3.
「だからね、言葉って変化していくものだと思うの。」
俺が聞いていなかったと思ったのか、莉緒はさっきと同じことを続けて言った。
感想の一言目がそれってなんだよと思いながら、「ああ」と気のない返事をした。
「だからね、この"花より団子"って言葉は、もう古いんじゃないかって思って。」
いつも的確なことをいう莉緒が、めずらしく突拍子もない事を言い出した。
何を言っているんだと思って莉緒の方を見ると、彼女はいたって真剣な顔をしていた。
「だってお花見でだんご食べる人って、もうほとんどいないじゃない?いないとは言い切れないけど、たっくんはお花見するときだんごを買っていかないでしょ?」
「まあ、そうだね。」
確かにお花見をしようと思っても、団子は買って行かない。
でも"花より団子"は別に俺が作った言葉でも何でもなくて、ただのことわざに過ぎない。それに小説に確かにそのことわざを出したけど、だからと言ってそれは別にそんな重要な役割をはたしていない。
「私、お花より食べる事の方が好きだけど、団子があっても桜の方を取るかもしれない。だとしたらこのことわざって、元も子もないでしょ?」
団子好きの人に謝ったほうがいいと思った。
確かに花見に団子を持って行く人はそんなに多くないかもしれないけど、今だって団子好きの人は大勢いる。
「今だったらなんになるんだろう?」
それなのに莉緒は、変なところを突き詰めながら言った。
いつになったらもっと詳しい評価を聞けるんだろうと思いながら、真剣に考えている莉緒を止められなかった。
「花よりプリンとか?」
「プリンだって花見に持ってかなくない?」
「確かに。」
ついに俺も真剣になって、その議論に入り込んでしまった。
俺は何とか自分を保って冷静に"何の話だよ"とツッコんでいたけど、莉緒はやっぱり真剣な顔で代替案を探していた。
「花より…お酒?う~ん、あまりピンと来ないな。」
「花よりおにぎり。」
早く議論を終わらせようと、もっともらしい案を出してみた。すると莉緒は「それはそうだね」と言いながらも、納得した顔はしていなかった。
「そもそも"花"のところを変えればいいのかな?」
花より団子とは、"風流より実利を取る"的な意味であって、"風流"の代表みたいな花を取り除くのは絶対に間違っていると思う。
と、心の中で思って、また"何考えてんだ"と自分にツッコミを入れた。
「お花もなくして同じ意味で作るとしたら、たっくんならどうする?」
やっぱりこの議論を終わらせる気がないらしい莉緒は、真剣な顔で俺に聞いた。
この訳の分からない話を終わらせるには、莉緒が納得する案を考えるしかないらしい。別に仕事でもないのに意見を求めていることにすこしは後ろめたさを感じている俺は、小説家として真剣に考えてみることにした。
「車両より、陸橋。」
一番最初に浮かんできた案を口にすると、莉緒は訳がわからないって顔をして俺を見た。
俺は小説家であり、撮り鉄でもある。
執筆がうまく行かないときはたまに、お気に入りのアングルから好きな電車の写真を 撮りに行くことがある。
「本当は車両を撮りに行ってるんだけど、実はその手前にぼかして映されてる陸橋が大事だったりするんだよ。」
車両だけじゃなく陸橋を通っている写真を撮ることに意味がある時がある。
莉緒にはきっと分からないロマンを必死に説明すると、莉緒は「う~ん」と言った。
「それって別に、"実利"ではなくない?」
「どっちも風流じゃん」と、莉緒は付け足した。
間違いない。書き物を生業としているくせにまともな案が浮かばないことに落ち込み始めた俺は、「はあ」と大きくため息をついた。
「宿題ね。」
「え…?まだやるの?」
もうここで終わらせられると思っていた。
それなのに莉緒はにっこりと笑って、「もちろん」と言った。
「あ、今回のはとてもいいと思う。何も言うことないわ。」
聞きたかった小説への評価を、莉緒はまるでつけたしみたいに言った。
山場の部分を訂正なく聞けたってことは嬉しい事なはずなのに、"花より団子"のせいで手放しで喜べない自分がいた。
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