Episode.15 新入部員

 ─────シンがミノタウロスナイトを討伐した翌日、迷宮統括協会ギルド本部でのこと。


 「おい……見たかよ」


 「見た見た、嘘だろ……」


 探索者が多く利用する一階に設置されてある掲示板の前に、人集りが出来ている。


 その掲示板にはこう書かれていた─────


 “Lv.3【魔法具製作師】が、Bクラス迷宮ダンジョンに現れた第三級Sクラスモンスター『ミノタウロスナイト』を討伐。それによって、Lv.4へ歴代最速レベルアップ”


 「【魔法具製作師】がどうやって戦うんだよ……」


 「知るかよ……」


 「でも、どんな奴なんだろうな……そいつ……」



 ─────第七中学・高等学校の西校舎。高等部一年一組。


 「くしゅんッ!」


 シンがくしゃみをする。


 (だいぶ寒くなってきたからな……)


 登校するときにマフラーや手袋をして来る生徒もちらほらと見られるようになっている。窓から外を見れば、学校に植えられている木々の葉が、落ちていっているのが分かる。


 いつものように一人の休み時間を過ごして─────


 「───それでね、私の友達の探索者がね───」


 「あはは! そんなこともあるんだ!」


 「俺も探索者になってみようかなぁ!」


 「止めとけ止めとけ、死ぬぞ~」


 窓際のシンの机の周りには、男女それぞれ数人のクラスメイトが集まって、楽しそうにお喋りをしている。


 「シン君もそんなことある?」


 「ん? いや、どうだろうな」


 実は、晃太との決闘デュエル以降、シンの学校内での株が上昇し、一部の生徒からは絶賛な人気をほこっている。クラス内でも、いつの間にかシンの周りには人が集まるようになっている。


 そんな所へ─────


 「あの、市ヶ谷シンさんはいますか?」


 一組の扉の側に、柔らかな長いクリーム色の髪を、耳の後ろあたりで緩く二つに結んだ少女───柚葉が立っていた。


 「市ヶ谷くーん、三組の迎ちゃんが呼んでるよー。」


 「三組……迎……?」


 シンは一瞬、どうして関わりのない人が自分を呼んでいるのだろうと疑問に思う。しかし、扉の方へ視線を向けると、その疑問は一瞬で晴れ、代わりに驚きがやってくる。


 「えッ!? どうして君がここにッ!?」


 シンは勢いよく席を立ち、椅子が後ろに倒れる。


 「ど、どうしてと言われましても……私この学校の生徒ですよ?」


 「マジか……知らなかった……で、何か用?」


 シンは柚葉が立っている扉の所まで来る。


 「はい。えっと……市ヶ谷さんは今回の『レベル戦』には参加されるのかどうかが気になって。」


 「レベル戦? ああ……」



 ─────探索者のLv.4までのレベルアップ条件は、規定のスキルポイントを集めることだったが、Lv.5からは年に四回行われる迷宮統括協会ギルド主催の『レベル戦』と呼ばれるレベル別のトーナメントを勝ち上がらなくてはならないのだ─────



 「そうだなぁ……参加しようかな?」


 「分かりました。では、アドバイザーとして今回の冬季レベル戦の情報を集めておきますね」


 「ほえぇ……アドバイザーって、そんなこともしてくれるのか」


 「はい! 市ヶ谷さんの助けになることでしたら何でもしますよ?」


 屈託のない可愛らしい笑顔を浮かべて言う柚葉。シンは、少しドキッとしてしまった。


 (ってか、彩葉と言い柚葉と言い……俺の周りの女子ってちょっとレベル高くね? 何か……釣り合わない自分が悲しくなってくるぞ……)


 そんなことを思い、複雑な気持ちになるシン。そろそろ休み時間が終わるので、一度柚葉と別れる。放課後、迷宮ダンジョン探索部に顔を出すと言っていた。



 ─────そして放課後。


 「失礼します」


 北校舎三階───迷宮ダンジョン探索部室に柚葉がやって来る。


 「おー来た来た」


 「まさか、先輩のアドバイザーさんが同じ学校とは思いませんでしたよ」


 シンと彩葉はいつも通り対面になるように席についていた。そして、シンが座るように促す。柚葉は「失礼します。」と一言言って、シンの隣に座ろうと─────


 「───私の隣に座りませんかッ!?」


 「え? あ、はい」


 なぜか彩葉が少し焦ったような様子で、柚葉を自分の席の隣に座らせる。そんな行動に、特にシンは疑問などを持ったりはしなかった。


 そういうわけで、席の配置はシンの対面が彩葉、その隣───シンのはす向かいが柚葉ということになった。


 そしてこの後、柚葉の自己紹介……ではないが、それに近いような話をした。


 柚葉は探索者としてではなく、迷宮統括協会ギルドのアドバイザーとして働いているらしい。しかし、今までは研修生として働いていて、実際に探索者にアドバイザーとして付いたのは、今回が初めてらしい。


 加えて、迷宮ダンジョン探索部にも入部した。基本迷宮統括協会ギルドの仕事が優先だが、空いているときは、アドバイザーの力を生かし、部に様々な情報を教えてくれるそうだ。


 「───というわけで、これからよろしくお願いします!」


 「こちらこそ」


 「お願いします!」


 三人がペコリと頭を下げる。


 「ところで……君のことは何て呼べば良いんだろう?」


 シンが柚葉に尋ねる。


 「別に何でも構いませんが……一応同級生ですし、呼び捨てで構いませんよ?」


 「そうか? じゃあ……柚葉?」


 「はい!」


 (どうしてこの人のときは、いきなり下の名前で呼んでるんですか、先輩ッ!?)


 彩葉はそんなやり取りを、少しモヤモヤとした心地でながめていた。



 ─────しばらくして。


 シンと彩葉、そして今日は仕事が休みの柚葉と共に、装備の修繕を頼んだくだんの装備店に来た。


 「装備の修繕は終わったよ」


 相変わらず強面こわもてで、野太い声の男性店主から装備を受け取るシンと彩葉。


 たった一日で仕事をこなしたのもさることながら、その完成度がとても良い。


 シンと彩葉は受け取った装備を確認して、とても満足していた。


 「ところで坊主……お前『天上の愚者カイレストス』だろ?」


 「……は?」


 少しひそめた声で、強面店主がシンに尋ねる。しかしシンは、坊主呼ばわりされたこともそうだが、その後に続く聞き覚えのない言葉に、はてなマークを浮かべる。


 「カイ───何だって?」


 「『天上の愚者カイレストス』だ。第三級Sクラスモンスター『ミノタウロスナイト』を討伐したLv.3の【魔法具製作師】……お前だろ?」


 「あ、ああ……」


 「一部の探索者の間で、お前は『天上の愚者カイレストス』って呼び名で有名になってんだよ」


 「何でまた……」


 「そりゃ決まってんだろッ!? 前代未聞の討伐劇に加えて、歴代最速レベルアップだぞッ!? 有名になるには充分すぎるぜ」


 「れ、歴代最速なのかッ!? 俺がッ!?」


 「知らなかったのかよ……坊主のことだろうが……」


 強面店主があきれたようにため息を付く。


 「凄いです、先輩!」


 「市ヶ谷さんのアドバイザーが私なんかで良いんでしょうか……」


 彩葉と柚葉もそれぞれの反応をする。


 「そうだ、……いつぐらいに完成しそうだ?」


 シンは声を潜めて強面店主に尋ねる。そして、この店の雰囲気に流されたのか、いつの間にかタメ口になっている。


 「坊主が細かい注文してくるから結構手間取ってるよ……。そうだなぁ……一ヶ月は掛かるな。」


 「一ヶ月か……。分かった、楽しみにしてるよ。」


 「おうよ」


 彩葉と柚葉は、シンが何のことを話しているのか分からず、お互い顔を見合わせて首をかしげていた。



 ─────装備店を後にした三人は、迷宮統括協会ギルド本部に向かっていた。シンの冬季レベル戦参加登録をするためだ。


 到着し、中に入ると─────


 「何じゃこりゃッ!?」


 シンが掲示板に張り付く。


 「なるほど……先輩のうわさはここから広まったのかもしれませんね」


 「でも、どこにも『天上の愚者カイレストス』とは書かれていません……。この二つ名は、センスあるどこかの誰かさんが勝手に言って広まったのかもですね」


 「センスある……?」


 「私はかっこいいと思いますよ? 先輩にピッタリじゃないですか」


 「私も結構良いと思います」


 「そうかなぁ……」


 シンは複雑な気持ちを抱えて、ギルドカウンターに来た。


 「冬季レベル戦の参加登録をお願いします」


 「かしこまりました。ではこちらに───」


 カウンター受付の職員に言われた通り、シンは登録手続きを行った。


 「───これで完了となります。ご活躍を期待しております」



 ─────シンの冬季レベル戦の参加登録を済ませ、用事を終えた三人は、帰路に就いていた。


 柚葉の家は、いつもシンと彩葉が帰る道の途中にあるので、シンは二人を送っていくように帰った。


 (さて、レベル戦まであと一ヶ月か……、それまでに出来るかな……)

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