Episode.11 迫り来る危機
「─────先輩ッ!」
「任せろッ!」
彩葉が長杖を掲げ、目前に光の力線で魔法陣を創っているところに、一体の黒い狼の姿をしたモンスター───『ブラッドウルフ』が飛び掛かってくる。
彩葉の呼び掛けに応えたシンは、ダークグレーのロングコート【
ブラッドウルフは、その身に受けた力の方向に沿って飛んでいき、その先にあった木の幹に激突。その身を黒い塵と化して四散する。
「フランマ・サジータッ!」
彩葉は魔法陣を完成させる。そこから赤く燃える炎が
そのまま塵となって四散。
すぐに彩葉は次の魔法を発動させるべく、光の力線で魔法陣を描いてゆく。
シンは、その間無防備の彩葉を守るべく、寄ってくるブラッドウルフを片っ端から片付けていく。
─────打撃打撃打撃。
「クゥウウンッ!」
ブラッドウルフが喉から鳴き声を
「いきますッ! ルクス・サジータッ!」
彩葉の魔法陣が再び完成。そこから目映い
「んー、あらかた狩り尽くしたかなぁ?」
シンが両手を上げ、伸びをしながら言う。彩葉は辺りを見渡し、残りのモンスターがいないかを確認する。
「そのようですね」
「ところで彩葉、Lv.3に上がったよな? レベルアップすると魔法の命中率が上がるとかあんの? 狙いが正確すぎて、逆に怖いんですけど……」
「そんなスキルはありませんけど……良いじゃないですか、狙いが正確なことに越したことはありませんから。無駄撃ちせずに済みますし」
「そりゃそうなんだが……」
(
シンは身震いしながら、そう心に誓った。
その後、二人で討伐したモンスターから落ちた結晶を回収し、開けた場所でひと休みする。
周囲は背の高い木々が生い
「名前で呼ぶの、だいぶ慣れてきましたね? 先輩」
「さ、流石にな。あれから結構経ったし……」
「最初の頃は、
「うっせ。そう言うお前だって、出会ったばかりの頃は随分とぎこちなく接してきてたけどな?」
「そ、それはしょうがないでしょ!? 転校してきたばっかりだったんですから……」
「でも、だいぶ慣れたんじゃないか?」
シンがそう聞くと、彩葉は空を見上げる。
「うーーん……どうでしょう。クラスとかでは、どこか他人と距離を置いてしまう自分がいて……」
「そうなのか? あんまそんなイメージないけど」
すると彩葉が少し頬を
「先輩くらいですよ? 私がこんなに
「そ、そうなのか……」
「ま、まぁ部員二人しかいないし! しょうがないからですけどねッ!?」
「ど、どうした急に!?」
「えっ!? あ、いや……何でもないです……」
(は、恥ずかしかぁ……)
なんだか一人で変な言い訳をしてしまった彩葉は、心の中で、地方に住んでいた頃に無意識に身に付いた方言で後悔を
その時─────
身体中ボロボロになった四人組のパーティーが、シンと彩葉が座って一息付いている所を走って通り抜ける。
「ごめんなさいッ!」
「ん?」
その内の一人───黒髪ポニーテールの少女が、通り抜け様に謝る。シンは何の事か分からず、首を
「───せ、先輩………ッ!」
「ん? どうした彩葉───」
シンは尋ねながら、彩葉の向いていた方向───今しがた四人組パーティーが走ってきた方向を見る。すると。
「なッ!? こ、これはッ!?」
「先輩逃げましょう! モンスタートレインです……押し付けられましたッ!」
─────モンスタートレイン。それは、探索者が複数のモンスターを連れることを言う。
ごく一部の悪徳な探索者がモンスタートレインし、その群れを他の探索者に押し付け、モンスターに探索者を襲わせる───そんな話をがある。
しかし今回は、あの四人組パーティーが少数のモンスターから逃げる際に、他のモンスターの目に留まってしまい、それらを一緒に引き連れてしまう形になったのだ。
そして運悪く、シンと彩葉はそれらを押し付けられる形に。
(クソッ! この数はやべぇーぞッ!?)
シンは心の中で毒づきながら、彩葉と共に深い森林の中を駆ける。少し後ろからは、ブラッドウルフやシャドーウルフなどの群れが追いかけてくる。
「せ、先輩! このままじゃ追い付かれます! 私に構わず先輩だけでも───」
「馬鹿! そんなこと出来るわけないだろ! それに、俺の
「そんな──ッ!」
(いや、【
シンは強く歯ぎしりし、身を翻す。
「んなこと出来るわけねぇーだろッ!」
シンが、近くにまで迫っていた一匹のシャドーウルフの腹部に、魔力を込めた右フックを叩き込む。
「先に行けッ! 俺はここでコイツらを足止めするッ!」
「先輩こそ馬鹿ですかッ! そんなこと出来るわけないでしょ!?」
そう言って彩葉も身を翻し、すぐに長杖を掲げて魔法陣を描いてゆく。
「クソッ! なるようになれッ!」
シンは諸手を固く握り締め、拳を作る。【リビレラリータ】の甲の部分に描かれた複雑奇怪な魔法陣が浮かび上がり、赤く輝いて高速回転。ボッとその両拳に赤い炎が灯り、そのまま拳闘の構えを取る。
ガサガサと、茂みが揺れる音が周囲のあちこちから聞こえる。
そして─────
「ガルゥウウウッ!」
バッと数体のウルフ系モンスターが飛び掛かってくる。
「はぁあああああッ!」
シンがその燃える拳を振るう。
打撃打撃打撃打撃─────ッ!
シンの拳を喰らったモンスターが黒い塵と化して四散していく。しかし、消える量より襲い掛かってくる量の方が圧倒的に多い。モンスターの爪や牙による攻撃を、シンは少しずつ後退しながら体
迫り来る攻撃の
「くッ! ルクス・サジータッ!」
琴川が展開した魔法陣から、目映い光が一条の軌跡を描いて飛んでいく。一回で二、三体を貫いてはいくが、やはり魔法陣を展開する少しの時間が無防備。シンがある程度対処してくれてはいるが、それでもやはり限界がある。
(や、やべぇ……このままじゃ、マジでやられるぞッ…。何か手はないのか……何か……)
『どんな窮地に立っても絶対に焦るな。頭は常に冷静に。冷静でいれば、どんな場面でも切り抜けられる。覚えとくんだぞ? シン』
─────ふと思い起こされるシンの記憶。昔、父がシンに
(冷静にっつってもな……まるで手が浮かばねぇ……)
「くっそぉおおおおおッ!」
「クゥウウンッ!」
シンの右ストレートを受けたブラッドウルフが、毛並みを少し
(───これだッ!)
シンは迫り来るモンスターの攻撃を体捌きで交わしながら、彩葉の背に自らの背を合わせる。
「彩葉、ひたすらフランマ・サジータをこの森の木々に向けて撃て」
「えっ!?」
「森を燃やす」
「そ、そんなことしたら私達も燃えちゃいますって!」
「そこは大丈夫だ。火は、俺がコントロールする」
「……分かりました。その代わり、私のこと、ちゃんと守ってくださいよッ!?」
「もちろんだ!」
シンはそう言って彩葉の前に躍り出る。襲い掛かってくるモンスターを、彩葉に近付けさせないよう、取り零しなく倒していく。その分自分の身に受ける攻撃は多くなったが、それでも何とか捌ききっていく。
その間彩葉は、シンに言われた通り、ルクス・サジータを周囲の木々に放ち、引火させていく。
「先輩ッ!」
「ナイスだ彩葉! 後は俺の仕事だッ!」
そう言って、モンスターの猛攻を潜り抜け、彩葉の側までやって来るシン。
「ちょっと失礼」
そう言うとシンは、彩葉の腰に手を回し、そのまま横抱きに抱える。
「きゃッ!?」
「変な声出すなよ……」
「───だ、だって先輩がッ!」
シンは彩葉を抱えたまま、【
圧縮空気が靴底から噴射されることによって生み出される圧倒的推進力と、魔法具によって跳ね上げられたAGIのステータスによって進んだシンと彩葉。
そして、丁度良い間合いが開いたことを確認したシンは、ザザァーと、地面を靴底で削りながら方向転換。背に彩葉を庇うように立ち、再びモンスターの大群が、木々が燃える光景が見える方向へ向く。
「───まとめて片付けてやるよッ!」
そう言ってシンは、左手を掲げた。
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