2.


それが俺と莉緒の出会いだった。

でもその時彼女のことをただの"図書館司書"としか思っていない俺は、「ありがとうございます」と一応お礼だけいって、その場を去ろうとした。


「あの…。」


するとそんな俺を、莉緒が呼び止めた。

なんだろうと思って振り返ると、莉緒は少し恥ずかしそうな顔でこちらを見ていた。



「主人公ですが…。なんかこう、違和感があります。」



莉緒は少し言いにくそうに続けて言った。

そんな風に言われると思っていなかった俺の口からは、言葉が何も出てこなかった。



「その女の子はもっと…。弱気な気がするんです。」



言いにくそうな顔はしていたものの、莉緒はためらいなく言った。

初対面の人に、まさかまだ書いてもいない小説のダメ出しをされるとは思っていなかった。思ってもみない言葉を聞いた時、どうやら人は固まってしまうらしい。


しばらく莉緒の顔を見たまま動きを停止させていると、莉緒は「素人がすみません!」と言って去っていってしまった。




それから数日後。

俺は莉緒のことなんてすっかり忘れて、新作の案を書いた資料を担当者に持って行った。担当者はしばらくその資料に目を通した後、「いいんじゃない?」と一言だけ言った。



「ありがとうございます!」

「でも…。」



デビューからずっと俺を支えてくれる担当者の島原さんは、すごくさっぱりとしたおじさんだ。だから悪い意見だってビシッと伝えてくるから傷つくこともあるんだけど、それでもアドバイスはとても的確だと思う。



そんな島原さんに何を言われるんだと思って身構えていると、彼は「なんかな~」と言った。



「だいたいいいんだけど、なんか引っかかる気がして…。」

「何か…ですか?」



そんなふわっとしたことを言われたら一番困るじゃないか。

そう思ってみたものの、島原さんはそれ以上のアドバイスはくれなかった。でも俺は島原さんにそれを言われた瞬間、あの図書館司書さんのことをぼんやり思い出していた。



「とりあえず、書いてきていいですか?」



そして俺はあの子に言われた通り、最初に思っていたより少し弱めに女の子を描写した。

自分の中では主人公の女の子は"いつもポジティブ"なイメージにしようと思っていたけど、それを"芯があるけどたまに気弱になる"というイメージに変えた。




「どう、でしょうか。」



最初の部分だけ書き終えたところで、島原さんに持って行った。

主人公のイメージを変えるというのは、小説の内容にもかかわるとても重要なことだと思う。重要な部分のはずなのに素人に聞いたまま変えようとしている自分が情けなかった。それに"これでいいのか"っていう疑問が消えたわけではなかった。




「いいよ、すごくいい。」



すると島原さんはこないだ引っかかると言っていたのが嘘のように、気持ちよくほめてくれた。俺は内心信じられない気持ちで、島原さんの顔をぼんやり眺めた。




それから俺はたまに、莉緒に出来上がったところを読んでもらうことにした。




「う~ん、そうだな…。この表現はさ。」



最初は恐縮していた莉緒はだんだん大胆になってきて、そのうち厳しい意見も言ってくれるようになった。傷つくこともあったけど、むしろありがたかった。



「でもやっぱりすごくいい。すごく好き。」



そして莉緒は厳しい意見を言うだけじゃなくて、素直に俺の作品を褒めてもくれた。"おもしろい"とか”いい”とかだけじゃなくて、細かい言い回しとか感情表現の部分を褒めてくれるもんだから、本当に楽しんで読んでくれてるんだってのが分かって、すごく嬉しかった。



そうしているうちに距離を縮めた俺たちは、自然な流れで交際を始めることになった。そして知らず知らずのうちに同棲を始めていて、今ではかけたその瞬間に莉緒に原稿を渡すながれが出来てしまった。



「ねぇ、聞いてる?」

「あ、うん。」




最近は島原さんですら、莉緒に相談をしていることがある。

図書館司書っていう仕事柄もあるんだろうけど、莉緒の意見はとても的確でただしい。今回だってきっと的確なことを言ってくれるんだろうなって、莉緒の言葉に耳を傾けることにした。


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