Episode.32 再戦!

 「何だか市ヶ谷さんと琴川さんの顔色が良くないように見えますが……」


 朝食を取り終えた後、昨日と同じように、どこまでも続く同じような景色の中、同じように道なき道を切り開いて迷宮ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく四人。


 途中、柚葉が心配そうにシンと彩葉の姿を見る。


 「そ、そうか!? 別に平気だぞ? 全然!」


 (わりぃ、ただの睡眠不足……)


 「わ、私もですよ!?」


 (ごめんなさい、ただの睡眠不足です……)


 心の中で同じようなことを呟きながら、必死に平気を取り繕うシンと彩葉。


 「そ、そうですか」


 そう答えられてはこれ以上追求できない柚葉。そんな柚葉に、風花が潜めた声で話し掛ける。


 「何か昨晩、二人で話してたみたいなんだけど……」


 「話……?」


 「ええ、内容を聞いたわけじゃないんだけど……私が見張り番交代するために外に出たら、何か慌てたように二人がテントに戻っていったのよね……」


 風花のその言葉に、柚葉はピクリと眉毛を動かす。


 「ふふ、それは興味深いですね……!?」


 「え、ええ……」


 いつになくワクワク顔の柚葉。風花はそんな様子に若干戸惑ってしまった。



 襲い掛かってくるモンスターは、徐々にその強さを増していった。しかし、Lv.7になったシンとLv.8の風花は、それらを問題なく返り討ちにしていく。


 気持ち昨日より進むペースが早くなっていたのか、昼過ぎには樹海を抜ける後一歩のところまで辿り着いていた。


 「市ヶ谷さん、緋村さん、回復ポーションです」


 「サンキュー」


 「ありがと」


 柚葉は戦闘こそ出来ないが、モンスターの特徴などを的確に把握しており、情報面でシン達の援護をするだけでなく、予め大量のポーション類を用意し、探索者バッジの特殊空間に仕舞ってあったのだ。


 「そろそろこの樹海を抜けられるはずですよ?」


 柚葉は取り出したタブレットを操作し、マップを表示する。そこには、昨日今日で進んできた道のりと、その周辺の地形が事細かに記されていた。


 「やっとか……流石にこの変わらない景色にも飽きてたところだ」


 シンはため息混じりにそう言う。


 「呑気ね、と言いたいところだけど……私も同感よ」


 肩をすくめながらそう言うのは風花だ。


 「今回の探索は、樹海の先がどうなっているのか……それを調べて終了って感じかな」


 シンは顎に手を添えて、柚葉のタブレットを覗き込みながら言う。


 「樹海さえ抜ければ、私も魔法で援護できるので任せてください!」


 「ああ、頼んだぞ彩葉」


 「は、はい!」


 ………………。


 会話が終わっても、なぜかシンと彩葉はお互いから目を離そうとしない。


 この場に沈黙が流れる。


 「ちょっと、何見詰め合ってんのよ?」


 「「……ッ!?」」


 風花の指摘に、我に帰ったシンと彩葉がぱっと視線をそらす。どちらも照れ臭そうにしている。


 シンは一つ咳払いし、気持ちを切り替える。


 「よ、よしッ! とりあえずこの樹海を抜けるぞー!」


 そう言って、すたこらと足を進み始めた。


 そんなシンの姿を、風花は疑問符を浮かべて、柚葉は含みのある笑みを浮かべて見ていた────



 「マジか……」


 あれから少し歩き、ついに鬱陶しい樹海を抜けられる……と、皆がそう思った。


 しかし、ここは迷宮ダンジョン。そう都合の良いように物事が進んだりはしない。


 「風花……お前のせいだからな……」


 「な、なによ……」


 シンがジト目で風花を凝視する。いつもなら「何で私のせいなのよッ!?」などといきり立ってくる風花であるが、今回ばかりはそうも言えない。


 「なによじゃねーよ……」


 シンはプルプルと肩を震わせて、固く握りしめていた拳から人差し指をピシッと伸ばし、目前数メートル先に向ける。


 「お前が『ミノタウロスナイトとか出たらどうする?』とか言うから、出たじゃねぇーかぁあああああーーッ!? それも二体ッ!?」


 「あはは……」


 彩葉が曖昧に笑う。


 「フラグって怖いですね」


 と柚葉も苦笑い。


 そう、樹海を抜けたそのすぐ先には、「ここから先に行きたくば、我らを倒していけ」と言わんばかりに鎮座しているミノタウロスナイトが二体。


 「ほ、ほらッ! そんなこと言ってないで早く戦闘準備しなさい! 私、左のヤツ相手するから貴方は右ね」


 風花は半分話をそらしたいがために、とっとと戦闘準備に入る。背中から槍を引き抜き、その切っ先を左側のミノタウロスナイトに向ける。


 シンは「はぁ……」と深くため息を吐いた後、指をポキポキと鳴らして、身体をやや半身に拳闘の構えを取る。


 「彩葉は柚葉を守りつつ、後ろから援護頼む……二体いるんでムズいだろうが」


 「任せてください!」


 シンは彩葉の返事を聞いてから、前方のミノタウロスナイトに意識を集中させ、油断無く見据える。


 (また会うことになるとはな……)


 シンは初めてミノタウロスナイトと遭遇したときのことを思い出しながら、どうやって戦うか思考を巡らせる。


 (アイツらの馬鹿力は半端じゃない……まともに受けない方がいいな。機動力勝負と行くか……)


 シンは若干腰を落とす。


 ミノタウロスナイトとの距離、およそ十メートル。


 勿論シン達の存在に気が付いているミノタウロスナイト二体は、それぞれ片手に持った石製の大剣を構えている。


 戦闘前の静寂────


 そして────


 「行くぞッ!」


 戦いの幕が切って落とされた────

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