Episode.9 琴川彩葉の誕生日前日

 Bクラス迷宮ダンジョン────。


 「はぁあああッ!」


 一面荒廃した、硬質な岩肌が広がり、草木がほとんど生えていない殺風景。


 そんな中、長めの黒髪を後で一つ括りにし、小さな尻尾を作っている一人の少年───市ヶ谷シンが、ダークグレーのロングコートを身にまとい、対峙たいじするモンスターと戦っている。そのモンスターは、シンの背丈の二倍はある大きさのサソリだ。


 サソリ型モンスターが、黒光りする大きなハサミを振り上げる。その瞳に鋭く赤いが宿る。そして、そのハサミはそのままシンに向かって、容赦なく振り下ろされる。


 地鳴りと共に砂煙が上がり、岩肌にはヒビが入る。直撃すると一溜まりもないその攻撃を、危なげなく回避したシンは、モンスターの脇に潜り込み、固く握り締められた右手を引く。


 シンの諸手もろてには白の手袋───【リビレラリータ】がめられており、その甲の部分には複雑奇怪な魔法陣が描かれている。


 シンの引いた右手に赤く燃える炎が宿る。引きしぼられた矢のごとく、前向きの運動量を存分に蓄えている。


 そして─────


 「はぁッ!」


 放たれたこぶし。赤色の軌跡を引きながら、モンスターの脇に直撃する。重たい打擲ちょうちゃく音と共に、モンスターがうなり声を上げながら後ろにすべる。


 「琴川ことがわ、今だッ!」


 「はいッ!」


 シンに呼ばれた、長杖を掲げるように持つその少女───琴川彩葉の前には、宙に光の力線で描かれた魔法陣が、モンスターの方向に向かって展開されていた。


 「ルクス・サジータッ!!」


 ─────刹那。


 展開された魔法陣から目映く輝く一条の光の矢が射出される。その矢は迷いなくモンスターに向かっていき、狙い違わずその頭部に突き刺さる。断末魔の叫びを上げたモンスターは、そのまま倒れ伏し、黒い塵となって四散した。跡には、五センチ程の紅色の結晶が落ちていた。


 「ふぅ……」


 「グッジョブだ。また精度が上がったんじゃないか?」


 ほっと胸を撫で下ろす琴川の元に、モンスターから落ちた結晶を手にしたシンが歩いてくる。


 「本当ですか!? ありがとうございます、先輩!」


 シンは、手に持った結晶を腰のポーチに入れる。そして、一つ伸びをして琴川に向き直る。


 「帰ったら、迷宮統括協会ギルドで貯まったステータスポイントを確認してみたらどうだ? そろそろレベルが上がる条件満たす頃だろ?」


 「そうですね。先輩も一緒にどうです?」


 「俺はまだ上がったばっかりだっての。そんなひょいひょいと上がったら苦労せんわ」


 二人はそんな話をしながら、この迷宮ダンジョンの出入り口に向かって歩き出した。



 ─────しばらくして、迷宮ダンジョンから帰還した二人は、迷宮統括協会ギルドに向かうべく、街を歩いていた。


 「Bクラス迷宮ダンジョンも結構いけるだろ?」


 「ま、まあ意外と……」


 シンは灰色のスラックスとブレザー、青いネクタイを。琴川は青を基調とした膝丈のチェック柄のスカート、そして灰色のブレザーと青色のリボンがシャツの襟首で結ばれている。また、ブレザーの胸元や袖口から、ライトブラウンのセーターが見えている。


 「というか先輩、少しずつ寒くなってきてるんですから、ブレザーのボタン閉めてください。風邪引きますよ?」


 シンの隣を歩く琴川が、のぞき込みながら言う。


 「えぇ……ボタンを閉めたときの圧迫感が嫌いなんだよなぁ。それにまだ十月……秋だぞ? 風邪を引くのには少し早いんじゃないか?」


 「風邪に季節は関係ありませんよ? まあ、馬鹿は風邪引かないって言いますけどね?」


 「おい、誰が馬鹿だって?」


 くすくすと含み笑いをする琴川。そのつややかな小麦色の長髪が、道脇に街路樹として植えられた銀杏いちょうの黄色とよく合う。


 「それにしても……いつ見ても凄い光景です。流石『迷宮都市ダンジョン・シティ』と言われてるだけのことはありますね」


 「まだ慣れてないのか? まあ、街が発展しすぎて迷宮みたく入り組んだからその名前になった訳じゃないけどな?」


 「分かってますって! 十年前に世界中で起きた迷宮門ダンジョン・ゲート大量出現の大事件。日本国内では、この辺りに数多くのゲートが開いたんですよね? そして、それと共に発展してきた街だから『迷宮都市ダンジョン・シティ』」


 「まあ? 今年の夏に地方から引っ越してきたばかりの田舎者には? そう見えちゃうのかもしれないけど?」


 シンは、さっきの馬鹿呼ばわりのお返しと言わんばかりのニヤつき顔で、琴川の顔を覗き見る。琴川は、仕返しされたことに頬を膨らませ、両手でシンの身体を押し退ける。


 「後輩に優しくない先輩は嫌いですよ!」


 「あはは。悪い悪い」


 「もうっ! 私、先に行きますからね!?」


 そう言って琴川は足早に迷宮統括協会ギルドの方へ歩いていった。機嫌を損ねたかに見えた琴川だったが、その横顔はどこか楽しそうだった。


 (会ったばかりの頃に比べて、だいぶ明るくなったな……)


 シンは、琴川の後を追うように小走りで駆け出した。


 少し先に見える近未来的超高層ビル。一面硝子ガラス張りのその建物こそ、この迷宮都市ダンジョン・シティの象徴にして中心。迷宮統括協会ギルド本部だ────



 ─────少しして、迷宮統括協会ギルド本部に着いたシンと琴川は、それぞれステータスを確認していた。


 「先輩! 私Lv.3まで、あと150ステータスポイントです!」


 「おお! じゃあ、明日にはレベルアップ出来るな!」


 シンがそう言うと、琴川が少しむくれる。


 「先輩、明日は何の日ですかッ!?」


 (明日……あっ! そうだった!)


 「じょ、冗談だって……あ、あはははは。明日は琴川の誕生日だもんな!?」


 ─────そう、明日は十月十六日。琴川の誕生日、加えて休日という日なのだ。


 「もう……言い出しっぺ先輩じゃないですか……忘れないで下さいよ……」



 ─────さかのぼること十月上旬。学校で、シンと晃太とその連れ二人が決闘デュエルをした日の後日、迷宮ダンジョン探索部室でのこと。


 『そういえば、琴川の誕生日っていつなんだ?』


 『えっと……十月十六日ですけど……どうしたんですか? 急に』


 『十月十六……って、もうすぐじゃねーかッ!?』


 琴川がいぶかしげな顔をする。


 『そうですけど……』


 『いや、なんか祝ってやろうかなぁ……なんて思ったり』


 シンが少し照れ臭そうに頬をく。


 『ほ、本当ですかッ!? ありがとうございます!』


 『でも、何しようかな……』


 『じゃ……じゃあ、どこかお出掛けしませんか? 紅葉も綺麗ですし』


 『お出掛け……って、で、で、で、デー───』


 『───トじゃないですっ!? 普通にお出掛けですっ!』


 琴川が少し頬を赤く染めて、焦ったように割り込む。


 『ま、まぁ……いっか。よし! じゃあ、紅葉狩りにでも出掛けようぜ!』



 ─────と、紆余曲折あって、明日は二人で紅葉狩りに行くことになったのだ。


 「じゃ、また明日な」


 「あ、先輩───」


 迷宮統括協会ギルド本部を後にしたシンと琴川は、シンが送っていく形で、琴川の家の前まで来た。


 「ん? どうした?」


 「え、えっと……あ、明日……楽しみにしてますから……」


 頬を赤く染めた琴川が、上目遣いで、どこか恥ずかしそうに言う。琴川がそんな表情をするので、シンも気恥ずかしくなる。


 「お、おう!」


 シンは、少し胸が高鳴る感覚を覚えながら、そのまま帰路に就いた。


 明日は、紅葉狩りである─────

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