Episode.35 立ちはだかる石の守衛

 「あぁもう! きりがないわねッ!?」


 風花の苛立った声と共に、その手に持つ金色の槍の切っ先から目まぐるしく炎が噴き出し、槍の動きに沿って乱舞する。


 炎は押し寄せるナイトゴーレムの攻撃を阻み、その身を砕いていく。


 「風花さん! 下がってください!」


 「了解!」


 後方から飛んできた彩葉の声に、風花は頷いて飛び下がる。


 ナイトゴーレムは逃がすものかと迫ってくるが、弧を描くように飛来してきた光の矢が、ナイトゴーレムの胴体を貫き、その場に崩れさせる。


 「サンキュー彩葉!」


 「いえ!」


 風花はグッと親指を立てて見せる。彩葉もそれに短く答える。


 ────およそ十分前、シン達が部屋に足を踏み入れると、案の定両脇の壁にズラリと並んでいたナイトゴーレムは全て動き出し、この先へ行かせるものかと言わんばかりに襲い掛かってきた。


 一個体の戦闘力としては圧倒的にシン達が勝っているが、やはり数が多く、いくら倒しても次から次へと湧き出てくるようで、戦闘開始から十分以上経った今でも、ナイトゴーレムの絶対数が減った気がしない。


 「──ぶっ飛べッ!」


 シンが腰に引き付けていた右拳を正面に突き出す。魔力が性質変化した炎を纏った拳。


 ドォオオオンッ!


 鳴り響く重低音。シンの眼前に迫っていた数体のナイトゴーレムの身体が木っ端微塵に四散する。


 しかし、そこに出来た穴を埋めるかのように、新手のナイトゴーレムが雪崩れ込んでくる。


 「先輩、大丈夫ですかッ!?」


 「ああ、何とかな!?」


 シンは対峙するナイトゴーレムが突き出した槍を半身にかわす。透かさずそこに左フックを決める。


 (一体一体倒してたんじゃらちが明かねぇ……)


 シンは一瞬歯噛みし、後ろに大きく飛び下がる。


 「彩葉、風花ッ! 十……いや、七秒間耐えてくれッ!」


 「分かりました!」


 「任せなさい!」


 シンと替わるように風花が前に躍り出る。彩葉は後衛で、その正確な射撃を生かし、風花の援護をする。


 シンはそんな二人を見ながら、手早く準備をする。


 「来い──【愚者の剣グラディトゥス】ッ!」


 シンが掲げた右手に、漆黒の鞘に納まった一振りの剣が現れる。シンはその剣を左腰に吊るし、抜剣。鋭利な煌めきと共に、深青色の透き通った刀身が露になる。


 シンは剣を頭上に突き上げる。


 剣を持つ右手甲の魔法陣が浮き出て、目映い緑色の輝きを放つ。高速回転し始めると、それに伴って透き通った刀身の内側から淡い緑色の光が漏れ出す。


 周囲の大気に渦ができ、剣に風が集う。そして、刻一刻と肌に感じられる風の流れは強くなり、やがて大気が唸り始める。


 「よし、良いぞ! 横に飛べッ!」


 シンの合図で、彩葉と風花がそれぞれ反対方向に飛び退く。


 「上位魔力性質変化『嵐』──」


 シンが剣の柄を握る手に力を込める。


 「──神嵐の剣フラガラッハッ!!」


 思いきり振り下ろされた剣。


 集束していた風が一気に解き放たれる。剣先の方向へ、螺旋を描くように吹き荒れる暴風が、直線上のナイトゴーレムを情け容赦なく砕き、発生したかまいたちがその付近のナイトゴーレムを巻き込む。


 剣先一直線の地面は見るも無惨に抉れ、無数の切り傷のようなものが部屋のあちこちに刻まれている。


 やがて大気の唸りが静まり、静寂が訪れる。


 「せ、先輩……この威力……」


 「それはこの剣のお陰だな」


 シンは剣を肩に担ぐようにして言う。


 「この剣の素材はオリハルコン。魔力の伝導性が高く、増幅する効果を持ってる。おまけにこの剣を使って上位魔力性質変化したら、反動を少し軽く出来るから、今までみたいに腕が千切れたりしなくて済むってわけ」


 シンはにっと笑って見せるが、その話を聞いていた彩葉、風花、柚葉は戦慄と共に驚嘆していた。


 「ま、まあ……確かに飛んでもない威力ですね……」


 そう呟く柚葉の視線の先。部屋を埋め尽くさんとばかりに溢れていたナイトゴーレムは半数以下になっている。


 「ただ……」


 シンが少し気まずそうに視線をそらす。


 「「「ただ?」」」


 三人が不思議そうに首を傾げる。


 「……ちょっと力入りすぎて、MP使い果たしちゃったぜっ!」


 シン、渾身のてへぺろ。


 微妙な沈黙が流れる。この間にナイトゴーレムが攻めてこないのは、先ほどのシンの攻撃に恐れ戦いているからなのか、それとも呆れて思わず立ち尽くしているだけなのか……。


 「ば、ばっかじゃないのッ!?」


 響き渡る風花の怒号。


 「安心してください市ヶ谷さん、ちゃんとMP回復ポーションもありますから」


 「お、さっすが!」


 シンが柚葉からMP回復ポーションを受け取っている姿を見ながら、彩葉は苦笑いを、風花は大きなため息を吐いていた。


 「よしっ、残り半分だ! さっさと片付けるぞ!」


 シンがそう呼び掛けながら前衛に躍り出る。


 彩葉と風花もそれに頷く。


 シンが巧みに振るう剣が、彩葉が無数に振らせる魔法の矢が、風花が起こす炎の乱舞がナイトゴーレム達を圧倒していく。


 そして十五分────


 正面のナイトゴーレムが槍を突き出す。シンはそれを横目にかわし、懐に潜り込んでから一閃。


 ナイトゴーレムの右脇腹から左肩にかけて一刀両断。


 動かなくなったナイトゴーレムは、やがて黒い塵と化して四散。後には一欠片の灰色の結晶を残した。


 「終わった……」


 シンはホッとしながら刀身を鞘に仕舞い込む。


 「お疲れ様でした、先輩!」


 「MP空にした甲斐はあったわね」


 そんなシンのもとへ、彩葉と風花がやってくる。


 「いやぁ、本当に疲れたな……」


 シンはその場に座り込む。


 そこへ、少し遅れて柚葉も来る。


 「皆さん、回復ポーションです」


 そう言って柚葉は三つの小瓶を差し出す。シン、彩葉、風花はそれぞれ感謝の言葉を口にしながら受け取り、飲み干す。


 「倒したのは良いが、コイツらリスポーンするんじゃねーか?」


 シンがよっと立ち上がって、お尻に付いた汚れを払いながら疑問を口にする。


 「恐らくするでしょうね。でも、この規模のモンスターがリスポーンするにはかなり時間が掛かるはずです。次来るときは、まだ復活していないんじゃないでしょうか」


 そう答えるのは柚葉だ。


 「なるほど……」


 そう呟きながら、シンはこの部屋を見渡す。


 「どうしたんですか、先輩?」


 彩葉が不思議そうに尋ねる。


 「いや……あのナイトゴーレム達って、普通のモンスターとは何か違うなと思って……」


「どういうことよ?」


 風花が訝しげな顔を向ける。


 「モンスターって野性的に襲い掛かってくるものだけど、アイツらは何かこう……部外者を排除しに来てたというか、この先へは行かせないぞ、みたいな?」


 シンは感じたことを上手く言葉に出来ず、自分でも何を言っているのか分からないといった様子だ。


 三人はそんなシンの言葉に、それぞれ顔を見合わせて首を傾げる。


 「でも……先輩がそう言うならそうなんじゃないですか?」


 彩葉はそう言いながらシンの隣に立って、部屋の最奥にある大きな扉を見詰める。


 「あの先に、何かがあるんですよ」


 「……ああ」



 ────その後シン達は神殿を後にし、明日の帰還に向けて休むべくテントを張った。


 この場所へ戻ってくるのは、今日から一週間後になる────

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