Episode.29 目的に向けて②

 夏休みはすぐにやって来た────


 真夏特有のジリジリと照りつける日差しが、木々の梢に青々と茂った葉の隙間から零れている。


 道行く人の服装もすっかり薄手のものに変わり、学生達は皆、夏休みに何をしようかと心踊らせている。


 しかし、この四人は違った。


 「なるほど……出てくるモンスターも色々だな」


 ここはシンの家。


 両親が行方不明になってから、いつもシン一人で過ごしていた寂しげな一軒家は今、珍しく客を招いていた。ただ、客と言っても……


 「はい、弱い部類ではBクラスモンスター……確認されている最も脅威なモンスターは第三級Sクラスモンスターです」


 柚葉がタブレットを操作しながら言う。


 長机を取り囲むソファーに腰掛けたシン、彩葉、風花、柚葉は、明日に向かえたシンの両親を探しに行く探索の予定を立てていた。


 「まあ、このパーティーなら戦えないことはないな」


 シンがそう言うと、三人は頭を縦に振る。


 「で、重要なのはここからだ」


 シンはソファーに深くもたれ掛かり、腕を組んで三人に視線を向ける。


 「未知の迷宮ダンジョンだ……一回の探索で父さんと母さんを見つけ出すのは不可能だろう……」


 三人は、真剣な眼差しをシンに向けている。


 「一回の探索でニ泊三日という話だったが、それを何度繰り返すことになるか……」


 シンが若干目を伏せる。


 四人の間に沈黙が流れる。


 すると、彩葉、風花、柚葉は、それぞれの顔を見合わせた後、再びシンに視線を戻す。


 「先輩、そんなこと気にしないでください!」


 「そうよ、貴方のご両親が見付かるまで、私達は何度だって付き合うわ」


 「私も、全力でサポートさせていただきます。何たってアドバイザーですから!」


 シンは伏せていた目を上げ、しばらく三人の顔をじっと見詰める。


 「けど、お前らも家の事とかあるだろ? 長い期間迷宮ダンジョンに潜るんだ……親の反対とかないのか?」


 シンの言葉に、三人とも「何だ、そんなことか」といったような顔付きで笑う。


 「私は、親に相談したら『大切な先輩が困ってるなら、手伝ってあげなさい』って言ってくれましたよ?」


 と屈託なく彩葉が。


 「私の親も『シン君は将来風花のお婿──』んじゃなくてッ! と、とにかく力を貸してあげなさいって言ってたわ!」


 と何故か顔を紅潮させた風花が。


 「私も問題ありませんでしたよ? 『アドバイザーの仕事をしっかり果たしてきなさい』って」


 と柔らかい笑みを浮かべた柚葉が。


 「そう、か……」


 三人の言葉を聞いたシンは、どこか照れ臭そうに頬を掻いていた。


 「それに、親が反対したって私は、先輩についていったと思います」


 彩葉がその淡い栗色の瞳を輝かせながら言う。


 「だって……先輩が迷宮探索部に入ってくれなかったら、危うく廃部になるところでしたし、それだけじゃなくて、誕生日にはぬいぐるみを買ってくれました……」


「彩葉?」


 「先輩には、数え切れないくらいの感謝があるんです。だから、少しくらい恩返ししたいんです」


 彩葉はシンの手を取り、両手で優しく握り締める。


 「何より、私にとって先輩は……特別、ですから……」


 彩葉は、どこか熱を帯びた瞳を、上目遣いにシンに向ける。


 シンはそんな彩葉の瞳に、自然と視線が持っていかれ──


 「はいはい、イチャイチャするのは後にしてちょうだい」


 ジト目でその様子を眺めていた風花が、呆れたように肩をすくめて言う。


 その言葉に彩葉は、パッとシンの手を離し、火照り気味だった頬を冷やそうと手で扇ぐ。


 シンも恥ずかしくなって咳払い。


 そんな様子を柚葉は曖昧に笑って眺めていた。


 その後も、明日の探索に向けて色々な話し合いを行った。そして、気付くと辺りは暗くなり始めており、作戦会議を終了する流れとなった。


 「あ、あの先輩……?」


 「ん、どうした彩葉?」


 解散しようとする流れの中、彩葉がモジモジとしながらシンに話し掛ける。


 「えっと、先輩これから夕食にしますか?」


 「まぁ、そうだな。そろそろ支度しないと……」


 シンは時計を見ながら答える。


 「その……良ければ私が作りましょうか……?」


 「……え?」


 シンは、彩葉の耳を疑う言葉にキョトンとする。


 それを聞いていた風花と柚葉も彩葉の方を向いて固まってしまっている。


 注目を集めている彩葉は、カァアアっと顔を真っ赤に染め上げていて、恥ずかしさから視線をシンから外している。


 「えっと、作ってくれるのは別に良いんだが──」


 「──今晩親が仕事で帰ってこないので大丈夫です!」


 シンの言葉を先回りするかのように答える彩葉。


 シンは、うーんとしばらく唸って考えた後、「よし」と言って両手を腰に当てる。


 「んじゃ、頼むとするか! 楽しみにしてるぞ?」


 「は、はい!」


 「──ちょ、ちょっとちょっと!? 『頼むとするか!』じゃないわよ!」


 シンと彩葉の間に、風花がどこか焦ったように割って入る。


 「何だよ風花? 別に良いだろ、作ってもらうくらい」


 「だ、駄目に決まってるでしょッ!?」


 「な、なぜ?」


 「えッ!? いや……ねぇ?」


 勢いに任せて止めに掛かったが、よく考えてみると止める理由など見当たらなかった風花は、視線を柚葉の方に向けて同意を得ようとする。


 柚葉はしばらく風花を見た後、何かを察したように微笑むと、風花のそばまで来る。


 「それなら、私達も彩葉さんと一緒に夕食を作りましょう」


 「わ、私もッ!?」


 「ええ、それなら問題ないんじゃないですか?」


 柚葉が風花に小声で耳打ちする。風花は少し悩んだ末、少し口をとんがらせて「そういうことなら……」と答えるが、潜めた声であったため、シンの耳に入ることはなかった。


 そういうわけで、シンの家にあるもので夕食を作り始めた女子三人。料理をする中で、それぞれの複雑な乙女心が交錯しているのだが、それはまた別の話である────



 女子三人が料理を作り始めて三十分強が経過した────


 リビングのソファーで、適当にテレビを眺めていたシンのもとに、良い香りが漂ってくる。


 「先輩、出来ましたよ!」


 そんな彩葉の声に振り向いたシン。テーブルを見てみると、そこには三人が作った料理が、お皿に綺麗に盛られて並べられていた。


 「おお……旨そう……」


 シンは席につきながら、目を輝かせる。


 「ほっぺた落とさないでよね」


 美味しく作れた自信があるのか、風花はどや顔でシンを見ている。


 「お口に合うと良いですけど」


 ふふっと笑いながらそう言う柚葉も、言葉とは裏腹に、それなりに味の自信はあるようだ。


 「んじゃ、いただきます」


 シンは箸を取り、目の前のお皿に盛られた料理に手を伸ばす。


 鶏肉の香草焼きといったところか──温かな湯気と共に薫り立つスパイスの良い匂いがシンの鼻腔をくすぐる。


 シンは一口サイズにカットされた鶏肉を口内へ運ぶ。


 「んんッ!?」


 (これはっ……!?)


 表面はカリッと、中はプリプリとした鶏肉を噛むと、ジューシーな油が溶け出すがくどくない。そして、香草の食欲をそそる風味が、鼻の奥から溢れてくるようだ。


 「ど、どうでしょうか……先輩?」


 どこか不安げに彩葉がシンに尋ねる。


 (これは彩葉が作ったのか……)


シンはしっかりと噛み締めた鶏肉を喉に流すと、首を一回縦に振った。


 「めっちゃ旨い! 彩葉スゴいな……俺、こんなに美味しく作れないぞ!?」


 「ほ、ホントですかッ!? 良かったぁ……」


 シンの言葉に、瞳を燦爛と輝かせた後、ほっと胸を撫で下ろす彩葉。


 その様子に、居ても立ってもいられなくなった風花が、一つの料理に指差す。


 「ね、ねえシンッ!? これは?」


 「ん、これはお前が作ったのか?」


 「ええ!」


 「どれどれ……」


 シンは風花が指差した皿に箸を向ける。そこに乗っているのは、一見色とりどりの野菜が切って盛られただけのサラダ。しかし、風花はそんなものを作って満足するような性格ではない。


 シンはサラダを取り皿に乗せると、五つの小瓶に手を伸ばす。


 中に入っているのは────


 「ドレッシングを作ったのか……それも取り置き出来る量を」


 「ええ」


 シンはその内一つのドレッシングを掛け、サラダを口に持っていく。


 (おぉ……)


 しゃきしゃきと歯切れの良い音を立てる野菜。そして、その味を引き立てるかのように、ドレッシングが良い働きをしている。材料は何だろう……リンゴに玉ねぎ、色からしてニンジン……短時間でよくここまでのものを作り上げたと称賛されるべきものだった。


 「風花……お前、見掛けによらず繊細な味わいを作り出すな……」


 「そ、それは誉めてるのかしら……それとも私を貶してるのかしら?」


 「あはは……だが、本当に旨い!」


 「……そ、そう。それなら良いんだけれど……」


 風花はそう言って、プイッとそっぽを向いた。


 「じゃあこのスープは……」


 「はい、私が作りました!」


 そう答えるのは柚葉だ。


 シンは箸からスプーンに持ち変えると、カップの中にスプーンを沈め、クリーム色のスープを掬う。


 (女子って皆料理上手なんだろうか……)


 シンはそんなことをふと思いながら、スプーンを口の中へ。


 すると────


 バチィ──ッ!


 シンの目が見開かれる。


 突如口から脳天を穿つように走った電流。口内を暴れ回るスープ(?)が狂ったハーモニーを奏で、シンの味覚をズタズタに引き裂き、やがて麻痺させる。


 その不可解な出来事に、思わずスプーンを口に加えたまま硬直するシン。


 「あ、あの……どうですか?」


 実に可愛らしく首を傾げて聞いてくる柚葉。シンの感想が気になっているようだ。


 (な、何なんだ……この液体スープは……?)


 シンは半ば放心状態で、今自分の身体に何が起こったのかを何とか把握しようとする。


 そして出た答えは────


 「ど、どうしましたかッ!?」


 「先輩ッ!?」


 「ちょ、ちょっとッ!?」


 シンの目尻から、一筋の涙が頬を伝う。


 「こ、これは……」


 「「「これは……?」」」


 女子三人が固唾を飲んで見守る中、シンは心の中で絶叫。


 (マズイとか言うレベルじゃねぇーぞぉおおおおおーーッ!? 何? 冷蔵庫の中に塩酸か硫酸でも入れてたか!?)


 「しょ、昇天しそう……」


 何か悟りを開いたような顔で、シンは心からの言葉を口にする。


 それを誉め言葉と受け取った柚葉は、屈託のない満面の笑みを浮かべていた。


 「さ、流石柚葉さん……」


 「悔しいけど、柚葉の勝ちみたいね……」


 シンの内心も知らず、彩葉と風花は感嘆の音を溢していた。


 この後シンは、女子三人を見送った後、何とか保っていた意識も限界を向かえ、明日の探索に向けてぐっすりと……それはもう永眠寸前の深すぎる眠りについたのだった────

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