Episode.31 迷宮内野営と高鳴る鼓動

 シンが先頭で風花が殿しんがり、間に彩葉と風花が横並びという形を取って、大樹海を進んでいく。


 柚葉の情報を頼りに、道なき道を切り開いて進んでいると、モンスターと出会でくわすのはしょっちゅうだ。


 その都度シンと風花がメインに戦い、彩葉は柚葉の身を守ることに専念する。


 そうして─────


 「迷宮ダンジョンの夜……こんな感じなんだな」


 そうシンが不思議そうに呟く。


 迷宮ダンジョンとは基本、どこからともなく降り注ぐ陽光のようなものが、時間を問わず存在し、朝、昼、夜全ての場合で明るさは変化しない。


 しかし、この迷宮ダンジョンは違う。時間が経つに連れて、降り注ぐ陽光は色を茜色に染めていき、やがて光が弱まっていく。


 今、その光はほとんどなく、加えて天蓋を背の高い樹木によって覆い隠されているため、樹海の中は一面漆黒が支配している。


 シン達は、あらかじめ購入しておいたランタンに似た光源を手に持ち、その暗闇の中を進んでいっていた。


 「そろそろ目標の樹海の半分まで来ました。ここら辺で野営キャンプの準備をしませんか?」


 「了解」


 シンは柚葉の提案に賛同すると歩みを止めて、三人の方へ振り返る。


 「丁度この辺が割と開けた場所だし、テントはここに張るか」


 「そうね、なら私は木の枝を集めてくるわ」


 風花はそう言って枝を集めに。


 「じゃあ、私と柚葉さんでテントを張りますから、先輩は周囲の警戒をお願いします!」


 「任せとけ!」


 彩葉と柚葉はテント張り、シンは周囲の警戒ということになった。


 ─────。


 焚き火から、くべている木の枝がパチパチと弾ける音が心地好く聞こえてくる。


 四人はその火を取り囲むようにして腰を下ろし、夕食を取っていた。


 エーテル体では食事が出来ないので、今は一時的に生身の身体に戻っているが、突如モンスターが襲ってきたときにも対応できるよう、探索者バッジは胸に付けてある。


 「明日にはこの鬱陶しい樹海を抜けられそうだな」


 シンは食べ終えた食器をカタンと下に置きながら言う。


 「そうですね。でも……」


 彩葉が少し不安げな視線を柚葉に向ける。それに答えるかのように、柚葉が一つ頷いて話す。


 「はい、樹海の先がどうなっているのか……情報がありません。一層気を引き締めて進まないと行けませんね」


 「まあ、場所が開けてくれれば彩葉の魔法も通るし、戦いやすくなるんだが……奥に進めば進むほどモンスターが強くなっていくという……」


 シンは理不尽な現実に、苦笑気味に項垂れる。


 そこへ、意地悪く笑った風花がシンに言う。


 「確認されてる最強モンスターは第三級Sクラス……ミノタウロスナイトとか出てきたらどうする?」


 「ばっか、変なもん思い出させんなよ……。結構怖かったんだからな、アレ?」


 「あらあら、『怖かった』なんて可愛らしいこと言うのね」


 「うっせ!」


 そんな二人のやり取りを、彩葉と柚葉は楽しそうに眺めていた。



 そんなこんなで、探索一日目は終了した────となるはずだったのだが……


 「ん、交代の時間にしちゃまだ早いだろ?」


 シンはそう言って振り返る。すると、そこにはテントからそっと出てくる彩葉の姿があった。


 夕食後、しばらく明日の探索に向けて話し合いをした後、一人ずつ交代で見張りにつきながら寝ることになり、今はシンが見張りの番。まだしばらくは、彩葉は見張り当番ではないはずなのだが……


 「少し、お話ししようと思いまして……」


 彩葉はそう言って、シンの隣に腰を下ろす。


 長い小麦色の髪が、目の前で燃える焚き火の明かりに照らされてつややかに輝く。頬はほんのりと赤く染まり、その淡い栗色の瞳は炎の揺らめきを映し、爛々らんらんと輝く。


 「その、先輩……覚えてますか?」


 「何を?」


 「えっと……去年、風花さんや柚葉さん達と噴水のある公園で、先輩のご両親を一緒に探しに行こうって言った……」


 「もちろ──」


 「……後のことです」


 「んっ……!?」


 シンは言葉に詰まって、喉から声を漏らす。


 (後って……アレ、だよな? あの……最後彩葉と二人っきりでちょっと話した後に……)


 シンは、もしそのことじゃなかったらめっちゃ恥ずかしいななどと思いながら、一つ咳払いして答える。


 「覚えてる……ぞ?」


 それを聞いた彩葉は、膝を胸の前に抱えて、そこに顔を半分うずめる。


 「そう……ですか……」


 (え、何ッ!? 何その反応ッ!? 答え間違えたか? 覚えてない方が良かったかッ!?)


 シンは彩葉の反応をどう受け取ったら良いか分からず、戸惑いの色を見せる。


 「……そ、その……やっぱり、迷惑でしたか……?」


 彩葉がどこか物悲しげに焚き火を見詰めている。


 「へ? いや、全然? ってか、ビックリしたげと……何か、悪くないというか……何というか……」


 シンは恥ずかしさのあまり彩葉を見ることが出来ず、頬を掻きながら視線を斜め上にずらす。


 「……その、嬉しかったり……とかは?」


 「えッ!?」


 「あっ……いえ、何でもなかとです!」


 自分でもなぜそんなことを言ってしまったのかと、バクバクと高鳴る心臓の鼓動を抑えようとしながら、彩葉が顔を真っ赤に染める。


 気まずい沈黙が二人の間に流れる。


 「……嬉し、かったぞ?」


 シンがボソッと答える。


 その呟きを聞いた彩葉は、予想外といった風に目を真ん丸く広げ、シンの横顔を眺める。


 「いや……俺、ただでさえ友達が少なくて、その上女子の友達とか言ったら絶望的で……ああいうの、初めてだったから……」


 「~~っ!?」


 「その、ありがとな……」


 「あわわわわわぁあああーーッ!? すみません先輩もう良いですッ!? 何か恥ずかしすぎてもう!?」


 急に両手で耳を塞いで目蓋をぎゅっと閉じて騒ぎだす彩葉。


 「こ、この話し始めたのお前だろッ!?」


 「ううぅ……ッ!」


 目尻に涙を浮かべて、潤んだ瞳を上目遣いにシンに向ける彩葉。


 (おい……何だその目はッ!? 何か妙に色っぽいから止めろッ!?)


 シンはそう心の中で思いながらも、なぜかその瞳から目が離せなくなる。


 まるで吸い寄せられるかのような感覚を覚えたシン。無意識に自分の右手が彩葉に伸びていく。


 「せん、ぱい……?」


 シンの右手が彩葉の温かく柔らかな頬に触れる。


 彩葉はそれに嫌悪を示すことはなく、かえって受け入れているかのような状態だ。


 シンは左手を地面につき、それを支えに徐々に重心を彩葉の方に倒していく。


 (あれ……俺、何やってんだ?)


 シンは意味も分からないまま、徐々に自分の顔を彩葉の顔に近付けていく。お互いの吐息すら感じられる距離。


 もうここまで来ればすることは一つしかない。


 彩葉は身を委ねるように瞳を静かに閉じ、軽く口許を尖らせる。


 シンもここまでしておいて「やっぱナシ」といったようなことをするほど恥知らずではない。


 自然な流れで、互いの唇が重なり────


 「ふわぁ……そろそろ交代よー」


 「「──ッ!?!?」」


 あくびをして、目許の涙を手で拭いながら風花がテントから出てくる。


 シンと彩葉は刹那の間に距離を取る。ぐらぐらと煮えたぎる頭と鳴り止まない心臓の鼓動を感じながら、二人は何とか平静を演じる。


 「あれ、彩葉? 貴女の見張りは私の後でしょ?」


 「は、はい! ただちょっと寝付けなくて!?」


 「そう?」


 「はい!」


 冷や汗を額に浮かべながらも、何とかやり過ごす彩葉。


 「じゃ、じゃあ見張りよろしくな風花!? 俺ちょっと休むわッ!?」


 (全くもって寝付けそうにありませんけどッ!?)


 「え、ええ……」


 シンはそう言ってそそくさと自分のテントに潜り込んでいく。


 「わ、私もそろそろ眠れそうですので、自分のテントに戻りますね!?」


 「わ、分かったわ……」


 彩葉もそう言って、世話しなくテントに帰る。


 ────。


 急に訪れる静寂。


 「一体どうしたのかしら……あの二人?」


 風花がそんな疑問を抱くのは、いたって自然なことであった────

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