Episode.7 戦闘系の魔法具製作師

 ─────そこは、一言で言って美しかった。


 「こんな迷宮ダンジョンもあるんだな……」


 シンが感慨かんがい深そうにつぶやく。


 迷宮門ダンジョン・ゲートくぐったシンと琴川の視界に飛び込んできたのは、一面の花畑だった。色とりどりの花々が咲きほこり、風に揺られ、どこか春の暖かみを感じさせる光を一杯に浴びている。


 シンの隣に立つ琴川も、長杖の束をギュッと握り締め、その淡い栗色の瞳を燦爛さんらんと輝かせている。


 そんな迷宮ダンジョンらしからぬ景色を尻目に、シンと琴川は、手頃なモンスターを探し始める。


 (こんな景色に合うモンスター……まぁ、しかないだろうな……)


 そんなことを考えていたシンの前に、一体のモンスターが見えた。派手な模様が描かれた大きく薄い羽、頭から伸びた長い二本の触覚。


 ─────そう、蝶だ。


 しかし、モンスターであるだけあって、その大きさは一般の蝶と比較にならなかった。胴の部分が大体人間サイズで、羽を広げれば、両手いっぱいに広げた大人より圧倒的に大きい。


 「─────市ヶ谷先輩ッ!?」


 「ああ、分かってる」


 その大きな身体を満足させられるほどの花の蜜を集めるのに、どれだけの時間が掛かるんだろうと、少し気になっているシンだが、琴川の方へ振り返ると。


 「そうだな、取り敢えず君の魔法を見てみたいな。あのモンスターはこっちに気が付いていないみたいだし……どう?」


 「わ、分かりました」


 そう答えた琴川は、シンの前に出る。そして、その手に持った長杖を掲げて目を閉じる。すると、琴川の目前に、赤い光の力線で何かが描かれていく。


 ほんの数秒後、完成したそれは一つの魔法陣。琴川の魔力が脈動し、その魔法陣に注ぎ込まれる。そして─────


 「いきますッ! フランマ・サジータッ!」


 ボッと燃え上がる赤い炎が一本の矢を形成し、放たれる。赤い直線の軌跡を描きながら、少し先で羽を休めている蝶型モンスターに迫る。


 その時間は一瞬。


 赤い炎の矢が巨大な蝶を貫いた。またたく間に蝶は燃え上がり、羽をばたつかせて飛び立とうとするが、すでに遅し。炭化した身体を花畑にうずめ、すぐに黒い塵となって四散した。



 ─────職業ジョブ【魔法師】は最大五つの魔法を覚えられる。レベルが上がるにつれて、覚えられる魔法の種類も増える。そして、その中からスキルポイントを使って習得するのだ。


 魔法行使には詠唱などは要らず、必要なのは、行使したい魔法に必要なMP(魔力量)だ。また、魔法行使の際に必要な魔法陣を描く時間は、その者個人の力量によって変わってくる─────



 (魔法陣の展開速度も悪くない。狙いも正確だな……)


 「ふぅ……」


 ホッと息を吐く琴川。


 「お疲れさん。頼れる部長で助かったよ。俺は楽できそうだな」


 「あはははは……ありがとうございます。」


 「じゃ、次は俺の番だな」


 シンはそう言って、指をポキポキと鳴らし、琴川の前に出る。


 ヒラヒラと舞いながら、先程と同じ蝶型モンスターが二匹飛んでくる。もしかすると、このモンスターのエサは花の蜜ではなく、人だったりするのか、シンの方に目掛けて飛んでくる。


 「い、市ヶ谷先輩! 二匹もいます! 一旦逃げ───」


 そんな琴川の言葉を遮るかのように、シンが地面を蹴った。咲いている花が散り、宙に舞う。


 【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】の特殊効果スペシャルエフェクトによって二倍になったAGI。Lv.2とは思えぬ駿足で、シンは、自分に迫ってくるモンスターを迎え撃つ。


 シンの右拳の甲に、赤い魔法陣が浮かび上がり高速回転。ボッと赤い炎が灯り、拳を包み込む。


 「ふッ!!」


 【リビレラリータ】の特殊効果スペシャルエフェクトによって高められたSTRを反映したシンの右ストレートが一閃。一体の蝶型モンスターの胴体に突き刺さる。そのまま炎が燃え上がり、モンスターを焦がす。シンは黒い塵と化したモンスターの跡をそのまま抜け、もう一体に迫る。


 今度は左拳の甲に緑色の魔法陣が浮かび上がる。そして、風がその拳にまとう。


 「はぁッ!!」


 シンの左ストレートがモンスターの胴に入る。すると、纏っていた風が螺旋軌道をし、モンスターの身体に風穴を開ける。


 地に落ちる蝶。瞬く間に黒い塵と化し四散した。


 「こ、これが……【魔法具製作師】……ッ!?」


 琴川はその瞳を目一杯開き、驚愕していた。シンはモンスターから落ちた黄色い結晶を広い、戻ってきた。


 「言っただろ? 俺はただの【魔法具製作師】じゃない。戦闘系の魔法具製作師だ。で、どうだろう、前衛は任せられそうか?」


 琴川は長杖の柄をギュッと握り、シンを見る。そして。


 「はいッ! もちろんです! これからよろしくお願いします!」


 「ああ、こちらこそよろしく。部長」


 「ぶ、部長は止めてくださいよ……市ヶ谷先輩」


 「そうか? じゃあ何て呼べば良い?」


 「い、彩葉いろはで良いですよ……」


 「いきなり下の名前はちょっと抵抗がッ……」


 シンはあまり友人が多い方ではなく、ましてや女子の友達など一人もいないのだ。そのためか、指で頬をきながら、どこか恥ずかしそうにする。


 「無難に名字にしよう! ああ、それが良い! よ、よろしくな琴川!?」


 「そうですか……では、私は何て呼べば良いですか?」


 琴川は少し残念そうに肩を落とし、尋ねる。


 「そうだな……いつも少し呼びづらそうだもんな。これも普通に先輩とかで良いんじゃ……あれ? でも部活では琴川が先輩か? う~ん……」


 シンはうなりながら頭をひねって考える。


 「わ、分かりました。では改めまして……これからよろしくお願いしますね、先輩……」


 「あ、ああ……よろしく、琴川……」


 二人ともどこか恥ずかしそうに言うのだった─────



 ─────迷宮統括協会ギルド本部


 シンと琴川は、あの後もしばらく探索を続け、手に入れた結晶を換金しに迷宮統括協会ギルドに来ていた。


 「さ、三万円……」


 換金し、手に入れた三万円を眺めながら、シンが目を輝かせている。


 (やっぱソロで潜るより、効率が良いな……)


 「えっと……一万円は部の貯金として残しておきたいんですが、残りのお金は私達で貰っちゃいましょう」


 琴川がにっこりと笑みを浮かべてシンに言う。


 「マジでッ!? 部の活動なのに、貰って良いのッ!?」


 「はい!」


 シンは心の中でガッツポーズをし、琴川から一万円を受け取った。


 「では、今日はここで解散でしょうか」


 「外も暗いし、家まで送っていくぞ?」


 「え、先輩が?」


 「ああ」


 「あ、ありがとうございます……」


 琴川は少し頬を赤く染め、長い小麦色の髪の毛を指でくるくると巻く。シンはそんなことには気付かずに、そのまま二人で迷宮統括協会ギルドを後にした。



 しばらくして、シンと琴川は、窓から暖かな明かりがこぼれる二階建ての一軒家───琴川の家の前まで来た。中からは人の気配が感じられる。


 「送ってくれてありがとうございました、先輩」


 「じゃ、また明日な」


 そう言ってシンは、自分の家に向かって足を進めた。


 (家族か……いいな……)



 ─────二人はその後も迷宮ダンジョン探索部としての活動を続けていき、その実力を伸ばしていった。



 市ヶ谷シン

 【魔法具製作師】 Lv.3


 HP :1200

 MP :750 (↑500)

 STR:752 (↑500)

 INT:100

 VIT:150

 MND:100

 AGI:500 (↑300)


 《スキル》

 ・魔法具製作



 シンは、モンスターから手に入れたステータスポイントが1000ポイントとなり、Lv.3昇格の基準を満たし、レベルアップ報酬の300ステータスポイントも使い、ステータスを上げた。



 琴川彩葉

 【魔法師】 Lv.2


 HP :1200

 MP :300

 STR:100

 INT:202

 VIT:100

 MND:100

 AGI:100


 《アビリティ》

 ・魔道(消費MPマイナス10%)


 《魔法》

 ①フランマ・サジータ(炎の矢を放つ 消費MP10)

 ②ルクス・サジータ(光の矢を放つ 消費MP10)



 「と言うか先輩、もっと防御系のステータスも上げたらどうですか? 今の先輩ほぼ紙ですよ?」


 放課後、いつものように迷宮ダンジョンに向かうべく、学校の階段を下りていたシンと琴川。今、シンのステータスの上げ方について話している。


 「いやぁ、避ければ良いかなって」


 「あと、何で先輩はそんなに早くレベルアップしてるんですか!? 入部した頃は同じだったじゃないですか!?」


 「いやぁ、俺は生活費も稼がなきゃいけないからな。休日とかもソロで潜ってんだよ。Bクラスに」


 頬をプーッと膨らませていた琴川が、シンの言葉に目を見開き、立ち止まる。


 「び、Bクラスッ!? 先輩、ソロでBクラス迷宮ダンジョンに行くにはLv.4は必要ですよ!? 危険ですッ!」


 「Lv.4以上が推奨されてるだけだろ? 大丈夫だって、ちゃんと安全確保しながらやってるし」


 「そういうことじゃありませんッ!」


 そんなやり取りをしていると─────


 「おやおや? そこにいるのはシンじゃないか?」


 階段の下から、相変わらず二人の取り巻きを連れた晃太がシンに声をかけてくる。


 (ああ……めんどくさいのが来た……)

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