Episode.8 決闘(デュエル)

 迷宮ダンジョンに向かおうとしていたシンと琴川。そんな二人の前に、二人の取り巻きを連れた、お坊っちゃまオーラがにじみ出る少年───晃太が声を掛けてくる。


 (うっわ……面倒臭いのが来た……)


 シンは、隠しきれない嫌悪感を表情に表す。


 「先輩……あの人達は……?」


 シンのその表情を見て疑問に思った琴川が、小声で尋ねる。


 「俺のクラスメイトだ……。真ん中のお坊っちゃま臭いのが岩倉晃太、何かと俺に絡んでくるんだよ……」


 シンはため息混じりに説明する。


 「シン、今からどこへ行くんだい?」


 晃太が、どこか小馬鹿にするようにシンに尋ねてくる。


 「迷宮ダンジョンだ」


 シンがそう答えると、階段下で晃太とその連れ二人が腹を抱えて笑い出す。


 「じゃあまた明日な」


 シンはそう言って琴川と階段を下り、三人の横を通り過ぎようとする。すると。


 「待てシン。その女子は確か……中等部三年に転校してきた奴だな?」


 晃太の質問に、シンは僅かに視線を鋭くする。


 「それがどうした?」


 「なかなか可愛いじゃないか? シン……君には勿体ない子だ」


 シンは、晃太の視線を遮るように、琴川を後ろにかばうように立つ。


 「ねぇ君、どうだろう? 僕達と一緒に来ないか? シンと探索するよりよっぽど効率的だと思うけど?」


 晃太が琴川に話し掛ける。琴川はシンの後ろから少しだけ顔を出して答える。


「い、いえ……部の活動ですので……。私は先輩と……」


 「部の活動……あはは。そんなの関係ないよ。それに、【魔法具製作師】のシンでは君を守れないだろ? それに比べ、僕達なら君を完璧に守ってあげられる。さあ、僕達と一緒に───」


 「止めろ晃太。俺に絡んでくるのは構わないが、コイツにまで手を出すな」


 シンはそう言って、晃太が琴川に向けて伸ばしていた手をつかむ。


 「……シン。君はいつからそんなに偉くなったんだい?」


 晃太がシンの手を振りほどく。


 「強者には従えって……よく言うだろ? シン、一度君には実力差と言うものを見せておこうか」


 そう言って晃太は、自分のカバンの中から、探索者バッジを取り出し、制服のブレザーの襟に着ける。晃太の連れも、ニヤニヤと笑いながら同じようにする。


 「せ、先輩……」


 琴川が、今から何が始まろうとしているのかを理解し、シンの袖を軽くまむ。


 「シン、君にこれが受けられるかい?」


 晃太がそう言って、自分の探索者バッジに手を添える。


 「……」


 (決闘デュエルか……)


 ─────探索者同士の力量を試すときによく行われる手法。それが決闘デュエルである。両者合意の上で成り立ち、一方のHPが0───エーテル体維持不可能───もしくは、一方の降参宣言によって勝敗が付く。


 「分かった、その決闘デュエル受けてやる」


 シンは自分のカバンの中から探索者バッジを取り出し、それをブレザーの襟に付ける。


 「で、そっちは三人で来るのか?」


 「別に僕だけでも構わないが……シンはどっちが良いんだい?」


 (晃太だけで……とは言えないよなぁ。本心それでお願いしたいけどッ!?)


 「はぁ……三人でどうぞ?」


 「ははッ! ずいぶんと強気だね?」


 (白々しい……そう誘導したのはお前だろ……)


 シンは心の中で毒づく。


 「先輩、私も───」


 「いや、これは多分……俺がやるべき戦いだ。それに───」


 シンは琴川の方へと振り返り、笑ってみせる。


 「後で“勝ったのは二人掛かりだったからだろ”とか難癖つけられても面倒だしな」


 「で、でも向こうは三人で……」


 「おいおい部長さん? もしかして部員の勝利を疑ってるんですかー?」


 「先輩……」


 「まあ、見てろって」


 そう言ってシンは、改めて晃太とその連れ二人の方へ向き直る。


 騒ぎを聞き付けた多くの生徒が、階段などに座り込み、事の行く末を見ている。


 「僕が勝ったらその子を貰うよ?」


 「の間違いだろ……。俺が勝ったら、もう俺達に絡んでくるな。」


 緊張感がただよい、沈黙が流れる。集まった生徒も固唾を飲んで見ている。


 ……………………。


 ……………。


 ………。


 「「「探索者能力サーチャーアビリティ起動───ッ!」」」


 沈黙が破れ、火蓋が切られた。


 四人の身体がエーテル体と化し、それぞれの装備を身にまとう。


 晃太は軽装のプーレトメイルを身に纏い、腰には一振りの細剣レイピアが吊るされている。残り二人は、重厚なアーマープレートに身を包み、大きな盾を持った【タンク】と、レザーアーマー主体で、その手に弓を持ち、矢筒を背負った【アーチャー】だ。


 (バランス整ってんなぁ……)


 シンは拳闘の構えを取り、相手を見据える。秋風にダークグレーのロングコート───【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】がなびく。


 「いやぁ、こんな大勢の前でシンをいたぶることになるなんて思わなかったなぁ。」


 「そう簡単にやられるかよ───ッ!」


 シンはそう言うと同時、地を強く蹴り出す。【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】の特殊効果スペシャルエフェクトによって二倍に跳ね上げられたAGIを生かし、駿足で駆ける。


 シンはその勢いに乗ったまま、右拳を固く握り締める。【リビレラリータ】によってSTRが高められる。加えて甲に浮き出た魔法陣が赤く輝き高速回転。その拳に炎が灯る。


 「はぁあああああッ!」


 シンが繰り出す右ストレート。狙うは晃太の頭部───当たればHPを刈りきれる威力。


 ─────しかし。


 ガァアアアアアンッ!


 鳴り響く激しい打擲ちょうちゃく音。シンの右ストレートは、晃太の連れの一人の【タンク】の盾に、難なく防がれる。


 「ち───ッ!?」


 シンは体勢を大きく仰け反らせる。そこへ、タイミングを合わせて飛んできた三本の矢。シンは逆さの状態で手を地面につき、すぐさま体勢を立て直して回避する。外れた矢が先程までシンがいた場所に突き刺さる。


 ─────が、猛攻はまだ続く。


 晃太が、吊るしてある鞘から細剣レイピアを抜き放ち、シンに向かって駆ける。その細い刀身が日光を反射し、鋭く光る。


 「クソッ───!?」


 晃太が突きを繰り出す。シンは身を捻り、なんとか大ダメージは避けるが、左腕をかすめる。


 「よく避けたね?」


 「……」


 (くっそ、あっぶねぇ。だがどうする? このまま戦ってもジリ貧だ。盾に矢に剣……あの盾をどうにかしないことには……)


 シンの額に脂汗が滲む。


 (……アレを……使うか……? いや、でもアレは……)


 「───先輩ッ!?」


 「───ッ!?」


 上から矢が降ってきた。琴川の声がなければ、今頃シンは串刺しだ。


 「考えても無駄さシン……。なんたって僕はLv.4、二人もLv.3だよ? 結果は始まる前から見えているのさッ!」


 (ああ、そうだな……考えても無駄だな。だから───)


 「───使わせて貰うぜ、をッ!」


 シンが再び駆け出す。


 跳ね上がったAGTに加え、【ジェットブーツ】の特殊効果スペシャルエフェクトによってブーツの底から圧縮した空気を噴射。それによって生まれた圧倒的推力に乗って、諸手もろてを固く握りしめる。


 「無駄さッ!」


 晃太がそう叫ぶ。すると、先程と同様に【タンク】が出てきて、その大きな盾を構える。


 構わずシンは猛スピードで直行。そして、左拳の甲の魔法陣が浮かび上がり、緑色に輝き高速回転。拳に纏う風のベール。


 「はぁあああああッ!」


 ドォオオオオオンッ!


 風を纏った左アッパーカットがその盾に炸裂する。高められたSTRに加え、風によって生み出された運動量が、盾を上にはじく。


 【タンク】が衝撃のあまり大きく仰け反り、ふところが大きく空く。


 そして─────


 「喰らえッ!」


 シンの右手甲の魔法陣が浮かび上がり、青紫色に激しく輝き高速回転。鳴り響く高周波。耳をつんざくその音と共に発生した激しい紫電が、その手に纏う。


 「【リビレラリータ】魔力性質変化:雷 名付けて───」


 集まった多くの生徒、後ろで見守る琴川、そして、晃太達もその光景に目を見開く。皆が驚愕するその異様な光景───非戦闘系職業【魔法具製作師】がつむぐ、前代未聞の下剋上劇。


 「─────《貫くものブリューナク》ッ!!」


 シンが放つ渾身こんしん貫手ぬきて。その手には、普通の魔力性質変化:電気 を最大まで高めて『雷』にした魔力が纏っている。


 ─────刹那、一瞬景色が白熱し、皆の目を焼く。


 晴れた光景には、シンの右手が【タンク】の身に付けている重厚なアーマープレートなどものともせずに、深々と胸を貫いている姿が。そして、その少し後ろ───延長線上に立っていた【アーチャー】の胸にも、ぽっかりと風穴が開いている。


 魔力の残滓ざんしが、シンの貫手の延長線を可視化するかのように、ピリピリと弾けている。


 「なぁ……ッ!?」


 その光景を目の当たりにした晃太が、喉から声を漏らし、固まる。


 シンが右手を引き抜くと、【タンク】と【アーチャー】の身体───エーテル体が光の破片となって四散する。跡には、二人の制服姿の晃太の連れが腰を抜かして、座り込んでいた。


 「さて、残るは晃太……お前だけだ」


 シンが静かにそう告げる。


 「あ、あぁ……」


 晃太の身体がガタガタと震える。表情は恐怖に染まり、視線は焦点を合わせていない。


 「あぁ……ああぁああああああああッ!!」


 絶叫しながら晃太が突っ込んでくる。細剣レイピアの先端を真っ直ぐシンに向け、力任せにそれを突く。


 「終わりだ」


 交錯するシンと晃太。シンは風を纏った左手を振り抜いた状態で、晃太は細剣レイピアを突き出した状態で、背中合わせに静止する。


 「もう、俺達に絡んでくるなよ」


 シンがそう告げると、シンの後ろで晃太の身体に無数の切れ込みが入る。そして、そのまま光の破片となって四散した。


 「「「おぉおおおおおおおおッ!!」」」


 集まった多くの生徒の興奮した歓声が、ここ一帯に響いた。



 ─────その後、大規模な騒ぎを起こしたため、シン、琴川、晃太とその連れ二人は、職員室に呼び出された。長い反省文を書かされ、書き終えたのは日が沈んだ頃。結局シンと琴川は迷宮ダンジョンに行けなかったのだった。

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