Episode.5 魔法具の力

 黄昏色の空の下、その色をにじませたかのように、木々の葉の色が染まりつつある。そんな中、異様な雰囲気を放つ、大きく重厚な扉───迷宮門ダンジョン・ゲートが立っている。


 その場所は、多くの探索者でごった返していた。探索を終え、今から帰ろうとしている者や、これから探索を始めようとゲートに入っていこうとする者など、その様子は様々である。


 そんな中、後者の様子で一人の少年───シンが、迷宮統括協会ギルド公認の探索者バッジを胸に歩いている。


 (二ヶ月ぶりだな……Cクラス迷宮門ダンジョン・ゲート)


 ここは、シンが二回探索し、イビルボア一匹に苦戦させられたゲートである。今のシンが、二ヶ月前とどれだけ変わることが出来たのかを確かめるには、絶好の場所だ。


 「探索者能力サーチャーアビリティ起動───ッ!」


 シンが探索者バッジの起動コマンドを口にする。すると、シンの身体がエーテル体と化し、二ヶ月掛けて作り上げた魔法具が、その身にまとう。


 ダークグレーのロングコート【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】がひるがえる。そして、その諸手もろてには、甲に複雑怪奇な魔法陣が描かれた白い手袋【リビレラリータ】がめられており、脚には【ジェットブーツ】が装備されている。


 (さぁ、リベンジマッチだッ!)


 シンがゲートくぐると、目の前に現れたのは、霧掛かった広い丘陵きゅりょう地帯。シンが、今までに二回見た地形ではあるが、その光景はいつにも増して霧が深かった。


 そのせいか、進んでも進んでもモンスターが見当たらず、いつの間にかシンは、迷宮ダンジョンの深くにまで来てしまった。


 「見付からないな……。おまけにこんな所まで来てしまったが、確か迷宮ダンジョンに深くもぐれば潜るほど、モンスターも強くなっていくんだったな……」


 シンはそう言って、来た道を引き返そうとする。すると─────


 「あれは……?」


 深い霧のため、大まかなシルエットしか見えないが、それは人の背を大きく上回る四足歩行のモンスターだと分かる。


 シンは一瞬、見過ごして戻ろうと思ったが、どうしてか足がそのモンスターの方へ向いた。


 近くに来ると、そのモンスターの身体がより一層大きく見えた。重量感のある大きな体躯たいくに、ガッチリと筋肉の付いた四肢。突き出た鼻に、口からはみ出る大きな牙。


 (イビルボアの上位種……ジャイアントボアか……)


 そのジャイアントボアは、まだシンの存在には気が付いていない。逃げるなら今がチャンス。しかし─────


 (いつまでも……立ち止まっちゃいられないッ!)


 シンは脚を一歩前に踏み出す。すると、地を踏む音に気が付いたジャイアントボアが、喉を鳴らしながら、その巨体をシンに向ける。


 シンは、ひづめを地にこすり、突進の機会をうかがっているジャイアントボアに、臆することなく対峙たいじする。身体を半身に、やや猫背にして拳を構えるシンの姿は、とても様になっている。


 それもそのはず、高レベル探索者だったシンの父の職業ジョブは【拳闘師】。いつも家で、自分の戦闘の記録映像を見返していたのだ。それを昔から見てきたシンは、無意識の内にその動きを模倣もほうしているのだ。


 「ブモォオオオオオオオ!!」


 ジャイアントボアは盛大ないななきを上げながら、シンに向かって突進してくる。その巨体からの突進を喰らえば、一溜まりもない。


 「───ふッ!」


 【愚者の外套コート・オブ・ストゥルトゥス】の特殊効果スペシャルエフェクトによって、この一瞬だけシンのAGI(敏捷性)のステータスは二倍に上がっている。


 その勁捷けいしょうな動きで、ジャイアントボアの突進を難なく交わす。そして、そのすれ違い様に、魔力を込めた右ストレートを横っ腹に叩き込む。【リビレラリータ】の特殊効果スペシャルエフェクトによって、STR(力)を高めて放たれたその一打は、ジャイアントボアに大きなダメージを負わせた。


 Uターンし、再び突進してくるジャイアントボア。シンは改めて拳闘の構えを取る。直線的に突っ込んでくるジャイアントボアに、交わす仕草を見せないシン。それどころか右拳を腰辺りまで引く。


 シンはその拳に大量の魔力を込める。すると、右手甲の魔法陣が赤く光り、浮き出す。浮き出た魔法陣は甲のところで高速回転。そして─────


 シュバッ!


 右拳から赤い炎が燃え上がる。シンはその拳をより固く握り締め、突進してくるジャイアントボアを迎え撃つべく、その姿を見据えている。


 「ブモォオオオオオオオ!!」


 「はぁあああああああッ!!」


 ドォーン!!


 激しい打擲ちょうちゃく音がひびき渡る。その巨体が誇る圧倒的重量ウェイトが乗った突進と、存分に魔力を込め、STRのステータスを大きく飛躍させて放たれた燃える拳。どちらも引くことなく激突し、完全な拮抗状態にある。そして───


 「あぁあああああああッ!!」


 高速回転する甲の魔法陣が赤く輝き、シンの左拳に炎が宿る。そして一閃。放たれた左ストレートが、ジャイアントボアの眉間に刺さり、赤い炎の閃光が、ジャイアントボアの巨体を突き抜ける。


 少しの時間差を置いて、ジャイアントボアの巨体が黒い塵と化して四散する。そして、てのひらサイズの薄茶色の結晶が地面にボトッと落ちる。


 シンは、しばらく自分の両手をながめていた。握って開いて握って開く。その掌の中には一見何もない。しかし、そこには確実にモンスターを倒した“実感”と、これからも探索を続けていける“自信”があった─────


 その後シンは、この迷宮ダンジョンを歩き回り、数体のモンスターを狩っていった。その中には、別個体のジャイアントボアや、ジャイアントトードなどといったものもあり、初心者らしからぬ探索成果を上げていった。



 ─────迷宮統括協会ギルド本部。


 「おおおおおぉ……ッ!」


 シンの手元に二万五千円があった。


 それは、ジャイアントボアの結晶二個(一万円)、ジャイアントトードの結晶二個(一万円)、イビルボアの結晶十個(五千円)を換金カウンターで換金したため、手に入れたものである。


 (Cクラス迷宮ダンジョンでここまで稼げるんだ。もっとステータスを上げて、上のクラスの迷宮ダンジョンに潜ればッ!?)


 シンは小さなガッツポーズをして、そのまま迷宮統括協会ギルド本部を出て、帰宅した。



 ─────次の日。


 シンは、いつも通りの学校での時間───晃太こうたとその連れ二人にからかわれる───を過ごし、最後の授業を終える。放課後に入ると、いつもならすぐに帰宅するシンであるが、今日は職員室に向かっていた。


 この第七中学・高等学校は、三階建て、コの字型の造りをした校舎で、中等部の東校舎と高等部の西校舎を繋ぐ部分の校舎───北校舎の一階に、中高共同の職員室がある。


 「失礼します、高等部一年一組の市ヶ谷シンです。佐藤先生はいらっしゃいますか?」


 「こっちだよー」


 シンが職員室の中を見渡すと、椅子に座ったまま手を上げて、場所を知らせてくる佐藤先生の姿があった。


 佐藤先生はポニーテールが特徴の若い女性の先生で、シンのクラスの担任教師だ。


 「珍しいね? 市ヶ谷君が職員室に来るなんて。で、何かな?」


 「はい、実は一つ部活を立てたいなと思っているんですが……」


 「部活? 何の?」


 「えっと、迷宮ダンジョン探索の部活です」


 この迷宮都市ダンジョン・シティにある中学、高校には、大抵迷宮ダンジョン探索の部活があり、学校対抗大会なども行われている。しかし、この第七中学・高等学校は、他校に比べて勉学を重要視しており、あまり部活が盛んではないのだ。


 「あー、なるほどね。そういえば探索者になったんだってね。でも確か【魔法具製作師】だったよね? 君が直接探索するのは無理なんじゃない?」


 「まあ、今は何とかやっていけてます。でも、これから先、どうしても一人ソロでは限界が出てくると思うんです。だから───」


 「ごめんねー、無理なのー」


 佐藤先生が申し訳なさそうに、両手を合わせるようにして言ってくる。


 「そう、ですか……では、失礼します」


 シンが残念そうな様子で、その場を立ち去ろうとしたとき─────


 「───だって、もうあるから」


 「へ?」


 シンは出入り口に向けていた足を止め、佐藤先生の方へ視線を戻す。


 「いやぁ、市ヶ谷君は何か持ってる人なのかもね? 良いタイミングなんだよー。あそこに行ってみ?」


 そう言って佐藤先生は、中等部の教師団の使用するデスクの方を指差す。シンもそちらを向くと、その先には、椅子に座る中等部の教師だと思われる壮年の男性教師と、その教師と話している綺麗な小麦色の長髪をした少女の後ろ姿が見える。


 「分かりました、失礼します」


 シンはそう言って佐藤先生に軽く頭を下げると、言われた通り、その場所へ歩いていった─────

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