幻覚を見せてあげる★

「げんかくをみせてあげる!」

「みせてあげる!!」


 最近、園児たちが口々にこんなことを言っているので何事かと思っていた。げんかくって幻のこと? それとも厳しいってこと? そんな感じで疑問に思っていたのだけれど、この話を中三の娘にしたらアニメだよ今やってると言われた。

 調べてみるとこの春始まった子ども向けアニメ『ミラージュくん』の主人公、ミラージュくんの決め台詞がこれらしい。ミラージュはフランス語で蜃気楼、幻とかいう意味だからげんかくは幻覚で間違いなさそう。それにしてもどんなアニメなんだろう。毎週火曜の夕方らしいから録画してみるか。子どもたちの中で流行っているものを知っておくことは大切だし。



◆◆◆



 今日も子どもたちの笑顔と泣き声の洗礼を浴びながら一日働いてきた。相変わらず例の決め台詞で盛り上がっていたけど、その正体が分かったからモヤモヤは無かった。晩ご飯を食べ終わり娘は子ども部屋で勉強、夫は自室で仕事の残り。じゃあ見てみようか『ミラージュくん』第3話。


 オープニング曲が終わったあと「遊びたいな」というタイトルが表示されて本編が始まった。五分くらいのお話が二本ある構成のようだ。

 場所はごく普通の公園。ミラージュくんと半ズボンの男の子がブランコに乗っている。ミラージュくんが砂場で一人遊んでいる女の子の方に目をやりながら訊ねる。

「もしかして、あの女の子と遊びたいの?」

 男の子が小さく頷いたのを見てミラージュくんが一言。

「幻覚を見せてあげる★」

 男の子がキラキラっと目を輝かせるカットが一瞬入って、画面はファンシーな世界に切り替わる。そこがどういう世界なのかは分からない。夢のようにも妄想のようにも見えるけどアニメの主旨からいけば、これがミラージュくんが見せた幻覚なのだろう。このまま女の子と遊ぶ楽しそうな男の子の顔が大写しになってフェードアウト。コマーシャルが入って次の話に移っていった。


 飲んでいたコーヒーがちょうどなくなったから今日はここで終わりにしよう。だけど、うーん、これが子どもたちが合言葉のように叫んでるアニメ? なんだかよく分かんなかったような。でも、ミラージュくんが幻覚を見せてあげて男の子は満足したのか。そういう夢を叶えてくれるヒーローみたいな感じなのかな。マグカップを洗っていると望んだ幻覚を見せてくれるというのは一種の憐みな気がしてきた。いや、憐みなんてのは深読みしすぎかな。少なからずあの決め台詞は子どもたちには魔法の言葉に映っているんだろう。



◆◆◆



「ねえ、先生!」

「ん、なあに?」

「あのね、ぼくね先生にね、げんかくをみせてあげる!」

 屈託のない笑顔がこちらを見ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る