Episode.6 迷宮探索部~少女との出会い~

 「───もう少しだけ、待ってくれませんか?」


 「駄目だ。一週間以内に部員が入らないと廃部だと言っただろ?」


 「あと一週間……あと一週間お願いします!」


 「うぅん……」


 中等部の担当だと思われる壮年の男性教師と、綺麗な小麦色をした長髪の少女が話をしている。どうやら、その少女が立ち上げた部活に、期間内に部員が入ってこず、廃部寸前ということらしい。


 「あの……その部活について詳しく教えてくれませんか?」


 そこへシンがやって来る。突如現れたシンに、その少女が目を丸くして視線を向ける。やや吊り気味な淡い栗色の瞳に、雪もあざむく白い肌、楚々と整った顔立ちは可憐かれんで、しかし、どこかはかなげな印象も与えてくる───そんな少女だ。


 「君は?」


 椅子に座っているその男性教師が、シンに尋ねる。


 「はい、高等部一年一組の市ヶ谷シンです───」


 それからシンは、自分が迷宮ダンジョン探索の部を立ち上げようと、佐藤先生に相談したこと。そして、ここに来るように言われたことを説明した。


 説明の間、かたわらに立っているその少女が、じっとシンの顔を見ていたが、シンはそんなことには気が付いていない。


 「なるほど、そう言うことか……。良かったな琴川ことがわ。新入部員だ、廃部はまぬがれたぞ?」


 「あ、ありがとうございます───ッ!」


 ペコリとその少女───琴川が、先生に頭を下げる。そして、シンの方へ向き直ると。


 「え、えと……私は中等部三年一組、琴川彩葉いろはと言います。あやうく廃部になるところでした……ありがとうございます」


 「ああ……いや、こちらこそ。俺は高等部一年一組、市ヶ谷シンだ。これからよろしくな」


 どこかぎこちない挨拶をしてくる琴川。シンは少し苦笑いを浮かべながら、挨拶を返した─────



 「───えっと……ここが部室です」


 「おぉ……」


 シンは琴川の案内で、早速、職員室のある北校舎をそのまま三階───生徒会室や各部室がある───まで上がり、『迷宮ダンジョン探索部』という立札がある部室まで来た。


 傾きかけた太陽の光が、燦爛さんらんと窓から差し込んでいる。よくある感じの茶色い折り畳み式の長机が二つ、くっ付けられた状態で部室の真ん中に置いてある。そしてなぜか、少し古びたソファーが窓際に置かれている。他には、小さなテレビ、本棚、給湯器……


 (ここはお前の家かッ!?)


 シンは、思わず突っ込みたくなる気持ちを心の内にとどめ、苦笑いのみが溢れる結果となった。


 「えっと、市ヶ谷……先輩の職業ジョブは何なんですか?」


 琴川が、長机を囲うように置かれた丸椅子に座るよう促しながら、シンに尋ねる。シンは座りながら答える。


 「【魔法具製作師】Lv.2だ」


 琴川は自分も座ろうと、机を挟んだシンの対面側の丸椅子を引き出す手を、一瞬止める。


 「なるほど……私は【魔法師】Lv.2です」


 「あはは、ちょっと期待外れだったろ? 悪いな」


 シンはどこか自虐的に笑った。しかし琴川は。


 「い、いえ。戦闘職の人が使う装備は、どれも生産職の人が作ったものですから。戦闘職を支える大切な職業ジョブだと思います」


 シンは少し驚いた。てっきり、変に言葉をにごしてフォローされるかと思っていたが、琴川からはそんな気持ちは感じられない。心の底から、素直にそう思ったから言った───そんな感じだ。


 「そうか……なら良かった」


 そう言ってシンは琴川に笑いかけるが、琴川は目をせた。シンはそのことを不可解に思ったが、追及出来るわけもなく、そのまま流した。


 「よし、じゃあ行くか」


 「えっ!? どこへですか?」


 琴川は目を丸くする。シンは丸椅子から立ち上がり、う~んと両手を持ち上げ、伸びをする。


 「ん? 迷宮ダンジョン


 「え、でも市ヶ谷……先輩は【魔法具製作師】なんじゃ……?」


 「まあな。だが、自分で部活を立ち上げようと思ってた【魔法具製作師】だぞ? ただの生産職じゃないぞ? 俺は」


 シンはそう言って、カバンから探索者バッジを取り出し、制服のブレザーに付ける。そのままカバンを肩に担ぎ、部室の扉に手を掛ける。


 「どうした? 行かないのか?」


 シンは扉に手を掛けたまま、怪訝けげんな様子の琴川に振り返る。琴川は、わけの分からないままカバンを手に取り、シンの後を追った。


 目指すはCクラス迷宮門ダンジョン・ゲート。この第七中学・高等学校から最も近いのは、ここから北東に少し行った所だ。


 シンと琴川は学校を出て、目的のゲートに向かうべく、街路樹の植えられている歩道を歩いていた。その葉は所々色付いてきており、秋の到来を感じさせる。


 「どうしたんだ?」


 「いや……やっぱり凄い都会だなと思いまして……」


 「あはは。何を今更───」


 (えっ……?)


 辺りをキョロキョロと見渡す琴川を、シンは凝視ぎょうしする。その長い小麦色の長髪と、染まりつつある街路樹との色調がよく合っているが、今、シンの脳内では別のことが考えられていた。ふと思い起こされる、二ヶ月前くらいから校内の所々から聞こえてきた会話─────


 『ねぇ、知ってる? 中等部に転校生が来たらしいよ? 結構可愛い女の子で、綺麗な小麦色のロングの───』


 「……」


 「あの……市ヶ谷先輩……? 私の顔に何か付いてますか……?」


 自分をじっと見詰めてくるシンに、琴川が少し肩をすくめて尋ねる。シンは片手を顎に当てたまま、凝視し続ける。


 「お前……結構可愛いよな……?」


 「へっ───!?」


 シンがボソッとつぶやいた言葉に、琴川が立ち止まり、顔を真っ赤にする。その淡い栗色の瞳を宙に泳がせ、完全に動揺している状態だ。


 「それに……綺麗な小麦色のロングヘアー……」


 シンはボソボソと呟きながら、立ち止まって畏縮いしゅくしている琴川に近付き、校内で聞いたうわさと特徴が一致するかを確かめる。


 「せ、先輩……」


 恥ずかしさのあまり、耳まで赤く染め上げた琴川が、上目遣いでシンに呼び掛ける。


 「あっ……わ、悪い!」


 シンはハッとしたように琴川から飛び退く。無意識の内に、かなり琴川に接近してしまっていたのだ。


 「なあ、お前……噂の転校生か?」


 「う、噂かどうかは分かりませんが……はい、今年の七月に転校してきました」


 (なるほどな……通りで色々とよそよそしいと思ったわけだ)


 シンはそう自己完結し、納得した。その様子を、琴川は頭上にはてなマークを浮かべて、未だ冷めない頬の熱を手で押さえながら見ていた。


 その後シンと琴川は、他愛のない話をしながら歩き、目的のCクラス迷宮門ダンジョン・ゲートまでやってきた。


 同じCクラス迷宮門ダンジョン・ゲートでも、シンがいつも潜っているゲートとは、また色合いや、装飾などが異なっている。恐らく迷宮ダンジョンの環境も違うだろう。


 「じゃ、迷宮ダンジョン探索部としての初探索、行きますかッ!」


 「は、はいッ!」


 「「探索者能力サーチャーアビリティ起動───ッ!」」


 二人は探索者バッジの起動コマンドを口にする。すると、二人の身体がエーテル体と化す。


 シンの身体にダークグレーのロングコートと、甲に複雑奇怪な魔法陣が描かれた白い手袋、そしてレザーブーツが装備される。シンはロングコートのすそをばさりとひるがえす。


 シンが振り向くと、そこにはすね辺りまである赤紫色のフード付きローブを羽織り、膝上辺りまでの黒いスカートを身に付け、手に木製の長杖を持っている琴川の姿があった。


 「市ヶ谷先輩の装備は、自作ですか?」


 「ああ、力作だ」


 二人はそのままゲートを潜り、迷宮ダンジョンへと姿を消した。


 琴川は、シンがどうやって戦うのかを懸念けねんしていたが、この後、それが要らぬ心配であったと思い知ることになるとは、今の琴川には知るよしもなかった─────

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