。


 納得いく出来だったのか、シンは完成した魔法具らを眺めながらコクコクと頷いた後、それらを特殊空間に仕舞い込む。


 次に取り出したのは、シンの愛剣【愚者の剣グラディトゥス】だ。


 (前にもコイツを魔法具にしようと思ったが……結局どんな魔法具にするか思い付かなくて諦めたんだよなぁ……)


 シンは心の中でそんなことを思いながら、机に置かれた剣を見てうーんと唸る。


 (例えば、絶体絶命の窮地に陥ったとき……)


 探索中、何が起こるかわからない。去年のように、Bクラス迷宮ダンジョンに突如Sクラスモンスターが現れる……などといったようなこともあるのだ。


 シンは自分の想像力で予想出来る最悪のシチュエーションを考える。


 今のパーティーで最もレベルの高い風花ですら敵わず、最も迷宮ダンジョンに詳しい柚葉ですらその正体がわからず、最も精確な攻撃が出来る彩葉ですら攻撃を当てることが出来ない……そんな敵。


 (死なせらんねぇよな……)


 そんなときは自分が守ってやりたい。たとえ自分がどうなろうと、自分のためにここまでついてきてくれた三人を絶対に守りたい。


 そんな強い思いが、やがて決意となり、そして魔法具となる。


 口角を僅かに吊り上げたシンは、目の前に置かれた剣に手を伸ばした────



 『──ちょっと、三分遅刻よ!?』


 「あはは……悪い悪い」


 シンは、デスクトップのパソコン画面に映る風花に向けて謝罪する。


 三当分された画面には、彩葉と柚葉も映っていた。


 『えっと、それでは来週の探索について話しましょうか』


 柚葉が話を切り出す。


 『恐らく半日で樹海を抜け、神殿まで辿り着けると思います』


 「まあ、そうだな。実際今日帰ってくるときも半日くらいだったし」


 シンは画面越しに頷く。画面の中で、彩葉と風花も同じように頷いていた。


 『そして、ここからがまた未知の探索になります。ナイトゴーレムとの戦闘を行った部屋の向こう側にある扉の先です』


 『先輩が、ナイトゴーレム達が何かを守ってるって言っていたやつですね』


 柚葉の言葉に、彩葉がそこの部屋の光景を思い出しながら反応する。


 「多分、また厄介な敵が出てくるだろうな」


 シンはため息を吐きながら、椅子の背もたれに大きくもたれ掛かる。


 『私的には、そこそこのモンスターが群れで襲ってくるよりは、強いモンスターが単体で襲ってきてくれた方が良いわ』


 風花が赤い長髪を手で掻き上げながら言う。


 「それは俺も同感」


 シンは苦笑しながら答える。


 『帰ってくるための時間も考慮すると……次回の探索は三泊四日といったところでしょうか?』


 柚葉が皆に確認するように言う。


 『私はもっと長くても構わないわよ?』


 『私もです!』


 風花はどこか余裕気に、彩葉は決意に満ちた目でそう言う。


 「駄目だ、そこまで無理をする必要はないぞ。安全第一、何かあったら困るからな」


 シンがこれだけは譲らないといった風に、ピシャリと言い放つ。


 そう言われては仕方がないと、彩葉と風花は食い下がらない。


 『では、どこまで進めるかはわかりませんが、目安として一日半掛けて帰るとして、二日半探索するということで』


 「神殿まで半日だから、実質先に進めるのは二日ってとこだな」


 柚葉のまとめに、シンが付け足すように言う。


 『次の探索までに、夏休みの宿題を進めておかなきゃね』


 風花が実に真面目で当たり前のことを言う。


 「そういえば風花、高校はどうするんだ?」


 風花は中学三年生。今年は高校受験の年だ。


 『んー、別にどこでもいいわ。私の学力だったらどこにでも行けるし』


 「うっわ……流石お嬢様。英才教育の賜物ですかな?」


 『お嬢様言うなッ!? まあ、勉強はかなり頑張ってきたけど』


 一瞬取り乱したものの、やはり風花からは、人生の勝ち組の余裕が溢れている。


 『でも、先輩も第七高等学校に入学出来てるんですから、割と勉強できるんじゃないですか?』


 彩葉がシンに尋ねる。シンはふっと余裕な笑みを浮かべて答える。


 「いやいや、そんなことはないさ。平均だよ、へ・い・き・ん」


 『へー、ちなみに最近受けたテストってどんな点数だったのよ?』


 風花が少し意外そうに尋ねる。


 「数Ⅱ90点、数B93点、科学89点、物理100点……ふっ」


 シンは実に腹立たしい笑みを浮かべて、あえて自慢しないように言う。


 『流石ですね先輩!』


 『市ヶ谷さん凄いですね……』


 彩葉と柚葉が感嘆の音を上げる。


 『ねえ、文系科目はどうだったのよ?』


 風花は若干訝しげな顔で尋ねる。シンは一瞬ビクリと身を震わせた後、額に冷や汗を浮かべる。


 「現代文47点、古典43点、英語……25点……」


 次第に小声になっていくシン。文系科目の点数は実に悲惨だ。


 『総合的に見て、確かに平均……ね』


 風花はシンの極端なまでの理系頭脳に苦笑いを浮かべていた。


 『先輩……英語は赤点ですね……』


 『私、文系科目は得意なので、今度教えてあげますね』


 彩葉と柚葉も曖昧に笑っていた────



 ────そんな会話があった一週間前。


 時間は飛ぶように過ぎ去り、二回目の探索に出掛ける日はすぐにやって来た。


 (宿題は三分の二終わらせたぜ……答え見て……)


 シンの家の机の上には、正解と不正解のバランスが不自然なまでに自然に取られた、様々な教科のワークが広がっていた。

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