Episode.16 レベル戦に向けて

 ─────冬季レベル戦までの一ヶ月は、とても早かった。


 シンは、学校のある平日は迷宮ダンジョン探索部としてBクラス迷宮ダンジョンに通い、休日は一人ソロでBクラス……時々無茶をして、ソロ推奨レベルLv.6のAクラス迷宮ダンジョンにももぐった。


 なぜそんなに通いつめるかと言うと─────


 「あぁあああああーーッ!? 装備の修繕費やら、回復ポーションやらに金が吸いとられていくぅうううううーーッ!? 生活費がぁあああああッ!?」


 ─────という理由もあるが、一番の理由は、シンの行き付けの装備店───柚葉が紹介してくれた所だが───の強面店主に注文しているの製作のために必要な素材を、シンが迷宮ダンジョンから取ってくるためだ。


 普通にを作るためなら、素材もコストも時間も多く掛からずに済むのだが、シンがやたら細かく注文しているので、強面店主から必要な素材は自分で集めろと言われたのだ。



 ─────そんなこんなで、冬季レベル戦まであと一週間というこの日、休日のためシンはソロでAクラス迷宮ダンジョンに潜っていた。


 複雑な道が続き、上下左右岩肌と木の根のようなものでおおわれている。その光景は、一般に迷宮ダンジョンと聞いて真っ先に思い浮かべるであろう、洞窟内だ。


 そんな中、少し長めの黒髪を一つにくくって出来た小さな尻尾を揺らし、ダークグレーのロングコートを身に纏い、諸手に白い手袋を嵌め、ブーツを履いた少年──シンが、現在進行形で戦闘中である。


 相対するのは、素早く動く中ぐらいの大きさの白いモンスター──『キラーラビット』だ。それが五体。


 壁や天上を足場にし、自慢の脚力を生かしたスピードでシンにおそい掛かる。確かにウサギではあるが可愛さは皆無で、ぐりっとした赤く光る目玉はしっかりとシンの姿をとらえ、異様に長い前足の爪で切り裂いてくる。


 キラーラビットが飛び掛かってくるタイミングに、シンがカウンターを合わせる。魔力を込めSTRが跳ね上げられた左拳が、キラーラビットの切り裂き攻撃の上から被さるように、めり込む。


 バッとその姿を黒い塵に変えたキラーラビット。しかし、まだ四体も残っている。


 シンが一体に対処している間に、別の三体が着実にシンの身体を傷付ける。


 「ちぃ───ッ!?」


 シンの右ストレートが一閃。再び一体のキラーラビットを塵に変える。しかし、やはりその間にシンの身体に新たな切れ込みが入る。


 (Aクラスモンスター……一回一回の攻撃が痛いッ! HPがどんどんけずれていくってのッ!?)


 シンは連携の取れたキラーラビットの猛攻の間隙かんげきを狙い、殴る。間隙を狙い、殴る。殴る。


 「ふぅ……疲れた……」


 取り敢えず全てのキラーラビットを倒し終えたシンは、回復ポーションを飲んでいた。


 (けど……目的の素材がまだ……どうしたもんか……)


 そんな、一息付いていたシンの元に新手のモンスターが現れる。


 「ああもうッ! Aクラスはモンスターの強さだけじゃなくて、数も多いッ!」


 シンはそう毒づきながら、すぐさま身体をやや半身に拳闘の構えを取る。


 (うっわ……ムカデだ……キモッ!?)


 ぞろぞろと数えきらない脚を付けた長いモンスター──『ロックセンチピード』がシンに向かってくる。全長五~六メートルはあるそのモンスターの長い身体は、硬質な岩で覆われており、簡単な打撃などでは効果が薄い。


 シンの右拳の甲の複雑怪奇な魔法陣が浮き出て赤く輝き、高速回転。ボッと赤く燃える炎が灯り、その拳を包み込む。


 「はぁあああああッ!」


 シンがぜるように動き、一条の赤い奇跡を宙に引く。刹那─────


 バァアアアンッ!


 激しい打擲ちょうちゃく音が洞窟内に反響する。


 シンの右ストレートが、迷いなくロックセンチピードの眉間に入っている。が、そんな大切な所は勿論硬質な岩で覆われており─────


 「キョアァアアアアッ!」


 より一層興奮したロックセンチピードがさけびながら、口の鎌を開閉させる。そして─────


 プシューーーーーッ!


 口から毒煙を噴射する。その薄い紫色の気体がシンを包み込む。


 「おほッ! おほッ!」


 思い切りその毒煙を吸い込んだシン。みるみるうちにHPが減っていく。加えて、シンの身体のあちこちから光の粒子が漏れ出る。


 (ちぃ──ッ持続ダメージもあんのかッ!? やべぇッ!?)


 シンは一旦後ろに飛び下がる。左腕で口と鼻を押さえ、なるべく毒煙を吸わないようにする。しかし、Aクラスモンスターがそんな弱った姿を見過ごすわけがなく─────


 「キョアァアアアアッ!」


 物凄い勢いでシンに突撃してくる。口の鎌を大きく開き、シンの身体を情け容赦なく切り裂き─────


 「───ロックセンチピードはこうやって倒すのよッ!」


 シンの後方から、目にも止まらぬ速さで何かが飛んでくる。そしては、シンと、突撃してきていたロックセンチピードの中間に突き刺さる。


 (や、槍ッ!?)


 そこに突き刺さったのは、人の背丈を越える一本の美しい金色の槍だった。その槍は淡く輝き、金色の燐光りんこうらしている。


 そして、シンとロックセンチピードの双方がその状況に硬直する中、シンの横を通り抜けて、素早く突き立てられた槍を引き抜き、ロックセンチピードに向かっていく少女が─────


 「やあッ!」


 その少女が上段回し蹴りをロックセンチピードの頭部に放つ。しかし、その固い岩に守られた身体にはほぼノーダメージ。ただ、軽くり返っただけ─────


 だが、それが狙い。


 わずかに反り返ったことであらわになったロックセンチピードの下面。少女は透かさずそこに金色の槍を突き立てる。


 刹那、槍の刃の部分から深紅の炎が噴き出す。その炎はロックセンチピードの下面から頭部を貫き、一瞬にして絶命させる。その証拠に、ロックセンチピードは黒い塵と化し、四散した。


 倒した後、一つ息を吐いたその少女は、槍を地面に突き立てて、その燃えるように赤い長髪をさっと手で払う。そして、シンの方へと振り返る。


 硬く精緻せいちに整った目鼻立ち、紫炎色のその瞳は真っ直ぐとシンを見据えている。その仕草やたたずまいから、誇り高く勝ち気な雰囲気を匂い立たせているその少女は─────


 「ふ、風花ッ!?」


 「久し振りね、シン」


 風花は手慣れた動作で槍を背負い、シンの近くに寄ってくる。そして─────


 「貴方ねッ! 少し前にあんなことがあったのに、もうAクラス迷宮ダンジョンなんかに潜ってるのッ!?」


 ビシッと指を突き立てられたシンは、苦笑いを浮かべる。


 「あはは……。大丈夫だって……ちゃんと安全確認してやってるし……」


 そんな、どこかで聞いたことのある台詞を返すシン。すると風花は、呆れたようにため息を付き、手を腰に当てる。


 「あのねぇ……今さっき私が助けなかったらやばかったんじゃなくて?」


 「そ、そんなことないってッ!? いざとなったら、上位魔力性質変化使うし……?」


 「連発できないでしょッ! 下手したらまた貴方の腕が吹っ飛ぶわよッ!?」


 「うっ……すんません……」


 シンの感情を正確に表した髪の毛の尻尾が垂れ下がる。


 「これ飲んで。貴方、まだ毒の持続ダメージが続いているから早く解毒しないとHPがなくなるわよ」


 「あ、ありがとう……」


 なぜかそっぽを向きながら解毒ポーションの小瓶を付き出してくる風花。シンはその様子を不思議に思いながら受け取って、ありがたく飲んだ。


 (苦い……)

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