Episode.10 紅葉狩り

 ─────十月十六日。


 今日は琴川の誕生日である。


 「待ち合わせ場所はここだよな……」


 ライトブラウンのチノパン、白よりのグレーをしたパーカーの上から、もう一枚薄手のグレーのアウターを羽織った姿のシン。


 ベンチがいくつか設置されているこの広場には、紅く染まった葉を付けた背の高い木々が多く植えられている。


 シンは手近なベンチに腰を下ろし、琴川が来るまでに、高鳴る胸を何とか落ち着かせようとしていた。


 待つこと五分弱。


 「待ちましたか? 先輩」


 平然を保とうと、ベンチの背もたれに体重を預け、空をぼーっと見上げていたシンの前に、琴川がやってくる。シンは一瞬ドキッとしながら、視線を向ける。


 「いや、俺もさっき来たばっか───」


 シンが目を見開いて硬直する。


 脚のすね辺りまである淡いグリーンのスカート、白いブラウスの上からブラウンのロングカーディガンを羽織った姿の琴川。


 さらさらと風に揺られる、つややかな小麦色の長髪。少しり気味の目の色は淡い栗色で、白い肌が頬の辺りでほんのりと赤く染まっている。


 「ど、どうでしょうか……」


 琴川は照れ臭そうにそう言って、その場でくるりと一回転する。


 「とても……似合ってる……」


 「ありがとうございます、先輩」


 琴川が可愛らしくはにかむ。シンはこのとき、高鳴る心臓の鼓動を忘れていた。



 「───先輩は今日、何してくれるんですか?」


 「ん、何でもいいぞ? 俺に出来ることならな」


 シンと琴川は、目的の紅葉スポットを目指すべく、二人並んで街道を歩いていた。等間隔に植えられた街路樹も美しく染まっており、ここでも十分綺麗な光景である。


 「じゃあ先輩、今日一日私の事は名前で呼んでください」


 「へっ!? 何でっ!?」


 「えー? 何でもしてくれるんじゃないんですか?」


 琴川が、どこか小悪魔のような雰囲気をかもし出しながら、シンをのぞき込むようにして言う。


 「わ、分かったよ……」


 (おいおい、友達少ない───ましてや女子の友達と遊んだことなんてない俺に何て要求してんだよッ!?)


 シンは苦笑いを浮かべてそう答えた。



 ─────しばらくして。


 「わあぁ……」


 琴川───否、彩葉が燦爛さんらんと瞳を輝かせる。


 シンと彩葉の目の前には、秋の絶景が広がっていた。紅や黄色に染まった多くの木々が、秋風に揺られ、こずえから葉を散らしている。


 「『迷宮都市ダンジョン・シティ』にも、こんな場所があるんだぜ? 知らなかっただろ」


 「はい……とっても綺麗ですね。」


 「行ってみようぜ」


 シンと彩葉は、落ち葉が道を作る、長い銀杏いちょう並木へと入っていった。


 銀杏並木の中には、等間隔に褐色の木製ベンチが並べられていた。ここには、シンと彩葉以外にもそれなりに人がいて、そのベンチに座っていたり、道をゆっくりと歩いていたりなど、過ごし方は様々であるが、その多くが男女のペア───カップルである。


 「せーんぱいっ! ここに座りましょう!」


 「お、おう」


 (うん、なるべく考えないようにしよう。これはただのお出掛けです。そうですともッ!)


 平常心を意識しながら、シンは彩葉の隣に腰掛ける。彩葉は感嘆の声を漏らしながら、一面黄色の景色を眺めている。シンは無意識のうちに、そんな彩葉の横顔をチラチラと見ていた。


 「なあ、この後どうする?」


 「……」


 「お、おい………?」


 「……」


 「い、?」


 「何ですか? 先輩。」


 (コイツぅううううう……)


 彩葉はイタズラっぽい笑顔を浮かべてシンの方へ向く。シンはこめかみを押さえてしまっていた。


 「というか先輩、ここにいる人達って……皆さんカップルなんでしょうか?」


 「───ブッ!!」


 シンが思わず噴き出す。彩葉はそんなシンの様子を見て少し楽しみながら続ける。


 「周りから見たら、今の私と先輩って───」


 「──まあ!? 人それぞれだろッ!? 男女が二人で来てるからって、勝手にカップルって決めつけちゃー駄目でしょ!?」


 「あはは。どうしたんかですか先輩? そんなにあわてちゃって」


 (コイツ……後で絶対やり返してやるから覚悟しとけよッ!?)


 シンは、彩葉にからかわれながら、心の中でそう決心するのだった─────



 「───ほれ、買ってきたぞ」


 少しの間席を外していたシンが、その両手にたこ焼きが入った透明のパックを持って帰ってきた。


 「ありがとうございます」


 彩葉はそう言って、シンから片方のパックを受け取る。シンも再び、彩葉の隣に腰掛ける。そして、そのときのシンの顔が、これまた悪そうな顔をしており……


 「いただきます」


 彩葉がそう言ってパックを開ける。温かな蒸気と共に上がってくる、たこ焼のソースの良い香りが鼻腔をくすぐる。


 (フフフ……さっきの仕返しだ……存分に味わうがいいッ!)


 彩葉がつま楊枝で、一つのたこ焼を口に運ぶ。


 「んん~! 美味し……ッ!?」


 シンがニヤリ。


 「か、か、からぁあああああいッ!」


 「あーーはっははははははははッ! ロシアンたこ焼き、一発で引き当てるとかッ! ふっははははははははッ!」


 涙目になる彩葉と、抱腹絶倒するシン。叫び声と笑い声がこの銀杏並木に響いた。



 ─────しばらくして、空の色も紅葉した木々の葉の色が滲み出たかのような茜色になる。シンと彩葉は、少しずつ帰路に就こうとしていた。


 少しお洒落な街道───石畳の道に、剪定せんていされた街路樹が等間隔に並び、横には様々な店が立ち並んでいる。


 「よし、ここによるぞ。」


 「ここ……ですか?」


 シンが指したその店は、可愛らしいぬいぐるみや人形が売られていた。二人はそのまま中へ入る。


 「あの……先輩ってそういう趣味が……?」


 「馬鹿、俺のじゃなくて、お前の誕プレだ」


 「えっ!? 私に……? 先輩が?」


 「ああ、嫌だったか?」


 「い、いえ! そうじゃなくて……家族以外の人から誕生日プレゼントなんて貰ったことなくて……」


 二人は店内をゆっくりと歩きながら、商品を見ていく。


 「好きなの選んで良いぞ?」


 「えっと……先輩に……選んで欲しいです……」


 彩葉がどこか恥ずかしげに、上目遣いで言う。シンもつられて恥ずかしくなり、ぎこちなくなる。


 シンが辺りを見渡す。大小、種類様々なぬいぐるみや人形がある。


 (おっ……これなんか良いんじゃないか?)


 シンが一つの商品を見つける。小麦色の毛並みにくりくりとした愛らしい瞳、柔らかい質感のその大きなぬいぐるみは─────


 「え、えっと……い、彩葉? 誕生日おめでとう」


 店の外で少しそわそわとしながら待っていた彩葉の元に、シンが綺麗にラッピングされた大きな袋を持って店から出てくる。そして、内心ドキドキしながらも平然をよそおって渡す。


 「あ、ありがとうございます! えっと……開けてみても……?」


 「ああ」


 彩葉は袋のリボンを外し、中身をそっと取り出す。


 「か、可愛い……! でも、どうしてキツネなんですか?」


 「ん? 俺の中のお前のイメージがキツネっぽかったから?」


 「そ、それは……喜んで良いんですかね?」


 「もちろんだ! なぜなら俺が一番好きな動物だからな!」


 「せ、先輩……それはどういう……」


 「ん? あっ……いや、待て、勘違いするな!? 遠回しの告白とかそういうんじゃないからなッ!?」


 シンが慌てたように説明する。


 しばらく二人の間に、沈黙と、微妙に気恥ずかしい空気が流れる。


 「でも……嬉しいです。ありがとうございます、先輩!」


 「喜んでくれたなら何よりだ」


 そんなこんなで、長いようで短く感じた今日のお出掛けが終わった───かのように見えたのだが。


 ここは、彩葉の家の前。いつものようにシンが彩葉を送ってきたのだ。


 「えっと……今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」


 「ああ、俺も楽しかった」


 ……………………。


 しばらくの沈黙。彩葉は若干うつむき加減で、目をキョロキョロとさせている。


 「どうし───」


 「あのッ! 先輩───ッ!」


 彩葉は何かを決意したかのように、バッと顔を上げる。


 「えっと……その……これからも、名前で呼んでくれませんか……?」


 どうしてもシンと目を合わせられない彩葉。斜め下に視線を逃がしている。


 「へっ!? な、なぜにッ!?」


 「えっと……そ、そう! 苗字で呼ぶより短いですし、いざ迷宮ダンジョンで急な指示とか飛ばすとき、名前の方が言いやすいですからッ!?」


 「別に大して変わらないと思うけど……まあ、お前がそう言うならそうするか……」


 「は、はい!」


 「じゃ、じゃあまたな───彩葉」


 そう言ってシンは、顔を見られないようにすぐに身をひるがえして、帰路に就いた。


 彩葉は若干高鳴り気味の胸を押さえながら、シンの背中を見ていたのだった。

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