Episode.13 生産職の身で迷宮に挑む“愚者”。されど、それを極め“天上”に達した者。

 「殺りきれなかった……ッ!?」


 シンは、消し飛んだ左腕の付け根かられ出る光の粒子を、右手で押さえた状態で硬直する。


 「グルゥウウウ……」


 大剣を砕かれ、右角を斬られたミノタウロスナイトがいかにも不機嫌そうにうなる。怒りに満ちた赤い目で、シンを見下ろす。


 (腕が無くなったことで、HPが持続的に減っていく……ッ! 回復ポーション買っとけばよかったッ!)


 シンは今更ながらに後悔する。


 (終わった……)


 HPが0になれば、エーテル体を維持できずに素の身体に戻る。そして、こんなところでそんな状態になれば、探索者としての能力を使えないシンは、目の前のミノタウロスナイトに瞬殺されるだろう。


 万一、この場を脱したとしても迷宮ダンジョンの出口までは遠い。その間にいるBクラスモンスターに殺られるのが落ちだろう。


 「どっちにしろ……死ぬってか……」


 「ブモォオオオオオオオオッ!!」


 ミノタウロスナイトが砕けた大剣を振り上げる。そして─────


 グシャッ!


 「は……?」


 「ブモォオオオオオッ!」


 ミノタウロスナイトが悲鳴を上げる。その左目には光の矢が突き刺さり、血が垂れていた。


 「───先輩ッ!」


 「彩葉……?」


 シンのかなり後方───地面が盛り上がった高所に、いつも通りの赤紫色の長いローブを身にまとった彩葉が、木製の長杖をかかげて立っていた。


 「先輩ッ! 私はちゃんと逃げましたからねッ!? でも、【魔法師】Lv.2の私は、一人だったらBクラスモンスターを相手にするのも一苦労なので、どうしても先輩の力が必要なんですッ!」


 「彩葉……何言って───」


 「───だからッ! さっさとそいつ片付けて、ちゃんと前衛の仕事をしてくださいッ!」


 そんな取って付けたような理由を言い放つ彩葉。しかし、それがシンには、なぜかとても響いた。


 (ったく……馬鹿な奴だな……彩葉は……)


 シンの口元がほころぶ。絶望しかなかったこの状況でも、なぜか諦めきれなくなる。


 「しゃあねぇーなッ! 一撃で仕留めるッ! 彩葉、援護任せたぞッ!?」


 「はいッ!!」


 そう言ってシンは、改めて拳闘の構えを取る。左腕はないが、そのハンデを感じさせないたたずまい。


 「さぁ……最終ラウンドといこうかッ!」


 シンが地を強く蹴り出す。瞬間的に跳ね上げられたAGIによって、瞬時にミノタウロスナイトの背後に回り込む。


 しかし、流石は第三級Sクラスモンスター。その姿をしっかりと追っていたミノタウロスナイトは、砕けた大剣を振り返りながら振り払う。


 だが、今は二人─────


 「ルクス・サジータッ!」


 遠く離れた高所から放たれた光の矢が、一条の軌跡を描きながらミノタウロスナイトの左膝裏を狙撃する。


 踏ん張っていた左脚に力が入らなくなり、バランスを崩すミノタウロスナイト。そして、その隙を逃すシンではない。


 シンの右手の甲の魔法陣が浮き出て、青紫色に激しく輝き高速回転する。辺りに鳴り響く高周波。耳をつんざくその音と共に発生した紫電がその手に纏う。


 「終わりだぁああああああああッ!!」


 「ブモォオオオオオオオオッ!!」


 (───先輩ッ!)


 恐らく最後の一撃になるであろうその光景を、胸の前で手を組み、祈るようにして見守る彩葉。


 その思いも重なってか、晃太との決闘デュエルのときよりも一層目映い閃光を放つ。


 そして─────


 「貫くものブリューナク───ッ!!」


 残り一本となったその手から放たれる、渾身の貫手ぬきて


 刹那、景色が白熱する。


 万物を貫くその名を与えられたシンの貫手が、ミノタウロスナイトの左胸───心臓部に突き刺さる。その手に纏った紫電がそのまま駆け抜け、身体を貫く。


 魔力の残紫がパチパチと射線上で弾け、小さなスパークを生む。


 「グルゥウウウ……」


 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ミノタウロスナイトの口から血が垂れる。そして、その赤い相貌がシンを見据える。だが、先程までの殺意の籠った色ではなく、自分を倒したことを誉め称えるかのような───そんな色をしていた。


 ゆっくりと目蓋を閉じるミノタウロスナイト。そして、手足の末端から黒い塵となっていく。風に吹かれ飛ばされていく塵。


 シンはその様子を立ち尽くして静かに見ていた。


 跡には、大きな赤黒い結晶とミノタウロスナイトの大きく太い立派な角───ドロップアイテムが落ちていた。


 「先輩ッ!」


 「サンキューな、彩葉」


 彩葉がシンの元に駆け付ける。


 「そうだ……HPがなくなる前に、結晶を拾い集めなきゃなぁ……」


 「何言ってるんですか、駄目ですよ! この大きな結晶とドロップアイテムだけ持って、今すぐ帰りましょう!」


 「ええッ!? コレいくらになると思ってんだッ!? このまま置いてけって───」


 「───その必要はないわ」


 シンと彩葉の元に、五人組のパーティーがやってくる。皆それぞれ、かなり高価と思われる装備を身に付け、いかにも強そうな雰囲気を放っていた。


 そしてその中の一人の、槍を背負い、燃えるような長い赤髪をした少女が声を掛けてくる。どこか誇り高く勝ち気な印象を放っている───そんな少女だ。


 「えっと……貴女達は一体……」


 彩葉が少し気圧されながら尋ねる。すると、その少女がポーチから小瓶を二つ取り出して、シンと彩葉に渡す。


 「これ、回復ポーションね」


 そして、手でその長髪をバサッと払って答える。


 「私は緋村ひむら風花ふうか。そして私達は、貴方達を助けに来たのよ」


 この後、シンと彩葉はこの少女───風花から、詳しい説明を聞いた。


 何でも、モンスタートレインしていた例の四人組パーティーが、あわてて迷宮統括協会ギルド本部に駆け込み、ミノタウロスナイトが現れたと報告したらしい。そして、シンと彩葉が襲われているかもしれないとも。


 (なるほど。あのモンスターの大群は、四人組パーティがミノタウロスナイトから逃げるときに一緒に連れてきてしまったのか……)


 シンと彩葉は、風花から貰った回復ポーションを飲みHPを回復させ、身体に無数に付いた傷をいやした。シンに至っては、消し飛んだはずの左腕が再生するという、大変不気味な現象を体験した。


 その後、風花を始めとして、助けに来てくれた探索者達にも協力してもらい、森に散らばった結晶を全て拾い集めた。


 「というか……何で貴方みたいな探索者がBクラスなんかに潜ってるの?」


 シンと彩葉も同行し、七人パーティーとなった団体で迷宮ダンジョンの出口へと向かっていた。その途中、歩きながら不思議そうな顔をして、風花がシンに尋ねる。


 「高レベル? 俺はLv.3だぞ?」


 「はい? 貴方何を言っているの?」


 「いや、それはこっちの台詞なんだが……」


 「なるほどね、自分のレベルを知りたかったら、私のレベルも教えろってことね?」


 「いや、全く違う……」


 「良いわ、教えてあげる。私は見ての通り【槍使い】で、Lv.7よ」


 「Lv.7ッ!? す、凄いな……」


 「さ、貴方は?」


 「いや、だからLv.3って言ったろ」


 「あのね、私も教えたんだから教えなさいよッ!」


 「本当だってッ! なんなら迷宮統括協会ギルドで俺のステータス見せてやろうかッ!?」


 「ええ勿論よッ! さ、早く行きましょッ!」


 そんなシンと風花のやり取りを、彩葉は苦笑いを浮かべて見ていたのだった。



 ─────迷宮統括協会ギルド本部。


 「嘘……ッ!?」


 「ほら、言ったろ? ってか、レベルアップ来たぁあああああッ!」


 無事迷宮ダンジョンから帰還したシンと彩葉、そして助けに来てくれた風花は、シンのステータスが映し出されたステータス更新機の前にいた。


 レベルアップに喜ぶシンと、シンがLv.3だと知って目を丸くする風花。その隣で彩葉が、シンのレベルアップにパチパチと拍手をしている。



 ─────呑気のんきに喜ぶシンと彩葉。しかし、今二人は気が付いていない。Lv.3の身で、第三級Sクラスモンスターを撃破したという事実の重大性に。


 そして、ここから始まる。


 迷宮統括協会ギルドを始め、多くの探索者がシンをこう呼ぶようになるのだ─────


 生産職の身で迷宮ダンジョンに挑む“愚者”。されど、それを極め“天上”に達した者。


 それらの意味のラテン語を混ぜて作られた、シンの二つ名。


 ─────『天上の愚者カイレストス』と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る