4.
「花より団子を自分なりに言い換えるなら、どういいます?」
莉緒にテキトーにあしらわれた連載の山場の部分は、島原さんにも褒めてもらえた。何日たっても莉緒からの宿題に頭を悩ませていた俺がそう言うと、島原さんは「なんだよそれ」と一言言った。
「莉緒からの、宿題でして。」
莉緒が俺の作品に少なくとも影響を及ぼしていることを知っている島原さんは、それを聞いて「あ~」と言った。その後しばらく考えたようなしぐさはしたものの、1分も経たないうちに「ごめん、浮かばん」と言った。
「彼女からの宿題に悩むのもいいけど、執筆の方も頼むよ。」
「はい…。」
みんな無責任だ。
どうしたら莉緒が納得してくれるか考えれば考えるほど分からなくなった俺は、自暴自棄になりながらそう思った。
「花でも買って帰って、宿題のことなんて忘れてもらったら?」
島原さんはそう言ったけど、莉緒の性格上、花を買っていっただけで宿題を忘れてくれるなんて、そんなはずがないと思った。
その帰り道。
普段は目につかないはずなのに、島原さんのせいで駅の中にある花屋に目がいってしまった。まるで吸い込まれるみたいにしてその店に近づくと、すぐに店員が俺を見つけて「いらっしゃいませ」と声をかけた。
「何かお探しですか?」
「い、いえ…。」
そもそも"花より団子"と言っている彼女に花を買っていくのは絶対に間違っている。花屋に来てやっとそれに気が付いたけど、気が弱い俺はここで「やっぱりいいです」と帰る勇気が出なかった。
「贈り物で…。」
「花束でよろしいでしょうか。」
「は、はい。」
人生を通して、女性に花を贈った経験なんてない。
店員に促されるままそう答えると、店員はにっこり笑って「どのようなイメージがよろしいですか」と聞いた。
莉緒はとても、素直な人だと思う。
面白いものは面白いと言い、つまらないものはつまらないという。
美味しいものを食べればすごくおいしそうな顔をするし、楽しい小説を見つければ嬉しそうな顔をして俺に紹介してくれる。
感動するドラマを見ればまるで自分のことかのように泣いているし、心痛むニュースを見て怒っていることもある。
「とても素直な、人で…。」
「ふふふ。」
店員さんはとても楽しそうに笑った。
そこでやっと"イメージ"ってのは花束のイメージだってことに気が付いた俺は、顔から火が出るんじゃないかってくらい恥ずかしくなり始めた。
「それでは白のバラを入れるのはどうでしょう。」
「白の、バラ…。」
どうして白いバラなんだろうと思って聞き返してみた。
すると店員さんはやっぱりにっこり笑ったまま、「はい」と元気に言った。
「白いバラには純潔という花言葉があります。素直で純粋な方に送るにはピッタリかと思いまして。」
確かに莉緒に渡すなら、白い花がいいのではないかって思った。それにこれ以上長居したら恥ずかしさで本当に死んでしまうって思った俺は、「それでおねがいします」と伝えて、予算内の花束を作ってもらった。
「ただいま~。」
「おかえり!」
いつも通り家に帰ったけど、何だか少し緊張した。
家に入った瞬間とてもいい匂いがしたから、きっと先に帰った莉緒が料理をしてくれているんだろう。俺は自分の家だっていうのに少し緊張しながら、リビングの方へと進んだ。
「おかえり、あのね…。」
おかえりと一緒に、莉緒は何か言おうとした。でも入ってきた俺の手に花束が握られているのを見て、「なにそれ?」と言った。
「いや。別に意味はないんだけど…。」
何それと言われると、的確に答えられない。
「いつもありがとう」とか「大好きです」とか言って渡せればかっこいいのに、俺はそこでどもってしまった。
「私に?」
するとしびれを切らした莉緒が言った。俺は情けなく「うん」とちいさい声で答えて、キッチンに立っている莉緒に花束を渡した。
「ありがとう。」
莉緒はとてもうれしそうな顔をして、それを受け取ってくれた。白い花に負けないくらい白くてふわふわの莉緒の肌が、とてもキレイで触りたくなった。
「あのね、思ったんだけどね!」
すると莉緒は花を愛おしそうに眺めた後、少し頬を高揚させて言った。
「車体より陸橋って、そこまで悪くないんじゃないかって思ったんだ。」
いきなりまた何を言い出すのかと思った。
でもそんなことより白い花越しに見える莉緒の肌の方が、よっぽど俺の関心を引いていた。
「分かった。」
莉緒の言葉を遮るように言った。すると莉緒は不思議そうな顔をして、「何が?」と言った。
「花より莉緒の頬。」
キレイな花より団子より。陸橋越しの車体より、莉緒の頬を俺は求めていた。やっと自分でもしっくりくる案が浮かんだなと思っていると、莉緒は少し照れた顔で「え~?」と言った。
「それじゃ、花が出てきちゃうじゃん。」
そんなことどうでもいいじゃないか。それよりキスを、しないか。
心の中でそう言って、俺は莉緒に一歩近づいてそのふっくらとした頬を触った。
「陸橋より莉緒。」
「それじゃ肝心の電車がでないよ。」
まだそんなことを言っている莉緒の頬に、念願かなってキスをした。莉緒は白い花束をギュっと抱き締めながら、「もう」とちいさく一言言った。
今度、莉緒越しに電車を撮ってみよう。
もしかするとそれが俺にとって、一番実利のある写真になるのかもしれない。
花と団子と、君と陸橋 きど みい @MiKid
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