Episode.26 シンの誕生日

 ─────はすぐに来た。


 「市ヶ谷君、おめでとう!」


 「市ヶ谷おめー!」


 これは第七中学・高等学校の西校舎一階───高等部一年一組の、ある一風景である。


 シンが登校してくるなり、クラスメイトがシンに祝いの言葉を掛ける。


 そう、今日は一月二十三日───シンの誕生日である。


 「おお、ありがとう!」


 クラスメイトから誕生日プレゼントを受け取るシン。抱えきれない量なので、紙袋を貰い、その中に仕舞っていく。


 昼休みには、学年問わず、クラスメイト以外の生徒からもプレゼントの山を受け取るシン。


 ─────前に学校で晃太と決闘デュエルをした後から、学校内でシンの評価が上がっていて、一部ファンまで出来ていたのだが、レベル戦優勝の知らせがその熱をより一層上昇させ、今やシンは、第七中高一貫校でその名を知らぬ者はいないというくらいに有名人である─────


 シンにプレゼントを贈る生徒の中には当然女子も多くいて───というより女子の比率の方が高いが───シンを見る視線に、どこか熱を帯びている生徒も少なくない。


 放課後シンは、その誕生日プレゼントが詰まった紙袋を持ったまま迷宮ダンジョン探索部の部室へとやってくる。


 「こんにちは先──」


 ─────輩と続く前に、彩葉の視線がシンの手に持っている紙袋に固定させる。


 「ん、これか? なんか誕生日プレゼントをめちゃくちゃ貰っちゃってさ」


 彩葉の視線に気が付いたシンは、パンパンの紙袋を机に置きながら答える。


 「ふーん、良かったですね。先輩最近有名人ですもんね。私もよくクラスのから聞かれますよ。“琴川さんって市ヶ谷先輩と同じ部活なんだよね? 先輩ってどんな人?”とか」


 やたら“女子”というワードを強調して、どこか不機嫌そうに話してくる彩葉。


 「ほえぇー。そんで、何て答えるんだ?」


 「え? “自分で確めたらどうですか?”って答えますよ」


 シンは、さも当然とばかりに答える彩葉に思わず苦笑する。


 「お前……絶対友達いないだろ」


 「べ、別にいいんですッ!」


 (そういえばコイツ、前に“他人とどこか距離を置いてしまう”って言ってたもんな……転校ってそんなもんなのかね……)


 この後、シンと彩葉は迷宮ダンジョンに向かうため、学校を出た。


 シンへの誕生日プレゼントが詰まった紙袋を一旦家に持ち帰るため、二人はシンの家により、今日はその近くのBクラス迷宮ダンジョンへと向かった。


 地形や出現モンスターは違えど、いつも通り連携の取れた戦闘スタイルで、難なくモンスターを狩っていった。


 ある程度結晶が集まると、彩葉が、今日は早めに切り上げたいと言ったので、二人は迷宮統括協会ギルドへと向かい、手に入れた結晶を換金した。


 そして、いつも通りシンは彩葉を送っていこうと歩き始めると。


 「先輩、今から行きたい場所があるんですけど……時間大丈夫ですか?」


 彩葉が少し不安げにシンに尋ねる。


 「んー、特に用事はないし……大丈夫だぞ」


 シンがそう答えると、彩葉はホッと胸をで下ろす。そんな様子を、シンは少し不思議に思ったが、特に追求することなく、彩葉とへと向かって歩いていった。


 「そうだ、“キツネのぬいぐるみ”。あれまだ持ってるか?」


 向かっている途中、シンがふと思い出したかのように尋ねる。


 「勿論です! 私の部屋のベッドにいつも置いています」


 彩葉は可愛らしい笑顔を浮かべて、嬉しそうに答える。


 「そりゃ良かった、実は気に入られてなかったら……とか考えたこともあったんだが──」


 「そ、そんなわけないです! いつも寝るとき抱──」


 「ん? いつも……何て?」


 みるみる彩葉の顔が紅潮する。そして、頭をブンブンと横に振る。


 「い、いえッ!? 何でもなかとですッ!」


 「え、今……なまった?」


 「──ッ!?」


 彩葉は頬を両手で押さえ、そっぽを向く。


 (うぅ……やっぱり油断すると訛りが出るぅ……)


 そんな、焦ると地方の訛りが出てしまう彩葉に連れられて、シンは目的の場所に到着する。


 「え、ここって……風花の……?」


 「さ、入りましょ! 二人とも待ってますよ!」


 「え? ちょちょちょ……!?」


 シンは彩葉に手を引かれ、訳の分からないまま風花の邸宅へと入っていく。


 すると─────


 「「「誕生日おめでとう!!」」」


 クラッカーの音と共に、祝いの言葉が飛んでくる。


 シンは目を丸くしてその場にたたずんでいる。


 目の前には、風花の家の執事や女中さん達が並び、鳴らし終わったクラッカーを手に持って、にこやかにシンを見ている姿が。そして、その中に風花と柚葉もいた。


 「あら? 嬉しさのあまり固まってしまったようね」


 「そのようですね」


 「こ、これは……」


 「実はですね、先輩。前から三人で、先輩の誕生日パーティーを計画していたんです──って、先輩ッ!?」


 彩葉がシンの顔を覗き込むと、その頬には一筋の涙が流れていた。


 「ん? あっ……あれ? やべ……涙が……」


 シンは自分が泣いていることに気付き、袖で涙をぬぐう。その様子に、皆が少し不安になる。


 「い、市ヶ谷さん?」


 「え、えっと……あまり嬉しくなかったかしら……?」


 シンは首を横に振る。そして、呼吸を整えながら話す。


 「まさか……めっちゃ嬉しい……ッ! 親が行方不明になってから……誕生日とか……いつも一人だったから……嬉しくて……」


 皆が温かく微笑む。シンは落ち着くと、顔をあげて屈託のない笑顔を向ける。


 「皆、ありがとなッ!」


 「さあ、パーティーを始めましょう!」


 「そうね。貴方もそうしてないで早く上がりなさい? 今夜の主役は貴方なんだから」


 「行きましょ? 先輩!」


 「ああ!」


 そう言って、シンの誕生日パーティーを始めるのだった。



 「──そういえば風花……お前よく似合ってるな。」


 「えっ……そ、そうかしら?」


 そう、風花はなぜかドレスアップしているのだ。


 紅蓮に燃える炎で染め上げたような赤い長髪は編まれており、その髪を引き立たせるかのような、ミディの黒いドレスを身にまとっている。


 「ふふ、緋村さんはかなり気合いが入ってますよね?」


 「そ、そんなんじゃないからッ!? お母さんが着なさいって言ったからッ!?」


 柚葉の言葉に、風花が慌てたように否定し、釈明しゃくめいする。


 「あらあら、私そんなこと言ったかしら?」


 「ほう、彼が……」


 そんなところに、風花の両親だと思われる紳士と淑女がやってくる。


 「お、お母さん!? お父さん!?」


 そんな風花の驚きを無視して、二人はシンの前までやってくる。


 「ふふふ、貴方がシン君ね?」


 「君のことは娘からいつも聞いているよ」


 「ど、どうも」


 (おぉ……風花の髪はお父さん譲りか……ってか、高貴なオーラがッ!?)


 シンは少し気圧されながら挨拶する。


 「風花ったら、今日のパーティーずっと楽しみにしてて……あんなに気合い入っちゃって」


 「ちょッ!? お母さんッ!?」


 「風花はあの性格だから、学校でも友達は多くなくてね。でも、君と出会ってからは、いつも夕食のときに楽しそうに君のことを──」


 「お、お父さぁああああああああんッ!?」


 遂に聞いていられなくなった風花が、その髪に負けず劣らず耳まで真っ赤にさせて、両親二人を部屋から追い出す。


 「風花をよろしくね~」


 「風花をよろしく頼む」


 そんな言葉を最後に、風花の両親はこの部屋から姿を消した。


 「──べ、別に貴方のためじゃないからッ!? パーティーってこういうものだからッ!? 気合い入ってるとかそんなんじゃないからッ!?」


 「ふふふ、緋村さんは素直じゃないですね」


 「柚葉ぁあああああ──ッ!?」


 風花の絶叫が邸宅中に響き渡った。その声で掻き消されてシンの耳には届かなかったが、シンの隣に立っていた彩葉が─────


 「私も……おめかししてきたら良かったかな……?」


 どこともなくそんなつぶやきをするのだった。



 楽しいパーティーがしばらく続いた。美味しい料理の数々、終いにはケーキが出され、四人で取り分けて食べた。


 そして─────


 「そろそろプレゼントを渡しましょうか!」


 「良いですね!」


 「分かったわ」


 「ん?」


 彩葉、風花、柚葉はそれぞれプレゼントを取り出してシンの前に立つ。


 「では、まず私から。市ヶ谷さん、改めて誕生日おめでとうございます!」


 柚葉が一歩前に出て、ラッピングされた白い袋を手渡す。シンはうながされてその袋を開けると、中には─────


 「ふふ、わたし色のマフラーですよ?」


 「わ、私色って……でもありがとな、大事に使わせてもらうぜ」


 シンは、柚葉いわく私色───クリーム色のマフラーをありがたく受け取る。


 「次は私ね。これ、大したものじゃないけどあげるわ……」


 プイッとそっぽを向きながら片手で小箱を突き出してくる。シンは結んである赤いリボンを解き、箱を開けると────


 「と、時計って……お前……」


 入っていたのは赤色の針が特徴のアナログ腕時計。後になって分かったことだが、これは機械式腕時計と洒落しゃれたものであった。


 「ま、まあ……気に入ったら使ってよね」


 「勿論使わせてもらうぜ! ありがとな!」


 風花は渡し終えると、ふんと鼻を鳴らして下がった。そして、替わるように出てきたのは彩葉である。


 「最後は私ですね。先輩、誕生日おめでとうございます!」


 彩葉はそう言って、ラッピングされたベージュの袋を手渡す。シンは促されるまま、リボンを解き、中身を取り出す。


 「ん? これは……髪ゴム?」


 「は、はい。ずっと何にしようか迷ってて……もっとお洒落なものの方が良いかなとも思ったんですけど……自分で編んで作ってみました……」


 彩葉は若干頬を赤く染め、もじもじしながら言う。シンはしばらくその髪ゴムを眺めて─────


 「先輩?」


 シンは結んである髪を解き、今付けてある髪ゴムをポケットに入れる。そして、彩葉から貰った髪ゴムで、改めて髪をうなじ辺りで結ぶ。


 「どうだ? 似合ってるか?」


 「は、はい! よく似合ってます、先輩!」


 この日から、シンの髪の結び目には、三種類の茶色のゴムで編まれた髪ゴムが見えるようになった─────

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