Episode.23 決勝戦開始!

 日は若干沈みかかり、冬の寒さが身体を冷やす。道行く人も厚着をし、手をさすったりポケットに入れたりしている。


 ファミリーレストランを後にしたシン、彩葉、風花、柚葉は、ある場所へと向かうべく、足を進めていた。


 シンは、明日の決勝の相手───野崎隼人の槍に対抗するために風花から特訓を受けることとなったのだ。


 「ここよ」


 風花がそう言って、目的地の前に立つ。


 着いたのは、探索者がよく戦闘訓練に使う迷宮統括協会ギルド本部の練習場───ではなく、正面に大きな門が立ち、そこから続く長い石畳の道を通った先に、西洋風のレンガ造りで、所々に凝った装飾が施されている三階建ての大きな建物。


 “家”と呼ぶには少々厳しい“邸宅”だ。


 「ここは……何?」


 シンはもはや「どこ?」でも「誰の家?」とも聞けず、「何?」と尋ねてしまった。それほどに衝撃を受けるだったのだ。


 「表札見なさいよ、私の家よ」


 「遂に頭おかしくなったのか、お前? こんな豪邸に住んでる奴ってのは、俺らとは住む世界が違うお坊っちゃまかお嬢様がだな──」


 シンはそう言いながら、その大きな門にある表札を見る。


 “緋村”


 (ああ……やっぱ疲れてるんだな、俺)


 シンはそう思って、一度目を擦って改めて表札を見る。


 “緋村”


 「……は?」


 シンは目をぱちくりさせて、その邸宅と表札と風花を順番に見る。三順くらいしたところで、一つの結論に至った。そして納得したように手をポンと叩く。


 「ああ、なるほど──夢か!」


 「現実よ!」


 風花のキレのあるツッコミが的確にシンに刺さる。その間に表札を見ていた彩葉と柚葉は。


 「せ、先輩! どうやら見間違いでも夢でもないようですよ!?」


 「まさか……緋村さんのお宅がこんなに立派だなんて……」


 そんな二人の言葉に、流石にシンも現実だと受け入れざるを得ない。


 (マジですか……コイツ……とんでもビックリお嬢様じゃねぇーですかッ!?)


 シンは風花を驚愕の色を浮かべて見詰めていた。風花はいつも通りツンとした態度で鼻を鳴らし、門を開く。


 「驚いてないで、さっさと入るわよ」


 「「「はい、お嬢様……」」」


 「いつも通りで良いわよッ!?」


 そういうわけで風花に連れられて、シンと彩葉、柚葉は長い石畳の道を、少しかしこまりながら進んでいった。


 邸宅の中は想像以上に立派であった。玄関で靴を脱ぎ───ここら辺は日本文化か───スリッパに履き替えると、一つの大きな部屋に案内された。


 その部屋には、これまた高価そうな長いテーブル、それを囲うように配置された上質なソファーがあった。


 シン達三人は、風花に促されるまま腰を掛ける。風花も三人の向かいに腰掛ける。


 そこへ女中さんと思われる女性が、ティーセットを持ってきて、紅茶を注ぎ、シン達の前に置く。


 (な、生メイドだ……ッ!?)


 シンはこの家───否、邸宅に来てから驚きっぱなしだ。そんな様子を見ていた風花は呆れたようにため息を吐き、紅茶を一口飲むと、本題に入った。


 「特訓をするならやっぱり決闘デュエルが一番よ」


 「そ、そりゃそうなんだが……なぜにここ?」


 「迷宮統括協会ギルド本部の訓練場を使ったら人目に付く……貴方の手の内をバラさないためよ。」


 「なるほど……」


 「二人はここでくつろいでて良いわよ? さぁシン、行きましょ?」


 「ん、どこに?」


 「庭よ」


 シンは風花に連れられて、裏庭へと出た。


 ここは、邸宅に入ってくるまでの石畳の道から見えた、花壇があったり噴水があったりと華やかな庭ではなく、一面芝生が広がった庭である。しかしその広さは、レベル戦トーナメントで使用したフィールドよりも圧倒的に広かった。


 「さ、早速始めましょ?」


 その風花の一言から、シンの地獄の特訓が始まったのだった。


 何十回もひたすら決闘デュエルを行い、その中で風花が立ち回りを指摘するというものだった。


 そして、流石はLv.7。いかに魔法具で力を底上げして規格外な強さを誇るシンとは言え、あくまでもLv.4。決闘デュエルの結果は悲惨そのもので、一度として勝つことはかなわなかった─────



 ─────そして、そんな特訓を経て、対【槍使い】の立ち回りと、槍の恐ろしさを抱いたシンは、翌日の決勝戦を向かえた。


 「私が直々に仕込んであげたんだから、負けるわけないわ」


 「あの……風花お嬢様? 俺、一度として貴方に勝ててないのですけれ──グハッ!」


 シンは風花の肘を鳩尾みぞおちに喰らい、えずく。


 「せ、先輩なら大丈夫です! 頑張ってください、応援してますから!」


 「緋村さんとの特訓の成果、存分に出していてください」


 「お、おうよ……」


 そんな三人の応援を背に、シンは決勝の舞台───大規模闘技場へと足を踏み入れた。



 そして─────


 『さぁッ! いよいよ冬季レベル戦クラスLv.4決勝戦の開始ですッ!』


 そんな実況アナウンスと共に、円形フィールドを囲うようにある観客席が盛り上がる。勿論その中にシンを応援する彩葉、風花、柚葉の姿もある。


 『東ゲート、野崎隼人【槍使い】ッ! トーナメントをLv.4とは思えない卓越した槍さばきで駆け上がってきた探索者だぁあああああッ!』


 「「「おぉおおおおおおおおッ!」」」


 『そして西ゲート、市ヶ谷シン【魔法具製作師】ッ! 『天上の愚者カイレストス』の異名を轟かせ、前代未聞の戦闘劇を繰り広げてきた探索者だッ! この決勝戦でも新たな驚きを期待しているぞぉおおおおおッ!』


 「「「うぉおおおおおおおおーーーッ!!」」」


 そんな少し私情の入った実況アナウンスと、それに呼応して大熱狂する観客席。その下で、シンと対戦者の野崎隼人が決闘デュエルの開始位置に立つ。


 (バトルロイヤルやった場所だけあって、一対一で戦うにはかなり広いな……)


 シンは開始の合図までの間、この広いフィールドでどうやって戦うか、【槍使い】を相手にどう立ち回るかを考えていた。


 障害物などは一切なく、土地を利用した戦闘は出来ない。この広さでは、射程の長い槍の方が有利。


 シンの頭の中に、戦闘イメージが構築されていく。そして思い出す、風花と特訓した立ち回りを。


 すると、遠い前方から声が掛けられる。対戦相手の野崎隼人だ。


 「『天上の愚者カイレストス』なんて呼ばれていきがれるのは今日で最後だぜ?」


 「別に粋がってないし、自分でそう名乗った覚えもない」


 「はっ、どうだかな。【魔法具製作師むのう】にしちゃよく頑張った方だが、お前はここで負ける。優勝するのは俺だ」


 「【魔法具製作師】を無能にするかどうかはその人次第だ。お前が決めることじゃない」


 「お前は無能の【魔法具製作師】じゃないと?」


 「さぁな。ただ──」


 シンはしっかりと相手を見据えて言い放った。


 「俺は、非戦闘系じゃない……。戦闘系の【魔法具製作師】だ」


 その口元は、無意識に笑っていた。


 両者は探索者バッジをその手に握り締める。


 『両者は探索者能力サーチャーアビリティを起動してくださいッ!』


 「「探索者能力サーチャーアビリティ起動──ッ!」」


 シンの身体にダークグレーのロングコートが纏い、裾をばさりとひるがえす。諸手もろてには白い手袋がめられていて、その甲に複雑怪奇な魔法陣が描かれている。


 対する隼人は、各関節部が金属製の防具で守られているが、全体的に軽い───身体にフィットした装備を身に付けており、その手に鋭く光る切っ先を持つ槍を構えている。


 シンは隼人を油断なく見据え、身体をやや半身に拳闘の構えを取る。


 両者が視線をぶつかり合わせ、決闘デュエル開始の合図を待つ。


 そして─────


 『それでは、第七回冬季レベル戦クラスLv.4決勝戦──』


 一瞬の静寂が闘技場を支配し─────


 『開始──ッ!!』


 ─────決勝戦の幕が切って落とされた。

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