Episode.27 決意

 季節は春へと近づき、シン達は学年が一つ上がる頃。


 今の学年での最後の終業式が終わり、少しさびしく、また、来年は誰と同じクラスになるだろうか。


 ほとんどの生徒がそんな気持ちを抱いている。


 しかし─────


 「はぁあああああッ!」


 「やぁあああああッ!」


 「援護しますッ!」


 この三人は相変わらず迷宮ダンジョンに潜っていた。


 上下左右、岩と植物の根のようなもので覆われたドーム状の空間。入り組んだ道がどこまでも続く、そんな地形。


 ここは、Aクラス迷宮ダンジョン───シンと風花が前に、共闘してハイクリスタルタートルを討伐した場所だ。


 Lv.4にレベルアップした彩葉は、新たな魔法も習得し、Aクラスモンスター相手にも引けを取らなくなっていた。


 そして、他中学の生徒であるにも関わらず、シン達迷宮ダンジョン探索部の活動にも、割りと頻繁に参加する風花は、勿論今もパーティーを組んでいる。


 「彩葉、五秒後にぶっぱなせッ!」


 「りょ、了解です!」


 「風花、行くぞッ!」


 「分かったわッ!」


 そんなシンの掛け合いのもと、シンと風花が前衛でモンスターを押さえる。そして、しっかり五秒。シンと風花は横っ飛びでモンスターの前から離れる。


 そこに─────


 「ルクス・リディジェンス!!」


 彩葉の眼前に展開された大きな魔法陣から、光の集束エネルギー砲が放たれる。極太のレーザーとなったそれは、モンスターを飲み込み、やがて消し去る。


 跡には、中くらいの結晶が落ちていた。


 「結構集まったな……。今日はここら辺で切り上げるか?」


 「そうですね」


 「じゃ、迷宮統括協会ギルドに換金しに行きましょ」


 探索を終えたシン、彩葉、風花の三人は、迷宮ダンジョンを出て、つぼみが芽吹き始めだした街路樹の植えられている道を通り、迷宮統括協会ギルドへ向かった。



 「いやぁ、初めの頃に比べると、だいぶかせげるようになったな……」


 「懐かしいですね」


 「私も初めの頃は小銭稼ぎにしかなってなかったわ……」


 「ちなみに風花お嬢様? 貴女にとって小銭とはいくらまででございますか?」


 「ん? 一万──って、お嬢様やめろッ!」


 「もう先輩、あんまりからかっちゃダメですよ?」


 そんなとりとめのない話をしていると、後ろの方から声が掛かる。


 「市ヶ谷さーん!」


 声の主はシンのアドバイザー───柚葉だ。柚葉はシンの元へ駆けてくる。


 「おお、柚葉。どうしたんだ?」


 「えっと、ギルド長が市ヶ谷さんを連れて来いって……」


 「ギルド長が……?」


 シンの脳裏に思い起こされる、ギルド長と初めて会った日のこと。


 『私は、君に期待しているのだよ──迷宮ダンジョンの謎を解き明かす……そう期待している』


 (まーた意味不明なことを言われるんかねぇ……)


 「分かった、行こう」


 「先輩、私も行きます!」


 「ま、パーティーだしね」


 そういうわけで、柚葉に連れられて、シンは彩葉や風花と共に、迷宮統括協会ギルド本部最上階───ギルド長室に来たのだった。


 「久し振りだね……まあ、掛けたまえ。」


 「失礼します」


 シン達四人は、ギルド長に促されるまま、横並びでソファーに腰を下ろした。ギルド長はその真向かいに腰を下ろす。


 静寂せいじゃくと共に、少し緊張した空気がただう。


 「君を呼んだ理由だが……単刀直入に言おう」


 ギルド長がしっかりとシンを見据える。シンも視線をしっかりととらえる。


 そして────


 「君のご両親が行方不明になった迷宮ダンジョンが分かった」


 「──ッ!?」


 シンは驚愕のあまり、目を見開く。横に座る彩葉、風花、柚葉も同じような反応をしている。


 その後ギルド長は、その迷宮ダンジョンについて詳しく語り始めた。


 しばらくして─────


 「そうですか……」


 話を聞いたシンは、拳を膝の上で固く握り締め、うつむいていた。


 彩葉達は、そんなシンに何とも声を掛けられず、複雑な気持ちで見ていた。


 「君はどうするんだね?」


 ギルド長はそんなシンに尋ねる。


 「行くのかね? その迷宮ダンジョンへ」


 「……」


 シンは俯いたままだ。


 この部屋に沈黙が流れる。呼吸をする音が聞こえるような───そんな沈黙が。


 しばらくすると、俯いていたシンが顔を上げる。


 「俺の目的ですから」


 その顔は、意外にも笑っていた。そして、その瞳にはどこか覚悟と決意が感じられる。


 「でも、それは今じゃない。父さんと母さんはまだ生きてる……そんな気がする。この四年間生きてこられてるんだ、そう簡単に死んだりしない。時間は少ないかもしれないけど、ないわけじゃない」


 シンは、語りながらゆっくりと腰を上げる。


 「勿論行きますよ、Sクラス迷宮ダンジョン。でも、そのときの俺はもっと強い……強くないといけない」


 「先輩……」


 「シン……」


 「市ヶ谷さん……」


 そしてシンは一呼吸置いて、目の前で拳を突き出して見せる。


 「もっと探索して、もっとスキル上げて、もっと強くなって───近いうちに、俺は……最強になるッ!」


 にっと笑って見せるシン。皆が一瞬呆けるが、すぐに同じことを心の中で思うのだった。


 “市ヶ谷シンなら、やってくれる”と─────



 日は完全に落ち、空は星々で彩られ、街灯や建物の明かりが道を照らす。


 ギルド長室を後にした四人は、なぜかある公園に来ていた。


 その公園の中心に設置された噴水。今は水が止められており、ただ溜まっているだけ。その波紋一つない水面に、夜空の星が映っている。


 そして、四人はその噴水の前に立っていた。


 しばらく特に何も話すことなく、ただ立って空を見上げる。心地のよい静寂が、皆を包み込む。


 「あの……先輩ッ!」


 胸の前で両手を握り締めた彩葉が、何かを決意したかのようにシンの方へ向く。


 「ん?」


 「その……私はまだ弱いし、先輩にモンスターの注意を引き付けてもらってないと戦えないですが……すぐに強くなりますッ! だ、だから──ッ!」


 彩葉はシンの片手を両手で握り締める。


 「先輩がご両親を連れ戻しに行くときは、私も連れていってくださいッ!」


 「彩葉……」


 「もう、彩葉ったら……勿論私も行くわよ」


 「私もアドバイザーとして、仲間として、全力でサポートさせていただきますッ!」


 「みんな……」


 シンは、順番に三人の姿を見た後、ふっと笑う。


 「先輩……?」


 シンは、片手を彩葉の頭の上にポンと置く。


 「皆……ありがとな。ああ言ったものの、どっかで俺一人じゃ無理だと思ってたんだ……」


 風花と柚葉が、シンの手を握る彩葉の隣に来て、シンの前に並んで立つ。


 「俺に力を貸してくれるか?」


 「先輩!」


 「勿論よ!」


 「はい!」


 ─────この夜の約束が、新たな物語をつむいでいくのであった。



 「どうした彩葉、送っていこうか?」


 「……」


 風花と柚葉がそれぞれこの公園を後にし、家に帰った後、彩葉は一向に帰ろうとしなかった。


 「彩葉?」


 ただ、水の出ない噴水の前で立ち、シンに背中を向けている。


 不思議に思ったシンは、そんな彩葉の側へ歩み寄る。


 すると、暗闇でよく見えなかった彩葉の姿が突如照らし出された。夜空に浮かぶ月に掛かっていた雲が退き、噴水に溜まっている水が、その月光を反射したのだ。


 そして、近付いてきたシンの方へ、彩葉が振り向く。


 小麦色の長髪が微風に揺られ、そこから香る良い匂いが、シンの鼻腔をくすぐる。精緻せいちに整った顔に、若干り気味の薄い栗色の瞳。雪をもあざく白い肌は月光を反射し、実に神秘的。


 なびくスカートからうかがえるそのおみ足もしなやかでなまめかしい。


 それらが相俟あいまって、今の彩葉は実に妖艶ようえんで、まるで妖精のよう。


 「先輩……」


 「……」


 「なぜか……先輩がどこか遠くへ行っちゃうような気がして……」


 「それは……どういう……」


 「約束……してください」


 「……」


 「私の前から……いなくならないで下さい……」


 「彩葉……」


 「先輩の目的のためとはいえ……それで先輩がいなくなったりしたら……私は……ッ!」


 「約束するよ、彩葉」


 「……先輩?」


 「俺は、お前の前からいなくなったりしない。絶対に俺の両親を連れて、お前と……お前らと一緒に帰ってこよう!」


 「……」


 彩葉は、そっと片手を前に出してくる。シンはその手を取るように手を出す。


 すると─────


 ぎゅっと彩葉にその手を引っ張られ、前にバランスを崩す。何とか脚で踏ん張り、かがんだ状態で止まる。


 彩葉は低くなったシンの顔に自らの顔を近付け─────


 「えっ……?」


 シンの頬に、温かくて柔らかい何かが軽く押し当てられる。


 シンは状況が理解できないまま、ただただ呆けて固まる。視線をゆっくりと彩葉に持っていく。


 そこには、顔を真っ赤に紅潮させた彩葉が、手で口元を隠すようにして立っている姿が。


 「彩葉……?」


 「先輩ッ! “約束”しましたからね!? 破ったら──」


 彩葉はどこか気恥ずかしそうに上目遣いで。


 「今の……返してもろーけんね?」


 そう言って彩葉は駆け足で帰っていったのだった。


 しばらくシンはその場に固まったままでいた。


 そして、決意を新たにしたシンは、その公園───前に彩葉の誕生日に待ち合わせをした場所を、後にするのであった。



 シン達の新たな探索は、ここから始まる─────

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