Episode.12 終わらない危機

 ─────シンが左手をかかげる。


 すると、その甲の部分に描かれた複雑奇怪な魔法陣が浮き出て、目映い緑色の輝きを放ち、高速回転する。大気がうなり、シンのその手に風がつどう。


 ビュゴォオオオーー!!


 巻き上げられた落ち葉や土埃が宙を舞う。肌に感じる空気の流れが、徐々に強くなっていく。


 「先輩……?」


 「まあ、見てろって」


 シンのコートが、彩葉のローブとスカートがはためく。目前に見える焼ける森の中から、モンスターの大群が二人を目掛けて駆けてくる。


 「【リビレラリータ】魔力性質変化:風 上位『嵐』───」


 シンが左手を目前に向ける。そして─────


 「神嵐の剣フラガラッハ───ッ!!」


 集束した莫大な大気が、一気に放たれる。圧縮されたその大気は、射線上の地面を切り裂くと同時に、巻き起こした暴風で辺り一帯を吹き飛ばす。


 森に吹き込む暴風が、より一層火の手を強める。風に流される炎が、モンスターを森ごと焼き尽くしてゆく。


 後に残ったのは、射線上が焦土と化した森の土肌と、風の切れ込みが入った、へし折れた木々の幹だった。


 シンの左手から、魔力の残滓ざんしの紫電が、パチパチと弾ける。そして、その腕は『神嵐の剣フラガラッハ』の反動でかなりのダメージを負っていた。その証拠に、エーテル体の腕に小さなヒビが入り、そこから淡い光の粒子が漏れ出ている。


 「せ、先輩……腕が……」


 「あ、ああ……実は晃太との決闘デュエルのときもそうだったんだが、こうやって上位の魔力性質変化を使った技は、反動がでかくてな……」


 シンが、その左手を握ったり開いたりしながら具合を確かめる。


 「それにしても……あの大群を一瞬で……」


 彩葉が驚愕きょうがくの色を浮かべながら、その光景をながめる。


 死屍累々となっているモンスターが、次から次へとその身体を黒い塵に変えて四散していく。そして、その塵は風に乗ってどこかへと飛ばされていく。


 「しかしまぁ……たんまり稼げそうだなッ!?」


 「先輩……こんなときに何言ってるんですか……まあ、確かにそうですけど」


 二人はそう言って笑い合った。その後、森の中に散らばっているであろう結晶を拾い集めるため、ゆっくりと、一部裸になった森へ足を向けた。


 しかし、“一難去ってまた一難”とはこのことを言うのだろう。


 “難”は、これで終わりではなかった─────


 「ブモォオオオオオオオオッ!!」


 突如、森から猛々しい咆哮ほうこうとどろく。その声は地を揺らし、大気を震えさせる。


 「な、何だ……?」


 二人は森に向かわせていた足を止める。その声の主は見えないにも関わらず、二人の額に脂汗がにじむ。


 立ち尽くすシンと彩葉。


 ズシン、ズシンと低い音が二人に近付いてくる。そして、その主が森の奥から焦土となった丸裸の場所に到達し、姿を表す。


 人を優に越える巨体。ガッチリと筋肉が付いた堂々たる体躯たいく。二足歩行するそのモンスターの頭部には、大きく太い立派な角が二本。片手に石製の大剣が握られており、赤黒い短い毛を生やしたそのモンスターは─────


 「───ミノタウロス……ナイト……ッ!?」


 「せ、先輩……アレは……ッ!?」


 「何で……何でだッ!?」


 シンと彩葉が目を見開き、戦慄する。


 それもそのはず。なぜならあのモンスターは───


 「どうしてこんな所に、がいるんだよッ!?」



 ─────第三級Sクラスモンスターとは、文字通り第三級のSクラス迷宮ダンジョンに住まうモンスターのことだ─────

 


 「先輩逃げましょうッ!? アレは無理ですッ! 早くッ!」


 彩葉がそう言ってシンの腕を掴んで引っ張る。


 「いや……無理だ……」


 「えッ!?」


 「だって……もう来てる───ッ!?」


 シンが透かさず彩葉を抱き抱え、横に跳躍する。


 刹那─────


 ドォオオオオオオオオンッ!!


 コンマ数秒前までシンと彩葉が立っていた場所に、勢いよく大剣が振り下ろされる。爆音と共に土煙が上がり、その地面にクレーターとヒビが出来上がる。


 「あ、あぁぁ……」


 「しっかりしろ彩葉ッ!」


 状況整理が追い付かないシンと彩葉の元に、再び大剣が振り下ろされる。


 「く───ッ!!」


 先程と同じように、そこにはクレーターとヒビが。ミノタウロスナイトの、その赤く輝く相貌そうぼうが二人に向けられているのが、土煙の中からでも分かる。


 (どうすりゃいいんだよ……コレッ!?)


 シンが強く歯噛みする。彩葉は、現実離れしたこの状況に冷静を保てていない。


 シンは、静かにミノタウロスナイトを見据えながら彩葉を降ろす。そして、その前に立ち、背にかばうようにする。


 「彩葉……先に逃げろ」


 「せ、先輩……?」


 「分かってるッ! どうせ俺を置いて逃げられないとか言おうってんだろ? だが、今度ばかりはそうも言ってられん!」


 彩葉が涙目になりながら、シンの言葉を聞く。


 「俺もコイツをある程度足止めしたら逃げる! だからお前は先に行けッ!」


 「い、いや……」


 「行けッ!!」


 シンはそう怒鳴ると同時、【ジェットブーツ】と【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】に魔力を流し、AGIのステータスを飛躍させる。地を強く蹴り出し、拳に魔力を込めて突っ込む。そのスピードは確実にLv.3の域を脱している。


 ─────が、その程度。


 ミノタウロスナイトは荒く鼻息を吐くと、石製の大剣を持つ手ではない左手を拳にして付き出してくる。シンの拳とぶつかり合う。


 「はぁあああああッ!」


 「ブモォオオオオオッ!」


 【リビレラリータ】によって高められたSTRを反映したシンの右ストレート。Bクラスモンスターなら、当たり所によっては一撃の拳。しかしその拳が、呆気あっけなく押し返される。


 「ちぃ───ッ!?」


 シンがそのまま押され、後ろに飛ばされる。靴底で地を削りながら体勢を立て直す。


 「せ、先輩……」


 シンの後方で、彩葉が心配そうにその戦闘を見詰める。恐怖のあまり、脚はガクガクと震え、立っているのがやっとだ。


 再びシンが地を駆ける。両拳の甲の魔法陣が浮き出て赤く輝き、高速回転。ボッと赤い炎が灯り、その拳を包み込む。


 「はぁあああああッ!」


 シンの左ストレートが一閃。しかし、その打撃をミノタウロスナイトが、大剣の腹で難なく受け止める。


 「しぃ───ッ!」


 その行動を予測していたシンは、透かさず回り込み、ふところに入る。そして、一条の赤い軌跡を描く右ストレートを叩き込む。


 「グゥウウウ……」


 確実に入った右ストレート。しかし、ミノタウロスナイトは喉を鳴らすだけで、これといったダメージは負っていない。


 「う、嘘だろッ!?」


 「ブモォオオオオオッ!」


 ミノタウロスナイトが、これが手本とばかりに左拳を振るう。


 シンは瞬時に【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】の特殊効果スペシャルエフェクトを発動し、一瞬VIT(物理防御力)のステータスを二倍に上げる。


 ドンという重たい衝撃がシンの身体に伝わる。そして、加わった力の方向に沿ってその身体が飛んでいく。地を転がり、無様に倒れる。


 「先輩……ッ! 私は……ッ!」


 その姿を見た彩葉は、何かを覚悟したように、長杖の柄をぎゅっと握り締める。


 『彩葉……先に逃げろ』


 彩葉の脳裏にシンの言葉がよぎる。


 (……先輩ッ!)


 彩葉はその場を離れるべく、全力で反対方向へ駆けていった。


 その様子を横目で見ていたシンは、わずかに広角を上げる。


 (それで良い……俺はコイツをッ!)


 シンは、ボロボロになった重たい身体を持ち上げる。ミノタウロスナイトは、離れていく彩葉の背を見ていたが、再びシンに向き直る。


 「次で……決めさせて貰うぜ……ッ!?」


 シンはそう言って左手を固く握り締める。モンスターの大群を一掃するときに使った『神嵐の剣フラガラッハ』の反動と、ついさっきのダメージによって、その左腕には無数のヒビが入り、光の粒子が漏れ出ていた。


 「ブモォオオオオオオオオッ!」


 ミノタウロスナイトが、重たい足音を立てながらシンに向かって駆けてくる。


 「いくぜ……ッ!」


 装備の特殊効果スペシャルエフェクトを全てAGIに振り、【ジェットブーツ】の靴底から、ありったけの圧縮空気を噴射する。駆けてくるミノタウロスナイトに向かって、一直線に突っ込む。


 今までで最速の動き。


 握り締めた左拳を開くと、甲の魔法陣が浮き出て緑色に激しく輝く。魔法陣が高速回転し、その手に風が集う。大気が震え、圧縮されていく。


 「ブモォオオオオオオオオーーーッ!!」


 ミノタウロスナイトが、容赦なく大剣を振り下ろす。圧倒的な巨体から繰り出されるその威力は計り知れない。


 同時。シンは激しい風をまとった左手を目前にかざし、右手でその腕を支える。


 そして─────


 「神嵐の剣フラガラッハ───ッ!!」


 ─────激突。


 超圧縮された大気が一気に放たれ、振り下ろされた石製の大剣を真正面から迎え撃つ。巻き起こる土煙、吹き荒れる暴風。


 轟音が辺りに鳴り響き、地面に亀裂が入る。


 「あぁぁああああああああッ!!」


 ピキッという短い音を出して、ミノタウロスナイトの大剣にヒビが入る。


 刹那─────


 バリィイイン!!


 石製の大剣が真ん中で砕ける。それと同時、シンの左腕が技の反動で弾ける。光の欠片となって四散。


 しかし、生み出された暴風は止まらず、射線上を駆け抜ける。そして。


 バシュッ!


 圧縮された空気が、ミノタウロスナイトの大きく太い立派な右角を切り落とした。


 が─────


 (り……きれなかった……ッ!?)

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