Episode.36 三人の乙女
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神殿の入り口前のこの場所では、四つのテントが張られ、焚き火が一つパチパチと良い音を立てて燃えている。
そして、焚き火の前に腰を下ろしているのはシン。今はシンが見張り番だ。
そんなとき、彩葉のテントの中では────
「さて、質疑応答に入りましょうか!」
一人で使うには若干余裕のあるこのテントだが、今は彩葉は勿論、なぜか風花と柚葉までお邪魔している。
本来交代で休みを取るはずなのだが、この三人には眠気が感じられない。
「ちょっと柚葉、声が大きいわよ! シンに聞こえるじゃない!」
「そ、そうですね。私としたことが……」
潜め声で注意する風花。柚葉もその注意を受け、高まっていた興奮を少し落ち着ける。
「あ、あの……どうしたんですか二人とも……?」
状況を理解できず、戸惑っている彩葉。それもそのはずで、何の説明もなしに、風花と柚葉がやって来たのだから。
「勿論、夜中に女子がする話と言ったら恋話しかありませんよ!」
そう答えるのは柚葉。潜め声にはなっているが、いつになくテンションが高い。
「ね、ねえ彩葉? 昨日の夜、シンと何をしてたの?」
「……ッ!?」
あまりにも直球な風花の質問に、彩葉がビクッと身体を振るわせる。
そして、その反応を見逃すほど柚葉の洞察力は甘くない。
「やっぱり何かあるんですね?」
興味津々で目を爛々と輝かせる柚葉。表情には出さないものの、シンと彩葉に何があったのか気になってしょうがない風花。どちらも年頃なので仕方がないことである。
「な、何かとは何ですか!? 別に何もないですよ!?」
実は彩葉は嘘が苦手で、本人に自覚はないが、嘘を吐くとき必ずと言って良いほど目が泳ぐ。
今のように。
「あーそうですかー、なら市ヶ谷さんに聞いてきましょうかー?」
演技ったらしく柚葉がそう言って、テントを出る仕草を見せる。
「ままままま待ってくださいッ!?」
そんな柚葉の服の裾を摘まんで、彩葉が止める。
「では、話していただけるので?」
表面上とても優しげな笑みを浮かべている柚葉だが、内心計画通りと勝ち誇っていた。
「うぅ……お話しします……」
折れた彩葉は、僅かに頬を赤く染め、視線を逃がして恥ずかしそうにしていた。
三人が座る真ん中に置かれた光源が、淡い光でテント内を照らす。そして、しばらく彩葉の心の準備のための沈黙が流れる。
「ほ、本当に大したことはなかったんですけど……」
「それは私達が判断します」
にっこりと柚葉が言い切る。
彩葉は風花と柚葉の顔をそれぞれみた後、はぁと諦めたようにため息を吐いて話し出す。
「初めての
彩葉は昨晩の出来事を思い出すように話す。風花と柚葉は無言で、集中してその話を聞く。
「その……き、キスをした日のこと覚えてるかって──」
「「──き、キスッ!?」」
彩葉の口から出た衝撃的な単語に、思わず風花と柚葉は突っ込んでしまう。
「ちょ、ちょっと貴女……アイツとそういう関係だったのッ!?」
風花が彩葉の肩を掴んでガクガクと揺らす。頭の中は既に、大混乱のパニック状態だ。
「ふ、風花さんっ……ち、違います落ち着いてください!」
彩葉は激しく揺られながら、風花を宥めようとする。そして、柚葉の助けもあって、何とか風花を落ち着けることに成功。
しかし、驚いているのは風花だけでなく、柚葉も同様だ。一見落ち着いているようにも見えるが、次の彩葉の言葉を待っている。
「別に私と先輩が付き合ってるとか……そういう訳じゃなくて……」
彩葉は自分の小麦色の髪の毛を指で巻き取りながら、恥ずかしそうに話す。
「あの日──先輩のご両親を皆で探しに行こうって決意した日、風花さんと柚葉さんが帰った後に、先輩と二人きりになって……」
ごくりと風花と柚葉が固唾を飲んで、話の行く先を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「ちょっと不意討ちみたいな感じで……ほっぺに……」
彩葉の恥ずかしさが伝染したかのように、話を聞いていた二人も一気に顔を真っ赤に染め上げる。
「り、理由は……?」
柚葉が恐る恐る尋ねる。
「そ、それは……」
「「それは……?」」
彩葉は二人の視線から逃れるように、目線を斜め下に外し、片手で口許を隠す。
「先輩のこと……好いとうから、です……」
ボソッと呟くように答える彩葉。
「うわわわわわわわわわッ!?」
「な、ななな何だかこちらまで恥ずかしくなりますねっ……」
風花も柚葉も予想していたであろう彩葉の返答に、慌てふためく。
「ちょ、聞いておいてその反応止めてくださいっ!」
半分涙目になった彩葉が、不満げな顔をして言う。
「でも……」
すぐに冷静を取り戻した彩葉が、若干複雑な顔持ちになる。
「私だけじゃ、ないですよね……?」
その視線は真剣そのものだ。風花と柚葉は、その彩葉の視線に一瞬言葉を失う。
「彩葉さんも答えてくれたことですし……私達も答えなくてはいけませんね」
そう言ったのは柚葉だ。
「そうですね……まだ“好き”とまではいってないかもしれませんが、無意識の内に市ヶ谷さんを目で追うようになっていました」
「そ、そうだったのッ!?」
柚葉の言葉に、全く気が付いていなかった風花は驚愕する。対して彩葉は、沈黙を貫いている。
「緋村さん、貴女も他人事ではありませんよね?」
「え……ッ!?」
彩葉と柚葉の視線はしっかりと風花に向けられている。
「ちょ、ちょっと!? 私は別にアイツのことなんか……」
二人の無言の視線に、歯切れ悪くなる風花。そして、しばらくもじもじとした後、両膝を胸の前に抱き寄せる。
「まあ……悪い奴じゃないし、嫌いじゃないというか……」
「それで、結局何なんですか?」
柚葉は風花にはっきり答えさせようとする。
「……私も好き、かな」
風花は皆の中で一番年下の中学三年。まだ若干恋愛面に疎く、これまでシンへの気持ちに気が付いていなかったが、今回のことで、それが恋心であることを実感した。
「ということは……」
と、彩葉が二人に視線を向ける。
「私達は仲間ですけど……」
柚葉が続けるように言う。
「……ライバル、ってわけね」
風花も覚悟を決めたような光を瞳に宿している。
しばらく互いが互いの思いを確かめ合うように視線を交わし合った後、沈黙を破ったのは三人の愉快な笑い声だった────
────そんなことがあったとは露知らず、シンは……
「何盛り上がってんだ、アイツら?」
テントから聞こえてくる三人の笑い声に、シンは焚き火の前で首を傾げているのだった。
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